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第一章 はじめての

吐露

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魔王の体は強い。


「もう……死ぬ……」


「お疲れ様サリュ。ありがとうね」


 つい楽しくなって……徹夜してしまった。一晩動きっぱなしでも全然疲れてなくて……魔王ボディ様々である。
 日本で、クリスマスの時に徹夜した時は……死ぬかと思ったからなぁ。懐かしい。
 
 ま……徹夜のお陰で、親指サイズの小さい飴玉が数えられない程出来たから良し。

 次は輸送方法……か。最悪、サンタみたいに麻袋担いで行脚するしかないか…………ん?


「あれ? そう言えば誰も居なくない?」


「そりゃ……そうでしょ。とっくの昔に居なくなった」


 それもそうか。


「んじゃ、玉座の間に戻ろうか」


「アホ……私は、部屋に戻って……寝るから」


 ……それもそうか。


「そうだよね、ごめんね……お休み、サリュ」


「ふぁ~……バイバイ」


 欠伸を隠そうともしないサリュと廊下で別れ、僕は最初の部屋……玉座の間に向けて歩き出す。

 徹夜しようとも、全くクラクラしない体に……恐怖を覚えながら。


 ――――――――

 ――――――

 ――――

 ――

 

「あれ……誰も居ないや」


 此処に来てから、ずっと賑やかだった玉座の間。でも……今は誰も居なくて。
 こういう時、いつも騒がしくて……喧しいフェーリーの声が、酷く恋しくなる。
 居たらきっと……辟易するけども。


「よっこいしょ…………ふぅ」


 段々になっている玉座の間を登り……一番高い所に鎮座している、僕専用の椅子に腰を掛ければ、何だか心が疲れていたみたいで……自然と、溜め息が漏れた。


「なんでこんな所に……居るんだろうなぁ……」


 高くから見下ろしても……部屋は、変わらず静かで。寧ろ余計に静けさを感じる……寂しさで。

 天窓から朝日が差し込む……早朝の魔王城。ゲームで見てきた魔王城なんて、何処も暗くて……今、目の前にある事が酷く新鮮で、ファンタジーで。

 ワクワクするようなシチュエーション。でも……何でか、楽しめなくて。


「何……してんだろ……」


 誰も居ない……静かな部屋に一人。

 その、物寂しさが……僕の心まで、侵食してきて。

 何となく……現状を、深く考えないようにしてきた。それが……たぶん、僕の心のリミッターだったんだと思う。

 こんな不可思議……普通じゃ、受け止められないもの。


「はぁ……これ、何時まで続くんだろ……」


 だからこそ……お菓子に縋って、お菓子を作って……自分を保ってた、そんな風に思う。

 日本にいた頃も……今の、青白い化け物の体でも……作れるお菓子は同じだって、僕は僕だと……証明出来るから。
 お菓子は……ずっと、変わらないから。


「……でも、最後まで……やるっきゃないよね」


 魔法、能力、魔物、魔族……勇者。訳の分からないファンタジーが一杯で。
 でも……皆、必死に生きていて。生きるのに精一杯で。
 お菓子と一緒で……何処にいようと、変わらないものなんて、いっぱいあるんだよ……ね。

 日本じゃ、パティシエとして……後輩を導いて、技術を教えて……旅立ちを見送っていた。それはきっと、彼らの将来の一端を担っている筈で。

 この世界で……魔王として、民を導いて……彼らの将来と、子孫の未来を作るのは、きっと同じ事。

 日本じゃ軽く感じた責任も、命も……魔王となっちゃ、酷く重く伸し掛ってくる。

 不安が……責任が、物悲しさに乗ってドバッと押し寄せてくる。
 けど……けれど、この……魔王の身になってしまった。日本に居た頃だって、誰かの先輩になりたかった訳じゃ無かった。

 でも、必然が……そうさせてくる。

 運命ならば……それを、受け止めねば……!!

 大丈夫、僕に出来る事なんて……何処に居たって、お菓子作りだけ。
 幸福感を与えられるお菓子が、強化能力まで付いてるんだ……儲けものだよ、この世界。

 皆を強くして、皆で戦って……勝って。それで、平和な世界でお菓子を作って。それを…………売…………って…………?

 ちょ、ちょ……ちょ、ちょっと待って……?

 僕は、とんでもない事に……今頃気付いてしまった。


「ママママ魔王様ー!! まお……魔王様ぁぁぁ!! コチラに居らっしゃったのですねー!! 大変大変!! 一大事ですわヨヨヨヨヨ!!」


 全身から……汗が吹き出してきた。
 まずい……まずい、まずい……まずいぞまずいぞ……。


「どうしたのフェーリー。僕も……一大事なんだ」


「オヨ!? あらあらどうしましょどうしましょォォォォォ!?!?」


 慌てふためき、宙をグルングルン飛び回るフェーリー。
 ……冗談言ってる場合じゃ無さそうだ。


「ごめん、気にしないで。それで何があったんだい?」


 僕が今更気付いてしまった一大事。
 
 それは…………この砂糖、普段使い出来ないじゃないかって事!!!!
 
