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第一章 はじめての

始まりの日

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「おい……聞いたか? あの勇者様、失敗したみてぇだぞ」


 ヒソヒソ……と、話し合う男達の声が響く。


「だっから……あんな出来損ないに任せちゃあ駄目だって言ってんだよぉ俺は」


 広大な、何も無い平原の片隅。目の前に茂る暗い森を監視するように聳え立つ要塞が一つ。


「……噂話なんだがよ、何でも……御国はあの勇者が邪魔だったみてぇだぞ」


「なんだそりゃ」


「なんでもよ、公爵閣下ん所の長男様が固有魔法に目覚めたみてぇでさ……その人を勇者にしてぇんだと、さ」


 その要塞の屋上で、見張るように森に視線を向けたまま……語り合う二人の兵士。


「なん、だそりゃ……そいで、今の勇者様が邪魔になって殺すってかぁ!?」


「らしいぞ。俺達の任務は……彼女の死体を持ち帰る事らしい」


「かぁ~!! 阿呆くせぇぜ全く!! 平民の命、なんだと思ってんだかなぁ!?」


 徐々に、徐々に大きくなっていく声。最早隠す気など更々無いのであろう。彼らの周りには……誰も居ないのだから。


「たまったもんじゃねぇよ…………なぁ…………? んぁ……? 何だ…………? あれ」


 ダラッ……と力無くもたれ掛かる兵士達。不意に……目の前の森から、何かが飛び出してきて。

 朝日を反射させ、黄金色に輝く何か。

 同じく黄金色の体をした……土埃を上げ、颯爽と駆ける……馬。


「おい……おい……んだよあれ、あんなの見た事ねぇぞ……!?」


 徐々に近付くそれは――――全身、骨で出来ていて。

 ――――ニタァ……と、こちらを見て……笑った気がして。


「やっべ――――!! 敵襲ー!! 敵襲ー!!」


 顔を真っ青に染めた彼らは、警告の鐘をガンガン! ガンガン!! と鳴らして一人は走り出し、階下にいる仲間達に火急を知らせる。

 ドッタドッタと、一段飛ばしで駆け下りる階段。ザラザラの石壁に手を添え、顔を顰めながら風のように降りていく兵士。


「スケルトンの上位種と思われる魔物が一体!! 至急警戒せよ!! 繰り返す!! 魔物一!! 上位種の可能性!! 至急!! 至急!!」


 そんな彼の荒らげた言葉に、ぞろぞろと部屋から出てくる仲間の兵士達。
 
 彼らのその姿には……緊急性は、感じられず。


「なんだってぇ? 魔物……一匹? なぁに焦ってんだお前ぇ!! 新人じゃあるめぇしよぉ!!」


 そんな言葉を皮切りに、ゲハゲハと下品な笑い声が辺りから巻き起こり、笑い声が通路を占める。


「バッ……!! ありゃ、ただもんじゃねぇ!! 急げお前ら!! 頼むから!! もしかしたらありゃ――――変異種なのかも知れねぇぞ!?」


「ははっ!! んな珍しいもんが、こんなしょっぺぇ魔王領に居るかって――――」


「良いから!! 早くしろぉぉぉ!!」


 食い気味で、必死の形相で叫ぶ男。
 額に浮かんだ脂汗も尋常ではなく……瞳孔の開いた目は、真実を告げていて。


「げ……迎撃態勢!! 散っ!!」


 漸く伝わった想いは……即座に周囲を変える。


「「「応っ!!」」」


 先程までとは打って変わって、足早に駆けて行く兵士達。


「はぁ……はぁ……ありゃ、ぜってぇ、やべぇ……!! 俺も、行かなきゃ……!!」


 息つく間も無く……また、駆け出していく。


 

 ――――――――

 ――――――

 ――――

 ――


 

