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序章 魔王と勇者と
勇者
しおりを挟む月明かり照らす鬱蒼とした森の片隅。
今にも朽ち果てそうな弱々しい木の樹洞の中。
一人の女性が……蹲るように、眠りについている。
「………………うぅ…………うっ……」
時折、唸るように声を上げる彼女は……はたして、どんな夢を見ているのだろうか。
――――――――――
――――――
――――
――
移ろい行く……夢の中。
目まぐるしい……記憶の奔流。果てしてそれは……悪夢か、否か。
始まりは……物心付いた頃。
『素晴らしいぞサリュ!! サリュには特別な魔法が使えるみたいだぞっ!! はは、流石父さんの娘だっ!!』
『う、うんっ!!』
期待は重荷で……信頼は、鎖。
自分の膝程までしかない背丈の娘を抱き上げる父は…………娘が浮かぬ顔をしている事に、気付く事無く。
霧散するように記憶のページは消え……また、別の記憶が蘇り。
『なんだっけ……お前、勇者候補? とかなんだろ? 母ちゃんがうるせぇから仲間に入れてやるよ……ほら、行くぞ』
『あり……がと……』
同い年の少年少女達に混ざる時も……彼女の顔色は、暗いまま。
――――――しかし誰も……彼女の顔を見ない。
パラパラと……本を捲るように、記憶は移り。
『な、なんだって……!? 魔法が、上手く使えない……!? 一度しか撃てないだと……!? 何故……なぜだ!? どうしてなんだっ!?』
『も、申し訳っ……あり、ません……』
娘の持つ力じゃ、魔法を十全に使えない事を知り……錯乱する父親。
頭を掻き毟り……醜い姿を晒して。
――――――彼女の顔は、酷く沈み。
『……聞いたわよ…………あれが……勇者…………落ち零れ…………よ……』
彼女が成長すればする程……噂は流れ、ヒソヒソ話も止まず。
(……下らない、人達)
大きく、強く育った彼女は――――まだ、暗い顔をしたままで。
『お前と仲良くして損したぜ……出来損ない。じゃあな、サリュ』
(私にだって……力が、あればっ!!)
嘗て、輪になって遊んでいた同郷達も……甲冑を着込み、彼女を置いて行く。
――――血が滲む程に拳を握り……増々と、顔色の悪くなった彼女を置いて。
嫌悪が……憎悪が、羨望が……嫉妬が、彼女の記憶を占めていて。
『サリュ。陛下がお前に″勇者″の称号を、特別に賜るそうだ。光栄に思いなさい』
『感……謝、致します』
(勇者って……何? 誉って……何……?)
書斎の上、山積みになった資料を見詰める父は……もう、顔を上げる事は無く。
『破壊魔法……だったか? お前のその魔法で魔王国への突破口を作りなさい。お前の体調に合わせて一日、一日……徐々に攻め入るそうだ……陛下の判断に感謝しなさい』
『はい……お父様……』
(″私″って……何なの?)
ジッ……と父の頭を見詰める彼女の視線は、交わる事無く。
残った記憶は……あと僅かで。
『ほら、先陣切ってけよ……″殲滅勇者″様ぁ!』
(こんな事……したくないのに……)
甲冑を着た同郷達は……もう、肩を並べる事は無く。
来る日も来る日も……魔法を放ち、木々を……魔物を破壊し尽くす彼女。
彼女の魔法に触れた物は……粒子となり、塵となり……風に乗って、消えて行く。
『……おっかねぇ…………ありゃ、化物…………』
(便利に使って……それなのに、否定して……)
後方の兵士達の話し声を……聞こえない振りをして。
一発魔法を放ち、後方に下がり……翌日また、先陣を切る地獄。
気付けば父親の傀儡で……いつの間にか、国の傀儡で。
何時からだろうか。己が何かのあやつり人形だと自覚したのは。
変わろうとしても……もう、遅くて。社会に雁字搦めにされていて。
(あぁ……面倒くさ。人も……国も、全部全部……面倒くさ)
――――暗く沈んだ彼女の顔は、もう戻らない。
生きる為には……このまま、誰かの言いなりで。
『サリュ。お前のお陰で魔王国は壊滅状態にある。誇りに思いなさい』
『はい……お父様……』
ある日、後方に下がった彼女の元に訪れた父親。
『それで……だ。陛下は消耗を嫌がっておってだな……サリュ、お前に勅命だ。単身、魔王国へ潜り込み……魔王城を破壊せよ、と』
(……魔法を使って動けない私を……誰が連れて帰ってくれるの? それって……つまり……)
『………………承りました、お父……様……』
『……無事、戻ってくれば陞爵して下さるそうだ。頑張りなさい』
(陞爵するのは……お父様なのに。″化物″なんて……要らないんだね)
『……行って参ります』
(娘が死んでも……いや、父様にとって、私はただの……傀儡)
親子二人――――顔を合わせる事は、無く。
無気力に……何も考え無いで生きるのが楽だって気付いて。