 え、あれ……!? 平和な世界でのんびりお菓子屋さんしようと思ってたのに!! 頭の片隅に、ひっそりとプラン立ててたのに!?
 
 これ、食べれば強くなるじゃん……!? そんなお菓子、易々と売りに出す訳にはいかなくない!? パワーのインフレだよインフレ!!
 

 ヤバイヤバイヤバイ……何も考えて無かったぁぁぁ……!!


「奴ら、人間達!! 人間達が動き出しましたのヨヨヨォォ!!!」


「……まじか。スレット達は?」


 いや……落ち着け、今はそれどころじゃないみたい。

 ……この能力については、追々考えよう。いざとなれば何処かで砂糖を量産すれば良い。知識はあるんだ。 大丈夫大丈夫。何とかなる。


「今今、配下達を向かわせましたヨヨ!! 準備してこちらに向かわせますゥゥゥ!」


「そうか……ありがとう。ん? 準備?」


「ホホホ、戦の……ですよぉ魔王様ァ~!!」


 ――――一瞬、心臓の鼓動が小さくなった。

 戦……か。避けられはしない……よね。



 ***
 


 ジリジリと……ジリジリと、歩み寄る命の危機に……ストレスが半端ない。


「ほほほ……魔王様、お待たせ致しました」


「ん、あぁ……スレット」


 どれくらい待っただろうか……それすらも曖昧な程、迫り来る戦の足音に不快感があって。

 目の前の、丸腰のスレットにツッコミを入れるのも……何だか、出来なくて。


「魔王様……御安心下さい、私が居りますぞ」


「…………不安なんかじゃ、無い」


「ほほ、無理を為さらずに。この数日間……貴方様をお側で拝見させて頂いておりました」


「生き生きとお菓子を作るお姿も、我々と談笑されるお姿も……我々の為に、苦悶するお姿も。全て見てきました」


 コツ……コツ、と……優しい足取りで、僕の側へ寄ってくるスレット。


「貴方は……お優しい。武を……暴力を望まない、尊い御方だ」


 優しく、感慨深げにカタ……カタ……と、首を横に振るスレット。僕も彼に合わせて首を横に振る。


 「違う……臆病なだけだよ、スレット。僕だって……誰かの為に、国の為に戦いたいんだよ……!」


 ただ……初めの一歩が、酷く重たいんだ……どうしても。


「ほほ、貴方様は魔王という立場であります。貴方の御役目は……ただ、この老骨に、国の為に死んでこいと命令すれば良いのです」


「そん、な事……言える訳、ないだろスレット!!」


 骸骨の表情なんて読み取れない。

 けど……今、彼が優しい顔をしているのは……何となく、わかる。


「ほほ、ですから貴方はお優しい……こんな私の為に、泣いて下さるのですから」


「…………え?」


 泣いて……??

 自分でも……気付かなかった。昂った感情が……目から溢れ出ていた事に。

 スッ……と僕の目元を拭ってくれるスレット。

 初めて触れた……彼の体。

 冷たい筈の、剥き出しの骨は……温かくて。


「貴方の御力で……私のこの身は、再び熱を帯びましたぞ。力が……血潮が、この身を!! 焼き焦がしそうなのですぞっ!!」


 大袈裟に、両手を広げ……アピールする彼に、彼の優しさに……僕の心も、解れた気がして。


「ふふ……血、流れてないだろ?」


「ほほほぉっ~!! 左様でしたなぁ!! ささ……魔王様、どうか御命令を」


 仰々しく、高らかに笑うと……そのままの勢いで、僕の前に膝を突くスレット。

 あんな……非道な命令、僕には……出せない。だから――――


「……国の為、相手の兵士達を追い払ってきて、スレット。その力を存分に奮って……絶対、生きて帰ってきなさい」


 殺すな……とは言わない。本当は言いたいけど……スレットが無事に帰ってくる為には……不要な枷になってしまうから。

 いつか……殺しのない世界に、僕が……するしか、無い。
 今は……まだ無理だ、その責を……背負うしか、ない。


「……ほほほっ。仰せのままに……アラン国王陛下」


 スレットの……熱意の込められた、低く震えるような声と言葉遣い。

 ゾワッ……と全身に鳥肌が立ち、後退りしたくなるような……圧。


「では……行って参りますぞ。皆、陛下の御身を頼みますぞ……!!」


「い、行ってらっしゃい……」


 他の四天王達に肩を叩かれつつ、部屋を出て行くスレット。僕の警護に人を残す為に……一人で、戦地に。


 ……けれども、魔王であるこの身を凄ませる、スレットのプレッシャー。
 絶対的な安心感が……心に生まれて。


「はは……最後まで、ペース掴まれたなぁ……」


 さ……スレットに任せ切りにならないように、飴を配る準備をしないと……!!

 僕に出来るのは、命令だけじゃない……後方支援だって出来るさ!!
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