「あぁ……あぁ……祖国の地を踏み躙る虫けら共がうじゃうじゃと……嘆かわしや、嘆かわしや」


 平原を駆ける、温い風に乗る……馬上からの、誰かの独り言。

 その言葉とは裏腹に……悲壮感は無く、あるのはただただ、強い信念と……深い怨嗟のみ。


「……あの御方も、心配性じゃ。秘策など……あの、ゴミ虫共には必要ありませんぞ」


 そうポツリと呟く彼は、麻袋を丁寧に懐にしまい込み……視線を、目の前の要塞へと向ける。


「…………ほっ?」


 ――――刹那……彼の元に、人程の大きさの、轟々と燃え盛る火球が、辺りの草花をチリチリと焼き焦がしながら飛来し……激突。


 ドゥッ――――と辺りの音すら掻き消す衝突音。


「ほほ……中々、骨身に染み渡る…………ん?」


 然し……彼の身には傷一つ無く、姿勢すら崩せない。

 ――――けれど……彼の足元には、無数のバラバラになった骨々が。


「…………わ、わ……私の愛馬がぁぁぁ!!」


 無惨にも、遺骨となってしまった……全身、骨で出来ていた馬。
 所々割れていたり焦げていたり……最早、修復不可能であろうその姿。


「次――――放てっ!!」
 

 間髪入れず、掛け声と共に要塞から無数に飛来してくる火球。
 しかし、全身黄金色の骨で出来た彼……スレットは微動だにせず。

 その身で火球を受けるが――――


「おぅ……おのれ……おのれらぁぁ……!!」


 ――――メラメラと燃え盛るのは心だけで、その身に傷は……変わらず付けられない。


「許さん……許さんぞぉぉ!! あの御方から頂いた、大切な力をぉぉぉ!!」


 怒りを顕にして、ダン、ダァンッ!! と、めり込む程に強く足を踏み込み、その黄金色の両足を、膝下辺りまで地面の中へめり込ませる。
 
 足元の……黄金色の遺骨と共に。

 途端、ゆらゆらと……ぬらぬらと、黒く淀んだモヤがスレットの体を包み込み。


「ほほ……こんな私に……生きた馬など、勿体無い、あぁ勿体無い……」
 

 そんな言葉と共に、彼を包んでいたモヤは霧散し……辺り一面の地面に染み渡って行く。
 彼の、心を映しているかのように。


「しかし……あの御方に生きて帰れと命を受けた……ほほ、|亡者ワイトと、骸骨スケルトンなどと呼ばれる……既に死した存在の……この私と、ですぞ」


 ゆらゆらと……ゆらゆらと……どす黒いモヤが、魔力が……大地から、また吹き出す。
 
 彼の言葉に呼応して……踊るように跳ねる魔力。

 ピタリと止んだ火球と、ざわめきが広がる要塞の姿から……その異様さは、伺えよう。


「ならば……ならばっ!! 死んだ馬こそ、私に相応しいっ!!」


 腕を組み、足を地中に埋めながら仁王立ちをするスレット。

 ズズッ……ズズッ……と、辺りに散った魔力が、彼の足元に集い――――


「来たれ死霊の馬っ!! 駆けろ主の為にっ――――【死馬すら且つ之を買ふシュヴァ・ド・レ】!!」


 高らかに、組んだ腕を要塞へ……そして空へと向けるスレット。
 
 ズズズッ……ゴゴゴッ……と浮き上がる、黄金色の体。

 その足元には……地中から這いずる、黄金色の骨身の馬。

 先程よりも太く。

 神々しく。

 逞しく。

 そして……気高く。


「ほほ……ほほほっ!! まだ、まだまだ……漲るぞぉい!! いざ参らんっ!! 止めてみよ人間共ぉ!! ハイヤァァァァ!!」


「準備――――放てぇっ!!」


 スレットの体が一瞬沈んだかと思うと――――ドッ!! と轟音を残し、その場から姿を消す。

 蹄の跡が残った大地に、火球や稲妻……豪風や濁流、様々な天災が巻き起こるが……当たる事はなく。


「遅い遅ぉいっ!! ほほ、肉体を捨てた亡霊を侮る事なかれぇぇぇぇ!!」


「次――――!! 次――――!!」


