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ある夏の出会いと別れ

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 意識を失い倒れた叶を楓が静かに見つめて佇んでいた。

『さて、この子をどうするか……崇の時と違って外傷はないんだから海に投げ入れるのが一番手っ取り早いか。この天気で海に入れば溺れるのも当然だし。まぁ何で海に入ったかって謎は残るかもしれないけど、その辺は誰かが理由付けるでしょ。あとは誰にも見られないようにタイミングを見計らってこの子を海まで連れて行かなきゃいけないんだけど、そういう意味ではこの天気は寧ろついてたかな』

 楓がガタガタと揺れる窓を見つめながら笑みを浮かべる。

――。

 一方幸太は吹き荒れる強風の中、ようやく海に辿り着くと叶の手がかりを求めて歩き回る。だがそんな物が見つかる筈もなく、幸太は再び途方に暮れた。

 叶さんがいたのは多分一時間以上前だ。流石に何も見つからないか……何より叶さんは何をしにここに来たんだろうか?――。

 途方に暮れて幸太が周りを見渡すと普段自分達が働く海の家が目に入った。
 数時間前まではそこで叶と共に働き忙しさに忙殺されそうな中でも互いに目が合えば微笑みあっていた。

 叶さん、何処にいるんだよ?――。

 込み上げる想いを必死に抑え、気が付くと幸太は海の家の前で佇んでいた。
 暴風が吹き荒れ雨粒が全身を叩き付ける中、幸太が立ち尽くしていると、不意に目の前の扉が開き楓が顔を覗かせた。

「うわぁ!」
「きゃああ!」

 互いに驚き悲鳴をあげて尻もちを着く。

「か、楓さん何してるんですか?」

「幸太君こそこんな中で何してんのよ?」

「あ、いや、俺は――」

「あっ、ちょっと待って」

 楓はそう言って一旦中へと慌てて顔を引っ込めた。

『なんで幸太君がここに!?まさか叶ちゃんと何か連絡を取ってた?……まずいこの状況で幸太君を無下にも出来ないし、かと言って中に入れたら叶ちゃんが倒れてるのを見られてしまう……』

 楓は頭を抱えて苦慮するが妙案は生まれず、時間だけが過ぎ去って行く。

『流石にこれ以上は外で放置する訳にはいかないか……』

 楓は叶を店の奥まで引きずって行くと、急いで外にいる幸太を中に招き入れた。

「ごめんね幸太君お待たせ。まさか誰かいるとは思ってなかったから下着とか乾かすのに広げててね」

「あっそうだったんですか?すいませんなんか」

 そう言って本当に申し訳なさそうに頭を下げる幸太に対して、探るように楓が問い掛ける。

「それで?幸太君はこんな時にこんな場所で何してたの?」

「あっ、いや、実は叶さんと連絡が取れなくなって探してて、そしたら海岸沿いを撮ってた動画配信にたまたま叶さんが映り込んでたからひょっとしたらまだ海岸沿いにいたりしないかと思って来てみたんですけど手がかりもなくて……」

 そう言って落胆の色を見せる幸太を見つめ、楓は表情に出さないように思慮を巡らせる。

『あの子が動画配信に映り込んでいた?だとしたらあの子が海で溺れたとしても辻褄は合うか……問題は幸太君をどうするか……悩んだりする時間はない、どうする?……』

「幸太君、それで叶ちゃんから何か聞いてたりするの?」

「いえ叶さんからは何も聞いてなくて、何か調べたい事があるとは言ってましたけど」

「そっか、幸太君がここに来る事は他に誰かに言ってたりするのかしら?」

「ええっと、誰にも言ってはいないんですけど、そもそも叶さんが動画配信に映り込んでるの見つけたのは弘人なんです。だからひょっとしたら弘人や咲良ちゃんは俺がここに来てるって思ってるかもしれませんね」

「そうか、なるほど」

『幸太君はまだ何も掴んでないか。だったら早く帰らせたら……』

 楓がにこやかな笑みを浮かべながら思考を巡らせている時、幸太が不意に呟いた。

「あれ?なんだ?」

 幸太が下を向いた時、下に落ちている光る何かに気付いた。幸太がそのまま身を屈め光る物を手に取ると思わず叫ぶ。

「こ、これは叶さんのピアスだ!」

 幸太の言葉に楓も思わず顔を硬直させた。

「叶ちゃんのピアス?何かの間違いじゃないの?昼間のお客さんが落としたのかもしれないし」

「いえ、これは僕が叶さんにプレゼントした物だから間違い無いです。なんでこれがこんな所に?」

 その瞬間、楓のにこやかな笑みは消え、目も据わり、冷徹な瞳で幸太を見つめていた。

「……そっか、たぶんさっき引きずった時に落ちたのかもね」

「えっ?引きずった?」

 そう言って幸太が振り返った瞬間、頭に強い衝撃を受け幸太は倒れ意識を失った。

 床に転がる幸太を見下ろす様にして楓が鉄パイプを握りしめ佇んでいた。
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