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序章 魔王と勇者と

魔王転換!?

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「よもや……よもや、勇者の力がこれ程まで、とは……」


 月明かり愛でる夜。

 漆黒の城の暗い部屋で、一人の男が椅子の上で頭を抱え、塞ぎ込む。


「魔王様……」


 その男を不安げに見つめる、多種多様の生物達。

 骸骨、吸血鬼、小人に妖精。人では無い……魑魅魍魎の類。

 しかし、種は違えど……その不安げな瞳は一様で。


「――――余の、余の力が……もっと、もっと……まともであれば……!!」


「そ、そんな事は御座いませんっ!! 御自身を卑下なさらず――――」


「うるさいっ!! 今、現状が答えであろうっ!!」


 虚しく轟く怒号。

 酷く沈む顔。


「皆の者……不甲斐ない王で、すまぬ」


「あ、謝っては成りません魔王様っ!!」


「良い。もう……良いのだ」


「――――余の、余の魂は…………此処で、終いとする」


 そう言い切った男の顔は――――覚悟の決めた、それで。


「魂……? まさか、魔王様……!!」


「【換魂かんこんの法】を使う。余の魂は別の者と入れ替わるだろう…………後は任せたぞ、スレット」


「いけません魔王様っ!! それだけはっ!!」


 男は立ち上がると腕を前に上げ……途端、青白い光が男の掌に集まり始める。
 
 照らされた彼の顔は……光と同じく青白く、吸い込まれるような漆黒の髪と瞳で。
 
 ――――まるで彼の心を映しているような色合いで。


「この巫山戯た力のせいで……!! 禁術まで使わねばならぬとは……!! 憎い、憎い、憎いっ!! この力のせいで、余は……余の、国はっ!!」


 やり場のない怒りを掌に集め、青白い光を握り潰す男。


「魔王様――――――」


「頼んだぞ、見知らぬ者よ……。この、力を――――【砂糖生成】などという力を、存分に――――」


 そう言い残して……男は再び、椅子の上に力なく倒れ込んだ。

 

 ――――――――――
 
 ――――――――

 ――――――

 ――――

 ――



「いやぁやっぱ秋は良いねぇ!!」


「えぇー……だってこれから忙しくなるじゃないですかぁ……私、秋って苦手です」


 猛暑も終わりを迎え、残暑と戦いつつ徐々に肌寒くなってくる九月の終わり頃。パティシエとして都心で働いている僕は、後輩と話ながらお店の掃除の最中。


「何を言う!? それが良いんじゃないかぁ!! モンブランにスイートポテト……カボチャのフィナンシェだって、何だって作れるんだぜ!?」


「ハロウィンお歳暮クリスマス……年を超えれば正月に、バレンタインに、ひな祭り……うぅ、頭が……」


「はははっ!! 夏、いっぱい休めたろう?」


「今年はオーナーの意向でむっちゃアイス作ったじゃないですかっ!! 先輩、休めました!?」


「いーや全く!! はははっ、要らんよ休みなんてさっ!!」


「私、先輩と違うんですー!!」


「残念! パティシエになったのが間違いだったな!」


 自分がいつ、お菓子が好きになったのかなんて覚えちゃいない。
 けど……物心付いた頃には大好きで、毎年誕生日が楽しみで。

 苺たっぷりのショートケーキ。

 コテコテに甘いチョコレートケーキ。

 濃厚なモンブランケーキ。

 毎年毎年、違うものを頼んで……全部美味しくて、作りたいなぁって思って。


「なぁんで寒くなると、お菓子って売れるんですかねぇ~……」


「そりゃあ寒いとさ、濃厚で濃いぃ~物、食べたくなるだろ?」


「あ~……なるほどぉ……」


 専門学校行って、色んなお店巡って……気付けば三十代に差し掛かってて。

 ――――仕事は楽しいのに……給料は少なくて……ちょっと人生に行き詰まりを感じてきてて。


「ま……しんどくなったら僕に言いな? 助けてやるからさ」


 でも……誰にもそんな事、言えなくて。


「ありがとうございます~……。輝いて見えますよ、先輩……」


「いつもだろう?」


 楽しいから。

 好きだから。

 そんな風に仕事を優先して生きてきた。

 色んなお店を転々として、沢山の技術を覚えようと努力してきた。

 自分の時間なんて要らなくて……ずっと、お菓子と向き合って生きてきた。

 そんな僕だから……友達も、恋人も、家族も……気付けば居なくなってて。

 自分の店を持つにも先立つ物がないし……生憎、技術力もお店を出せるって程、自信は無い。
 

 このまま独り身で……はぁ、マジでどうやって生きていこう……。

 金も無い。スキルも無い。残ったのは半端な製菓技術だけ。

 体が弱った時……僕はどんな風に生きていけば良いんだ……?


「………………え……? あ、あれ? 先輩……マジで光ってません?」


「何言ってんだ。そんな訳……」


 目をクワッ! と開けた後輩の視線を追い、自分の体を見てみると――――僅かに、青白く光って……る……!?