 瞬間移動をしているのかと錯覚する程、スレットの跨る馬の足は早く。

 狙い撃ちの如く、小さく早い火球が次々と飛来するが……駿馬しゅんめの健脚に為す術もなく。

 大地に残るは……飛び飛びになった不気味な蹄の跡と、無惨に焦げた草花のみ。


「ほほ……脆弱よのぉ人間っ!! 貴様らを恐れておったなどぉぉぉ!! あぁ嘆かわしやっ!! 嘆かわしやっ!!」


 ヒュン……ヒュン……と、風切り音を残しながら猛スピードで駆け巡るスレット。
 嘲笑うかのように、馬上から要塞へ向けて言葉を投げ掛け。


「範囲魔法準備――――構えっ!!」


「ほほっ!! 私の骨を見習うが良い……【大大腿骨槍グランピック・ジャンブ】!!!」


 要塞の壁上から、無数の魔力の高まりが生まれ……集い、淀み――――空気を震わす。
 
 ドライアイスのように、青白いモヤが要塞から漏れ出し、必殺のナニカを感じさせる圧を放つ。

 対するスレットの魔法は――――骨。先の尖った……なんて事は無く、そのまんまの大腿骨。
 
 普通と違う点は……その大腿骨が、自身よりも太く長く大きい点だろうか。付け加えて、自身の骨では無く……魔法で生まれた、何かの巨大な大腿骨である。


「ほほ……ほほほっ……カカッ……カーカッカッカァァァ!!!」


 自身の荒ぶる魔力に沸き立ち、滾り、魂が震え……高らかに笑うスレット。再びググッ……と身を屈め――――インパクトの瞬間を待つ。
 

 二つの力が沸き、嫌な静寂が包み込む平原。
 

 均衡を崩したのは――――人間だった。


 指揮兵が大きく息を吸い込んだ……刹那。


「――――合同魔法っ! 撃「″骨身ボーン……″」」


 轟音の破裂音を放ち……瞬く間に、要塞の目の前に移動したスレット。
 上体を弓なりに反らし、手に持った大腿骨を構え――――


「″大喝采ドーン″!!!」


 ――――轟っ!!!

 
 と……慣性のままに、巨大な大腿骨を石壁へと叩き付ける。

 耳を劈く爆音と……巻き上がる突風。

 解き放たれた衝撃波は大地を揺らし……要塞を震わせ。

 壁上で魔法を完成間近まで作り上げていた兵士達は、その衝撃波で立っている事すら叶わず……魔法は霧散し――――不発に終わり、空の彼方へ消えて行った。


「くっ……!! 全員、立て直せっ!! まだ……まだ――――えっ?」
 

 スレットの大腿骨が突き刺さった石壁は、それを起点に蜘蛛の巣状で亀裂が入り……メキメキ、メシメシと音を立てている。

 頑強だった要塞は……今にも崩れ落ちそうな程の、大打撃。

 たった一撃で。

 たった一本で。


「ほっほ……完璧完璧」


 一仕事終えたスレットは、上を見上げ……慌しく騒ぐ人間達を見詰める。


「ほっほっほっ…………ん?」


 見上げた先、頂点を超えた辺りの太陽が一瞬、チラッと消えた風に思えば――――


「ようよう……化け物モンスター。んな騒がしく戸を叩かんでも……聞こえとるぞ」


 ドンッ!! と轟音と共に……人間が一人、背後に舞い降りてきて。

 プースを彷彿とさせる強靭な肉体。

 黒い眼帯で覆われた隻眼。

 もじゃもじゃの体毛で覆われた荒々しさ。

 葉巻を咥えた口から放たれる、ドスの効いた低音。


「ほほっ。随分とまぁ……骨のありそうな奴じゃの」


「はんっ……老骨に老骨をあてがったってぇ事よ」


 ボゥッ……と、その身に猛々しい魔力を纏う人間。


「ほほっ……こりゃあ、骨が折れそうな相手じゃのぉ……」


 負けじと黄金色の魔力を解き放つスレット。

 ニィッ……と互いに笑い合い――――魔族と人間族の……争いが、始まる。
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