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序章 魔王と勇者と
勇者と魔王と骨
しおりを挟む「良し……ちょっとはマシになったかな……」
「純白の魔王城……あぁ、前代未聞で御座いますぞぉぉぉ……」
石製の壁を布で隠してみたら、ランプの灯りの反射が綺麗になって、部屋全体の雰囲気が明るくなった……気がする。
「窓は開けて……テーブルに蝋台置いて……ま、こんなもんかな?」
部屋全体を見渡して……良し、問題――――あ。
「……僕の服真っ黒じゃん……」
禍々しい漆黒の羽織と、鱗みたいな軽鎧を装備してるんだわ、僕。
……しまったこんな格好でお菓子作りしてしまったぁぁぁ! 一生の不覚……!!
「スレット、僕着替えて――――」
「新魔王様ぁぁぁぁ!! 連れて来たよぉぉぉぉ!!」
「わぁおバッドタイミングゥ…………」
再び、僕の前に姿を現す青緑の妖精。
「覚悟を決めるしか有りませんな」
「そうだね……。中に通してくれ」
「はーい!!」
あぁ……緊張する。
一歩間違えたら……死。
勇者が攻撃に転じたら……終わる。
もし、勇者が甘い物が嫌いだったら?
もし、顔見た瞬間攻撃をしかける猛者だったら?
自分の判断が間違っていたら?
別の良い方法があったのでは?
考えないようにしていた不安が……一気に押し寄せてきて。
手が……体が、途端に震え出す。
「ス……レット……」
情けない……声まで震えて、掠れて。
僕には……王たる風格は無い。
王たる知恵も、判断力も、統率力も……無い。
お菓子を作れるだけの……【砂糖生成】の力を使えるだけの、惨めな魂。
「新……いえ、魔王様。我々には貴方を信じる他有りません。どうか……どうか」
そんな中……僕よりも惨めに、体をカタカタと震わせるスレット。
あぁそうだ……僕なんかより、きっと彼らの方が怖くて……辛い思いをしてるんだ。
仲間が死んで……唯一の魔王は、知らない誰かと入れ替わってて。
魔王だって苦肉の策だったんだろう。
「ご、ご…………」
吐き出しそうになった弱音を、無理やり飲み込む。
――――――こんなんじゃ、ダメだろう僕!!
僕がやらねば、誰がやるんだよ……!?
勝手に入れ替えられた魂……だけど、命を背負ってるんだ……僕が、勇気を出さなきゃ!!
出来る出来ないじゃない……やるんだ、僕!!
「――――ごめん、もう大丈夫。後は任せて」
大丈夫、体は魔王だ……最悪、拳で語れば良い。
「はっ!!」
僕の雰囲気に合わせて、威勢よく頭を垂れるスレット。彼も無理してるんだろう……ね。
その優しさが温かくて……嬉しくて、力が沸いてきて。
僕は、人に喜んで貰う為にお菓子を作ってきた。これからは……頼られる為に作るのも、悪くないかも、ね。
それを出来る力があるんだ……。やらなきゃ……!!
「ん……来たかな?」
「そ、そうで……ご、御座いますな……!!」
閉じた扉の向こう……意識しなくても伝わる威圧感が一つ。
ゴクリと生唾を飲んで……拳をキュッと握って、気合を入れて。
緊張が伝わっちゃいけない。だから普段の僕……自分のペースでやるんだ……!
――――あ、しまった! 考えてないで、待たせちゃ悪いから扉開けないと!!
「はいはい、今開けますね~!」
「え、魔王様っ!?」
小走りに扉へ向かうと、後ろから聞こえる焦ったスレットの声。
そうか……普通偉い人が開けないか。
んんー……魔王ムーブじゃない……けど、これはこれで良いか?
大事なのは僕流の作法だよね!
「いらっしゃ~い。遠い所、態々ありがとうね~」
扉を開けた先、怪訝な顔をした妙齢の女性が一人。
「………………は?」
わぁ……すっごい隈。
白髪ロングの蒼眼の美人なのに……目の下が凄い不健康。
これが……勇者……?
ブレイブっていうよりダウナーなんだけど……?
まぁ良いか。口をポカン……と開けて、呆気に取られてるし……このままペースを掴んで有耶無耶にしよう。
「疲れてるでしょ? 座ってお茶でも飲もうよ」
「は…………? あ、え…………?」
「さぁこっちこっち! ここ、座って? スレット、お茶の準備をお願い!!」
「か、畏まりました……ただ今……?」
仲間まで呆気に取られてやがらぁ。事前の打ち合わせ、細かい所も必要だったかな……? 今更遅いし、今後に活かそう。
ダウナー勇者の肩を優しく押し、並んだ椅子の一つに座らせた後、対面の席に座る。
真正面から見たら、より一層美人で……疲れ切った顔をしているのが実に勿体ない。
こんな人がお店で売り子やってくれたら、売上爆増だろうなぁ。少なくとも僕なら通いで買いに行っちゃうね。
「今、自慢の紅茶持ってくるから少し待っててね」
「………………はぁ」
一応、言い包める為の会話デッキは脳内で考えてた。でも……座った瞬間、緊張して全部吹っ飛んだ。
ど、どうしよう……!!
