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序章 魔王と勇者と
始まり
しおりを挟む「さぁ……お砂糖は好きなだけどうぞ」
スレットが机に置いてくれた空の器。その上に人差し指を翳して【砂糖生成】の能力を使う。
指先が淡く光ったと思うと、コトッ……コトッ……と落ちる角砂糖。
本来は液糖混ぜて押し固めて、乾燥させないと角砂糖にはならないけど、この力があれば一発で出せる。
素晴らしい……便利な力だ。態々角砂糖にする意味は無いけどね。
「…………貴方が戦闘を避けた理由がわかった」
……そうだよね!! 気付かれるよね!!
やべぇ……全く気にして無かったよ!!
「……国を押し潰す程の砂糖を流し込めば、無事ではあるまい……魔王の物量を甘く見るなよ、勇者」
砂糖だけにね。
「じゃあ……何故、やらないの?」
何故……と言われましても。それは本来の魔王様に聞いて貰いたい訳でして……。
そんな事、言えないけど。
僕個人として言えば、食べ物粗末にしたくないからだけどね。
「……後処理、大変でしょ。砂糖まみれの土地とか、どうするのよ」
「まぁ……確かに」
何とか誤魔化せたかな……?
い、いかん……ミルクを入れる手が震える。
「ほ、ほら……勇者も、ミルクを入れると良いよ」
「……どうも」
角砂糖を二つ程沈めて、勇者へ渡す。招く側の僕が先に使うのは良くない気がするけど……一応敵対している訳で、毒味的な意味で先に使おうと思いまして。
「うん……美味い」
芳醇な香りと共にガツンとくる茶葉の渋み。追従する如く渋みを和らげるミルクのまろやかさと、砂糖の甘み。
あぁ……紅茶って素晴らしい。
余韻に浸りながら勇者を見ると……ポチャ、ポチャッ……と角砂糖をミルクティーに沈めていて。
一個……二個、三個……四個…………。
「……多すぎじゃない?」
「砂糖は高価。沢山使うべし」
「……そう」
溶けないだろそれ。底がジャリジャリして後半キツいやつ。
「高価だからこそ……貴方は狙われる。力は無いのに……哀れね」
何気なしに言われた言葉。
「……え? な、なんで……?」
サッ……と、全身の血が引いたような、心臓に刃を突き立てられた……そんな感覚。
「貴族の利権を侵したから」
「そ、そんな事……」
そんな理不尽な事、ある……!?
そんな事の為に、魔王は狙われて……国民が、殺されて……!!!
「お誂え向きに貴方は魔王。殺す理由なんて、必要無い」
「腐ってやがる……!!」
反吐が出る……!! 金ばっかり言う奴が、一番嫌いなんだよぉ……!!
怒りで、不快感で……頭が破裂しそうだ……!!
「貴方も、私と同じ……肩書きに弄ばれた人、だね」
何処の誰だ……そんな事、決められるのは……!?
「くそが!! 人間共め……!! くそっ……ん? え……? 同じ!?」
「勇者だって、魔王を殺す大義名分。ちょっと特別な力を持っただけの……ただの人間。国から押し付けられた、ただの称号」
「はぁ……!?」
なんだよ、ただの称号って……!!
なんかこう、剣を抜いたとか、神様から託されたとか……そういう、特別な存在で有れよ!!
そんなの……ただの、戦争じゃんか……。
「君は……それで良いのかよ!! そんな理由で――――」
「もう疲れたから、考えるの。面倒臭くなっちゃったの」
抑揚の無い勇者の声に……遮られて。
「――――――そう、かい……」
巫山戯るな、とか……命を大事にしろ、とか色々言いたかった。
けど……気怠げにティースプーンをグルグル回し、無機質な声で……死んだ目でテーブルを見詰める彼女に、何も言えなかった。
「……でも、僕は諦めて死ぬなんて……やだよ」
彼女の気に当てられて……僕もなんだか、落ち込んできて。
「あら、何か策でもあるの? こんな貧弱な国で……こんな力の貴方に」
「誰のせいで、こうなってると思ってんだよっ……」
「民を守れぬ愚かな王……かしら」
「てめ――――」
「私だって、一回魔法を使ったら動けなくなる。それで、単身魔王城を破壊してこいですって。捨て駒よ……私は、捨て駒勇者」
「だと、しても……!!」
「成果も無く帰ればどうなることやら。大きな力の前じゃ……ちっぽけな存在よ、勇者なんて。だから……考えるの、面倒臭くなっちゃった」
グルグルと、頭は怒りで沸きそうで。
滾った血が巡り……体は爆発しそうで。
握った拳は血で滲んでて。
「私も貴方も……終わりなのよ、此処で。さ……最期のお茶を楽しみましょう」
「ぼ、僕らが手を組めば……!!」
フンッと、自嘲気味に笑う勇者。
「最弱と名高い魔王と、出来損ないと名高い勇者が? 何が出来るの?」
「…………くそっ」
勇者を追い返せば何とかなる? 甘かった。
甘い物でつれば何とかなる? 甘かった。
初めから彼女は……どうでも良かったんだ。
もう、ここに来ればお終いだったんだ……。
僕の話術? 技術力? 魔王の能力?