(あぁ……生きるのって、面倒くさ)
――――
――――――
――――――――
――――――――――――
「っ…………うぅ――――っ!! 誰……!?」
樹洞の中、相も変わらず眠っていた女性。不意に何かの気配を察知してか……抱えていた剣を抜剣し、宙に刃を向ける。
「ねぇねぇねぇ人間さん? 君が勇者? 貴方が勇者? ねぇねぇねぇねぇ」
「チッ……妖精……。面倒くさ……」
「ねぇねぇねぇ答えて答えて? ねぇねぇねぇねぇねぇねぇ」
「そうよ、私が勇者」
フワフワと、騒ぎながら彼女の周りを飛び回る、青緑色の光を纏った妖精。
無害な存在だと悟ってか、彼女は剣を収め……虚ろな目で宙を見詰める。
「やったねやったね大正解~! ねぇねぇねぇねぇ、魔王様がお呼びだよ? 早く城に来いってさ!」
「……何故?」
「さぁねぇ? 魔王様、新しくなったからわっからーん!!」
「新しく……?」
眉を顰める勇者。
途端、慌てふためき飛び回る妖精。
「あ、あー!! 今の秘密!! 今の無ーし!! じゃ、ボク達は何もしないから、勇者さんも何もしないでお城においで? 待ってるからね!! バイバーイ!!」
失言からか、俄然慌ただしく飛び回る妖精は、勇者の返事も待たずに何処か遠くへ飛び去って行った。
(罠……? ま、生きようが死のうが……私はもう、どうでもいい)
「……好都合……か。はぁ……かったるい……」
(罠で死のうと……魔法を使って死のうと…………私には、もう……関係無い)
覚悟を決めた彼女は、樹洞から飛び出し、轟音と共に枯れた木を蹴り壊し……薄暗い闇夜に消えて行った。
――――――――――
――――――
――――
――
「ねぇねぇねぇねぇ新魔王様!! 勇者見付けたよぉぉぉ!!」
「うっわ煩……フェーリー静かに……あれ? なんか色違くない?」
キッチンを片付けている最中、窓から突然フェーリーが入ってきたかと思ったけど……アイツはピンクなのに、今目の前に居るのは青緑の姿してる。
1/4096の確率かな?
「ほほ、彼女の配下の妖精ですな」
「そうそうそうそう! フェーリー様のお友達ぃ!!」
「へぇ……こんな感じのがいっぱい居んのか」
……絶対煩いじゃん。
「里とか有るのか――――ん? あれ、今勇者見付けたって言った……?」
「うん!! 居た!! 城に来るように言ったよー!!」
「え、まじで!?」
存在感ありすぎて聞き逃してたわ。
まじかぁ……早すぎやしないかい? 何とか準備は出来たけど……休めないじゃん僕。
「それじゃあさ、玄関まで迎えに行ってきてくれる? そんで……食堂に連れて来てくれ」
「はーい!!」
そう言ってまたフワッと窓から飛び出していく妖精。
「ねぇスレット……休む暇、無くない?」
「……暫しの辛抱で御座いますれば……」
「はぁ……ゆっくりしたい。まだ自分の事もわかって無いんだもん」
「さ、さぁさぁ魔王様! 勇者を迎え撃つ準備をしましょうぞ!!」
「くっ……忠臣め……」
スレットの骨張った手で背中を押されつつ……キッチンを出る。
キッチンと食堂は同じ階らしく、少し歩けば辿り着いた。
石製の物々しい、冷たい雰囲気のある扉。中に入れば……仄明るいランプの光に照らされた長テーブルが一つ。
黒と赤のテーブルクロスとカーテン。
真っ赤な絨毯。
石製の壁と天井。
漆塗りのような、黒く艷めく、背もたれの長い椅子。
この国の何処かの風景画や、漆黒の甲冑の置物。
「いやいや……暗っ。怖……」
……魔王のセンスどうなってんの? ここで落ち着いてご飯食べられるの??
「何を言いますかっ!! 厳かで品がある、抜群のお部屋で御座いましょうぞ!!」
「お前の趣味かよ」
と、とにかく……同族ならまだしも、人間である勇者を呼ぶんだからこれじゃ駄目だろ。
ちょっと弄ろう……。
「とりあえず、カーテンとテーブルクロスは白基調にして。調度品とか絵画は――――あ、あー……変えが無いか……? 仕方ない、部屋から出すだけにしておこう」
「なりません!! 威厳が無くなってしまいます!!」
「うるせぇ要らんわ!! 敵対じゃなくて懐柔目的なんだからさ!!」
本当は、この石製の部屋が閉塞感ありすぎるから、建て直したいくらいなんだよ。
「とりあえず……壁に大きい白い布を垂らして、少しでも明るい雰囲気にしよう。良し、時間も無いしさっさとやるぞスレット!!!!」
「せ、殺生な……!! あぁ嘆かわしや嘆かわしや……」
「それと、対勇者用にスレットには給仕の作法も教えるから!! ほら、時間無いよ!!」
「あぇ!? わ、私が給仕……!?」
――――勇者と魔王の邂逅まで、あと僅か。
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