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序章 魔王と勇者と

知らないだらけ

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「なんか色んな情報が頭に残ってたけど……とりあえず、勇者が攻めて来ちゃうんでしょう?」


「え、えぇ……左様で御座います……」


 踏み荒らされた、衝撃の吸わない真っ赤な絨毯。


「それが直近の最重要項目……だよね?」


「勿論で御座います……。正しく、国家存亡の機でありましょう……」


 不安げな顔……をたぶんしてるスレット。流石に骨格の気持ちは読み取れないや。


「僕が魔王で……敵が、勇者……か」


「え、えぇ……あの、貴方は本当に――――」


「君の知らない人だよ。たぶん、この世界じゃない……何処か別の所の」


 んー……どちらかと言うと、英雄ヒーローとかに憧れる質だからなぁ……魔王、かぁ。
 ひょっとして……世界征服とか、しなきゃいけないのかな?


「別の……世界!? あぁ、嘆かわしや嘆かわしや……」


「君みたいな歩く骸骨も、さっきの妖精だって空想の生き物だったからね」


 何となく、この不可思議に心が乱れないのは……この体の元の持ち主の影響、かなぁ。
 本当は、こんなファンタジーに諸手を挙げて喜びたい所なんだけども。


「オマケに……戦闘力のある配下は……皆、逝ってしまったんでしょ?」


「……お恥ずかしながら。先代の四天王様も、その配下の魔族達も……遺ったのは、我々のような者達だけ。このままじゃ……あぁ、嘆かわしや嘆かやしや……」


 魔族……ね。
 自分の肌もやたら青白くて……ひんやりと冷たい。爪がアホみたいに長かったり、鱗が生えてたり、四足歩行だったりしないだけ幸いか。
 良かった……ちゃんと人型で。これならお菓子は作れる。


「一大事だよね?」


「……左様で御座います」


「えっと……勇者は後どれくらいで来そうな感じ?」


「実は……既に単身、魔王国領へ入り込んでおりまして……数日中には……」


「もう来てんのかよ!! 本当に落ち着いてられねぇ!!」


 もうちょっと猶予あるタイミングで代わってくれないかなぁ!?


「ですから!! キッチンなど向かっている場合ではありませんと、何度申し上げたらっ!!」


 僕に合わせて荒ぶる骸骨。

 いかん……冷静にならんと。


「と、とにかく……単身で来てるなら丁度良いや。国民には無抵抗で勇者を此処まで連れてくるように伝えて? あー……でも周辺の警戒はそのままで」


「一騎討ちで御座いますか!? いくら相手が単身、舐めて掛かってこようと――――」


「配下が死ぬのは嫌なんだよ……僕も、この体の持ち主も」


 勇者が国に入り込んだ……そう聞いただけで、心臓がジクジクと痛くて、勝手に……拳を握り締めていて。


「魔王……様……」


「それに策ならあるさ。この体が残した力……僕が使いこなしてやるよ」


「……今はもう、貴方を信じる他有りませぬ……。嘆かわしや嘆かわしや……」


 この体に残された力――――【砂糖生成】

 正直、魔王がこんな力持ってたら……笑って鼻水吹き出す所だった。ハズレも大ハズレすぎるんだよ。

 でも……人が、生命が死に絶えるなんて……笑ってる場合じゃない。


「僕はパティシエってね……甘い物を作る職人だったんだよ。この力を使いこなすにはぴったりさ」


「は、はぁ……」


「さぁ……プロのおもてなし、見せてやろうじゃないかスレット!!!」


「…………はぁ?」


 ――――――――――


 ――――――――


 ――――――


 ――――

 
 ――

 そして辿り着いたキッチン。

 誰も居ない……物寂しく、静かな場所。

 元の持ち主である魔王様には、流石にキッチンの記憶は残されて無いので、手探りでいかねば。
 
 ……元魔王様は、何処で【砂糖生成】使ってたんだろ?


「記憶が正しければ……相手の勇者は、女の子でしょ?」


「左様で御座います……」


「良し……じゃあ、僕の策は――――女の子だし甘い物で釣って何とか延命しよう大作戦! どうだい!?」


「む、無理があるかと……」


「じゃあどうやって【砂糖生成】なんて力で勇者と戦うんだよぉぉぉぉぉ!?」


 食べさせる以外思いつかねーわ!! 勘弁しておくれよ……!!