「ちょ、ちょ、えっ!? な、何だこれ!?」


「せ、先輩!? まさか蛍光体インナー着てるんですか!?」


「ブラックライト当ててねーだろ!? つーかそんなの見た事ねぇわ!!」


 そんなアホなやり取りをしてる間に光はどんどん強くなってきてて……。


「何これ、本当にどうし――――――」


「嫌っ!! せんぱ――――――!!」


 光がピカッと一際大きくなり……可愛い後輩の声を聞きながら、僕の意識は途絶えた。


 ――
 
 ――――

 ――――――

 ――――――――

 ――――――――――
 

 気怠い。
 

 頭が重い。
 

 目が……霞む。
 

 やべぇな……なんだ、これ。加齢か……?


「う、うぅん……頭、痛っ……!? え、は……!? ここ何処……!?」


 ガンガンと鳴る頭痛に負けて目を覚ますと……見慣れた工房アトリエじゃなくて、真っ暗な部屋に居た。

 ガンガンと響く頭痛に、グルグルと歪む視界……頭、働かねぇ……。

 何これ、どういう状況……?


「あぁ……何という事だ……!! 禁術が、成功してしまった……!! 我らが、魔王様がぁぁぁぁ……!!」


 突如響く慟哭に、薄らとしか開かなかった目がビクッと開いてしまう。


 そんな僕の目の前には……顔を覆って俯く骸骨が。

 ……え?

 怖っ……!!

 いや……え? 僕、死んだ……!?

 本当に何あれ――――


「オオオオ……!? あ、頭が、か、かち割れるぅぅぅ!!!」


 立ち上がろうとしたら、ズキッと頭痛が走り……倒れるように、また椅子の上に落ちた。

 椅子、硬っ……あれ、なんで僕座って――――あ、頭が……!!
 
 目の奥の神経を引っ張るような、激しい頭痛が頭をガンガン掻き鳴らして……吐きそうで、き、キツい……!!!

 何か考えると、頭が痛くなる……!! 落ち着いて、落ち着かないと……!!


「あぁ、あぁ……お労しや、お労しや……。我らが――――様……」


「な、なんて……!? 今、それどころじゃ無いからぁ……!!」


 肩からこう……引っ張られるような、神経が突っ張る感じでマジでヤバい……痛ぇ……。


「まぁまぁ新魔王様。わたくしが癒して差し上げますわヨヨヨヨヨ」


 そんな言葉と共に、羽の生えた小さな人がフワフワと僕の耳元まで飛んできて。
 
 薄ピンクに光ってて妖精みたい……。


「あ、ありがとうちっこい人。でもその語尾怖いから止めて」


「あらあらまぁまぁ新魔王様。私には可愛い可愛いフェーリーという名前が御座いますのヨヨヨヨヨ」


「やめっ……何もう……耳元で、ビブラート煩っ……」


 煩いのは煩いんだけど……彼女が僕の首元でフワフワし始めると、頭痛が治まってくる不思議。

 こう……ジワッと痛みに染みる感じ?


「おぉ~……治ってきた治ってきた。凄いねぇ」


「オホホホ癒しならお任せヨヨヨヨヨ」


 頭痛が治ったら、何だか頭がクリアになってきて――――――

 ″勇者の襲撃″

 ″自国の脆弱さ″

 ″自身の無力さ″


 その他諸々……色んな情報が、断片的に流れ込んでくらぁ。

 よく分かんないけど……わかる、不思議。

 自分の体が……別の誰かの物で、それが魔王だって事も。

 なんだろう……あれだな、ゲームみたい。誰かになりきる、というか……VRみたいな感じ、かなぁ。


「……また、頭痛くなりそう」


「オヨヨヨヨヨ!?」


 まだ、自分に何があったかもわからんのに……考える暇、無くて。

 それでも……僕の頭の中で、見知らぬ誰かが助けを求めていて。

 ″力を使いこなせない自分″と″配下を他人に任せる後悔″

 その二つが……ガンガン、鳴っていて。

 助けを求められちゃ……男として、誰かの為にお菓子を作る、パティシエという職人として……どうにかしたくなる。

 ――――他人の、笑った顔が好きだから。

 一先ず自分の身の振り方は後回しにして……目先のピンチから紐解いていかないと、か。


「スレット……で合ってる? そこの骸骨さん」


「左様ですが……魔王様がそのような御言葉遣い、なりませんぞ……!?」


 顔を覆っていた手をどけ、顔を上げる骸骨……もとい、スレット。
 薄紫の布を纏った人体模型みたいな彼は、カタカタと全身を鳴らし、こちらを見据える。

 ……正直怖い。目が合わないよこの人……。

 何処見て話せば良いの!?


「まぁ言葉遣いは置いといて――――この城のキッチン、どこ?」


「え………………? は………………?」


 酷く静かなこの部屋に……骨がカランッと落ちる音が響いた。
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