そんなもの……何でもなかったんだ……。
「僕は魔王なんかじゃねぇ……。とんだ道化師じゃないか……」
「道化じゃなくて、素晴らしい給仕じゃない? ほら、温くなったけど、このお茶だって……美味し……い……?」
僕に気を使ってか、お喋りに夢中で冷めてしまったお茶をゴクリと嚥下する勇者。
途端、小首を傾げて目を細める彼女。
「…………馬鹿に、してんのかよ……」
僕の問い掛けには答えず、ゴクリ……ゴクリ……ゴクリと、どんどんお茶を飲み出し……遂には天井を見上げるまでに顔を上げた。
……飲み干したんか。あの砂糖の量、飲めたんか。
「ねぇ……魔王。これ……何?」
「紅茶だけど……」
僕が惚けたとでも思ったのか、ギンッ! と目を剥く勇者。
「何を入れた……!? どうやったら、こうなる!?!?」
ガッ! と勢い良く立ち上がり、僕へと飛び掛ってきて。
勇者の鎧に引っ掛かり、倒れるケーキトレーがスローモーションに見えて。
「あぁっ!! 僕の愛娘達っ!!」
無惨に飛び散る飛び散るお菓子。
突然で受け止める事も出来ず……二人仲良く床に叩き付けられる。
「答えろっ!! 魔王っ!!」
胸倉を掴んで、寝そべった僕を掴みあげて……零距離で睨み付けてくる勇者。
いやいや……意味わからん意味わからん。
ひょっとして、スレットが興奮剤でも入れたのか……!?
横目でスレットを見ても……ガタガタと震え、首を横に振るだけで。
いや、助けろよ。怯えんなや。
「い、いったいどうしたの……」
「わからないの!? ちっ、無駄に頑丈な体してっ!!」
「ぐぇっ!!」
急に僕の胸倉を離すもんだから、床に背中を叩き付けられて……空気が漏れた。
ついでに、目の前の血走った勇者の顔が怖すぎて……ぐちゃぐちゃだった心が、一つに纏まった気がする。
今は……目先の恐怖だよ……。
「ちょっと、何するん――――」
「ほら、見なさいっ!! これを見てみなさいっ!!」
僕の言葉を遮り、手に膨大な量の淡い光を集めている勇者。
渦巻くように……彼女の手を中心にするように。
ザワザワと……グルグルと。
「……? 綺麗だね……?」
「そうじゃないっ!! この!! 膨大な魔力がわからないのっ!?」
「それが……?」
流石魔王と言うべきか……目の前で、周りの空気が歪む程の力の奔流を見せられても……あんまこう、パッとしない。
この体、スペックは一流なんだろうね。能力に恵まれなかっただけで。
「ほんと調子狂う!! ほら、ほら!! 私の力、魔力、体……治ってるっ!!」
勇者の長い髪が、バッサバッサと波打つ程の、力の奔流。
「……落ち着いて?」
「ふふふ……ははは…………はーっはっはっはぁぁぁ!!!」
僕にマウントを取りながら雄叫ぶ勇者。
完全に魔王討伐のシーン…………あっちの方が魔王っぽいけど。
「きっと……貴方の力よ!! 貴方の砂糖よ魔王っ!!」
なんで……? 僕の愛、かな?
「は、はぁ……そりゃ、良かった……?」
それとも、本来の魔王が能力を使い続けて、鍛えたお陰かな……?
「ふふふ……決めた。決めたわ魔王」
周囲をガタガタと震わせていた淡い光……魔力を握り潰す勇者。
そしてまた僕の胸倉を掴み、グイッと顔を寄せて……瞳孔の開いた血走った目を僕に向けてくる。
……怖。
「この″殲滅勇者″ことサリュが……手を組んであげる。一緒に世界征服してあげるわっ!!」
――――――僕、そんな事望んで無いです。
「は、はい……ありがとう……ございます……」
そんな事……言える訳、無くて。
「さぁ、貴方の名前を教えなさい」
なんで……!? 親愛の証……!?
でも……急に言われても、流石に日本の時の和名を出す訳にはいかないし……!!
なんか、身近な横文字を……!!
「名前……名前? ええっと……魔王……いや、見習い……?」
あれ……? そもそも、この体の名前を知らないのは……何故?
「アプ……? ん?」
今は……良いか。考えてる余裕は無いや。
「あー……いや、アラン……魔王アラン。宜しくお願いします……サリュ……」
「ふふふ……ここから、大逆転の快進撃の始まりよ、アラン!!」
「は、はい……」
「手始めに……もっと砂糖を出しなさいっ!! ほらっ!!」
「やめろぉ!! 手から直飲みしようとすんな!! 机の上に散乱してんだろ!!」
「はっ! あれがそうなのねっ!!」
ガバッ! と僕の上から飛び退き、テーブルの上に散乱したお菓子を貪り始める勇者……もとい、サリュ。
無駄にしなくて有難いけど……怖いわ。マジで。
――――無駄に元気になったサリュの言葉で……僕の、波乱の人生の幕が上がった。
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