「……魔王様も、お気に病んでおりました……。その結果が、今の魔王国で……御座います……」


「あ、そっか……ごめん」


 消え入りそうなスレットの声。きっと……僕の魂がこの体に宿る前から、ずっとずっと……不安だったんだろう、な。

 僕だって……自分の国が戦争に負けそうだったら不安になる。死にたくなんて無い……死ぬのなんて、怖い。

 死が怖くて……生が怖くなるんだ。


 「ま……心配だろうけど、この身を任された僕に出来る事なんて……お菓子作りしかないんだ。ごめんね」


 キッチンには誰も居ない。

 思えば……此処に来るまでも、誰とも擦れ違って無い。


「……我々も、貴方様に頼る他……有りません。あぁ……嘆かわしや……」


 たぶん……恐らく、きっと……勇者迎撃に回されちゃったんだろう。城の警備も限界まで減らさないと、生き残れないんだ。


「材料と器具と設備と……後、お皿の確認もしたいなぁ……。飲み物って何がある?」


「飲み物……ですか。酒や茶……それと、煎り豆など様々御座いますが……」


 力があれば……勇者にズタズタにされる事は無かったのだろうか。魔王が、魔王として……出張って叩き潰せたのだろうか。


「お茶っ葉見せて貰える? どれくらい醗酵させてんだろ……」


「醗酵……あぁ、醸造で御座いますか。浅い物から深い物まで御座いますぞ!!」


 何にせよ……そんなギリギリの所で入れ替わらんでもなぁ。
 最後まで自分の力でどうにかしたい……その気持ちは、男だからわかるけどさ。


「へぇ……あ、これ良いね。しっかりした紅茶あるんだなぁ。匂いは……ダージリンに近いか?」


「ホホ、お目が高いですな新魔王様!! 北の大山、ティタンの高層部のみで育つ茶葉でしてな!! 清涼感のある香りが実に素晴らしく――――」


「きゅ、急に元気になったね」


 スレットは沢山喋ると、顎がガタガタ音が鳴って……怖い。


「し、失礼致しました……数少ない、趣味で御座いまして……ホホッ」


 恥ずかしげに、カタカタと体を鳴らしながら後頭部を掻くスレット。
 この人……こんな一面もあるんだなぁ。

 ――――ハッ!!

 骨だけの体……有り体に言って化物。それなのに……それなのに、何故こんなにも守りたい気持ちが湧いてきちゃうんだろうか!?
 
くっ……魔王の残渣か……!?
 

「……茶葉に果実とかの香りを付けるフレーバーティーとか知ってる?」


 くそ……会話を続けたくなってしまう……!! そんな場合じゃないのに……!!


「いいえ存じ上げません!!! 是非、詳しく!!」


「ふふっ……良し、平和になったら、だね。今はやれる事、やろう?」


「むむむっ……!! 左様でしたな……!! 是非、魔王様には勇者を何とかして頂かなければ……!!」


「……手伝い、頼むね」


「お任せをっ!!」


 さ……僕にしかやれない事、やりますかぁ。
 


 ***
 
 

 まずは……スレットと二人、キッチンを掻き回して作れるお菓子を考えよう。


「スレット! これ何!? 牛乳かな!?」


「それは牛人族ミノタウロスの生乳ですぞ!」


「雌のだよね!?」


「勿論で御座います!! 濃厚で喉越しが抜群ですぞ!」


 牛乳があれば……幅が広がる!!


「流石に……バターは無いかぁ……ん? スレットこの卵は何の卵?」


「それは……コカドリーユの卵ですな。それとバターなら確かこちらに…………ほら、ありましたぞ」


 コ、コカ……? 知らんてそんな鳥ぃ!!


「バターあるの? そりゃ嬉しいねぇ」


 渡されたバターを舐めれば……油分が多くて乳の香りが抜群に強くて美味い。
 掌より少し大きい卵を割ってみると……鶏よりも黄身が大きくて、卵白はサラサラ。

 卵白のコシが無くてサラサラ……簡単に言えば腐りかけ。

 まぁ……卵白の性質は水溶性っぽいから……フィナンシェとかに向いてるかな? シュークリームとか、スポンジケーキには余り使いたくない卵だね。フワフワのお菓子にはコシがある卵じゃないと!!
 
 んんー……他の種類の鳥がいるか気になるなぁ。ま、それは追々かな?


「思ったより色んな物作れそうだな……釜って何処にある?」


「確か……あそこ、ですな」


「えぇっと……あぁー……ピザ窯みたいだねぇ……。口が空いてると温度調節難しいんだよなぁ……」


「ふむ……ドワーフ族を呼んで直させますか?」


「へぇ、ドワーフも居んのか……あ、そう言えばさっき居た……気がする。直すのはまた今度で良いや」


「畏まりました」


「あっと重要なのは……小麦だな。見せて貰える?」


「えぇっと……確かこちらに……お、ありましたありました」


 渡された小麦を一掴み。ギュッ……と握って手を開けば……固まった小麦がホロホロッと崩れた。


「んんー……強力粉に近い、かな? グルテン多いのやだなぁ……他の種類、無い?」


「ふむ……隣の倉庫に行けばあるやも知れません。行って参ります」


「ありがと」


 お菓子で使うのは薄力粉。パンで使うのが強力粉。

 強力粉を使うとモチモチになるから、お菓子のサクサクッとした食感が作れないからね。


 さ……スレットが戻って来るまでにレシピ考えとこ。
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