「そ、そうだ! 紅茶にはミルク入れるタイプ? ウチの国自慢のミノタウロスのミルクあるんだけどどう? あ、砂糖は入れる??」
「…………あるの?」
「勿論! 沢山用意してあるよ!」
「…………いる」
良し……良し、甘い物いけるタイプだ……!!
「貴方……変。どうして私を歓迎する?」
より一層、眉間の皺を深くさせる彼女。
「え? なんで――――」
だって……僕は、君の事は知らないから。知りたいから歓迎するんだ。
そう思って……目の前の人間を、勇者だと深く認識した瞬間。
″殺せ″
″許すな″
″引き裂け″
″滅ぼせ″
″憎い″
″苦しい″
″苦しい″
″苦しい″
――――身に覚えの無い憎悪が、悪意が、敵意が、心を占めて……体が疼き、勝手に右手が拳を作る。
「…………勇者と、魔王が……仲良くしちゃ、いけないのかい……?」
「私は……貴方の部下を殺した。貴方達は……私の……仲間、達を殺した。相容れない」
そうだ、そうだ……この、体の反応が、当たり前なんだ。
目の前のコイツと……殴り合わなきゃ、殺さなきゃ。
――――でも、でも、でもぉ……この本能に従ってちゃ……バッドエンドしか無いんだぞ、魔王ボディよぉぉぉ……!!
「やられたらやり返す、その考えは……幸せになれんよ、勇者よ……」
「…………じゃあ、どうするの」
″全員殺せ″
「皆生きて、勝手に好きな事やれば良い……死んだら、何も出来んし、考えられん……。死とは、恐ろしいものよ……」
″人間など、服従させよ″
「じゃあ……殺す事が好きな人はどうするの?」
″上から叩き潰せ″
「知らん……殴れ。人に、迷惑は……掛けちゃいけねぇ」
″我々が一番だ。その他は要らぬ″
「……阿呆くさ…………考えるのも、面倒」
「…………僕も」
……スレットまだぁ!? もう、心の声が漏れそう……!!
「魔王……貴方の望みは何なの? 幾ら時間を稼ごうと……結果は変わらない」
″殺すぞ……勇者よ″
「……僕の望みはただ一つ。自分を、国民を……死なせたくない、それだけ」
やばいって……もう、本題に近付いてきてるって!!
魔王の残渣が、勇者と殴り会おうとしてるんだって……!!
「生にしがみついて……生きる事に、意味はあるの?」
「え……? なんで、怖くないの? 何も楽しめないし……何も考えられないんだよ? 今、この瞬間を……思い出す事も出来ないんだよ?」
不意に……勇者の価値観が理解出来な過ぎて、素の自分が出て来て……魔王の残渣が押し込まれた感。
「思い出したい事なんて……何も無い。生きてきて……楽しい事なんて、何も無い」
凄く、淀んだ雰囲気を出す勇者。彼女とは……まるで価値観が合わない。
でも……でも、話の取っ掛りは掴めた!! 心の声も静まった今……チャンス……!!
「じゃあ、僕が教えてあげるよ……甘味の素晴らしさを!! 幸福感をっ!!」
「………………は?」
「美味しい食べ物を食べるとね!! 二回幸せを感じるんだよ!! 口に入れた時、そして胃に到達した時……!! つまり、食べ物って最強なのさっ!!」
「………………そ、そう……」
「これから部下が食べ物を持ってくるんからね!! まぁ食べてみなさい!! 話はそれからしよう!!」
「はぁ…………まぁ、良いけど……」
え、良いの? やったねパッションの勝利だぜ!!
よっしゃこのまま押し切れ!!
「…………どうせ……何したって、結果は変わらないから……」
「お待たせ致しました魔王様…………と…………勇者、様」
悲壮感漂わす勇者に触れようかと思ったけど……こんなタイミングでスレットが戻ってきたから、聞くに聞けなくなった。
「さぁさぁ、やっときたねぇ! お茶会とでもいこうか勇者よ!!」
「…………ホント、変わり者……」
目の前に置かれる透き通ったオレンジ色のお茶。間違いなく日本で味わった紅茶のそれ。
果実のようなフレッシュな香り。その中に潜む、渋さを感じさせる茶葉の鋭さ。
湯気と共に鼻腔に突き刺さる芳醇さは……緊張した僕の頭にしっかり届いて。
パティシエとしての僕が出てきて……魔王だなんて事、忘れられて。
銀製の三段のケーキトレーに、クッキーとフィナンシェを飾り、机の真ん中へ。
クレープはカラメルのソースと共に、キッチンにあったフルーツを盛り付け、白亜の皿に。
ティーカップとポットを温めるのは……今回はしなかった。というより、昨近はあんまやらない作法だったりするんだよね。店によるけど。
さ……スレットは言い付け通りに給仕してくれた。次は……僕の番だ。
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