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吉兆の三つ子
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絵島詣でも終わり、二・三日した頃のこと。
その日、いつものように手習いを終えた鏡椛の前には、三つの影がちょこんと座していた。
「鏡椛ちゃん、御用ってなに?」
「鏡椛ちゃん、わたしたちに御用?」
「どんな御用なの? とっても楽しみ」
みっつの同じ顔が揃って首を傾げる。
無論、順にお辰、お龍、お蛟の三つ子である。
今日も今日とてお揃いの着物だが、よくよく見れば三人三様に表情が違うと鏡椛もようやくわかるようになった。
それに月日を感じながら、鏡椛はふわりと微笑んで三つ子に答えるべく口を開く。
「ありがとう。三人とも。実はね――」
囲炉裏端で見守っていた亀櫻が、そんな四人のかしましい様子を見て、ほおんと気の抜けた声を漏らした。
「賑やかだな」
「ああ、鏡椛が双子の片割れと共鳴してる様子があったからね。術として確立させたいなら三つ子が詳しいだろうって話さ」
確かにこれまでも仲のいい子供たちではあったが、随分盛り上がっている。と言いたげな口ぶりに、樹鶴はずずっと茶を啜りながら答えた。
じっと銀色の目が鏡椛を――鏡椛へ降りかかっていたはずの糸を視る。
当然、百が根こそぎ奪っていったため、呪いの影はそこにはない。
「へえ……。じゃあアイツ、彼岸くるのか?」
「我はそうしたいんだけどね。本人が少し渋っていて」
「アん? なんでだよ」
亀櫻が怪訝そうに眉を寄せた。
もとよりそういう約束であったし、鏡椛本人に【塾】を疎んでいる様子もない。仮に樹鶴を慕っているにしても、どうせ出入口はここなのだ。会えなくなるというわけでもないだろう。
樹鶴にしても、提案に戸惑った様子を見せた鏡椛の心情は慮外のことである。
「さあ? 『少し考えさせてくれ』の一点張りでね。今は返答待ちだよ」
「ふうん」
通常の師弟関係であればああしろこうしろと指示も出せるが、鬼道の師弟にはそうした絶対性はない。そもそも樹鶴と鏡椛は正式な師弟とはいえないのだ。仮に鬼道の師弟に只人のそれのような力関係があったとしても、この二人の間には当てはめることは難しいだろう。
(マ、片割れと縁を取り戻したばっかりだしね。鬼道としての生き方から遠ざかるつもりはねえみたいだが……迷いくらいは生まれるさ)
鏡椛はここに来た最初は自分が鬼道であるということすら曖昧な状態で、藻掻くことすら忘れていた有様だったのだ。
それを生きる術を選ばせるくらいはしようと色々揺さぶってこちら寄りにしてはいたが、あの雛の一番大切なものが只人の片割れである以上、現世寄りの思考になってきていてもおかしくはない。
(それに、どう生きようが、この先はあの子の勝手だ)
また一つ茶を啜った樹鶴の目には、これまでになく生き生きとした鏡椛の横顔が映っていた。
「――なるほど、そういった感覚なのか」
鏡椛は一つ頷いた。
只人である百と自分では、この三つ子が行っているものとはまた変わってくるだろうが、それでも全くなにも手掛かりがないよりはやりやすい。
これまで意識して自分が知覚しているものを片割れに手渡したことはなかったが、言われてみれば似た感覚を味わったことがあるように思えた。
三つ子がきゃっきゃと声を揃え、手を合わせながら笑う。
「参考になった?」
「参考にできた?」
「力になれたなら、嬉しいの」
順繰りに歌うようにして言葉を発する三人に、鏡椛の頬が緩む。
「ああ。わたくしでもできそうだ。かたじけない」
礼を言えば、「どういたしましてー」と一斉に返事があった。
似た声が一斉に声を出すと何かしらの違和感があるものかとも思っていたが、どうやらこの三つ子はほんの少しだが音をうまくずらしているらしい。
時折こうして重ねて言葉を発すると、彼女らの声は不思議と心地よく縁起の良いものに聞こえた。なるほど、『吉兆の三つ子』とはよく言ったものである。
そこまで考えて、鏡椛の首がこてんと斜めに傾いだ。
つられたように、三つ子の首も傾く。
「?」
「?」
「どうしたの?」
「いや、三人はたしか、『吉兆の三つ子』と呼ばれているのだったな、と」
確認するように言えば、何を今さらと言わんばかりにきょとんとした表情が三つの顔に浮かぶ。
「そうだよ」
「そうよー」
「それがどうかしたの?」
「大したことではないのだが……先生がそうつけてくれた、とはどういうことなんだ?」
今思い返しても顔から火が出そうな記憶ではあるが、たしか彼女たちは初対面の時にそう言っていたはずだ。
取り乱してしまったから詳しく聞くことはできていなかったが、それに覚えた違和感は健在である。
なにせ、自分自身の経験とあまりに食い違う言葉の並びなのだ。
双子であるがゆえに疎まれた記憶を持つ子供に問われ、三つ子はああなるほどと頷いた。
「ああ、それ?」
「ほんとの事よ」
「わたしたちが生まれた時にね、樹鶴様と亀櫻先生がつけてくれたの。あまり覚えていないのだけれど」
「赤ん坊だったからね、お前さんたち」
ぽん、と投げられた声に、四人の目が樹鶴のいる囲炉裏の方へと向いた。
ぱちぱちと音を立てる炭をついていたらしい火箸をざくりと灰に差し込んで、ゆっくりと樹鶴の金無垢の目がその視線と絡む。
「先生」
こういった歓談に口を挟まないことの方が多い樹鶴の突然の参加に、稚い目がぱちくりと瞬いた。
樹鶴の口元に淡い苦笑が滲む。
「すまないね。話し中に。我が解説したほうが早そうだったから声をかけたんだが……余計だったかい?」
「いいえ」
「ううん」
「わたしたちも、聞きたいの」
「お聞かせ願えるならば、是非」
きらきらと向けられた目を前にして、「それじゃあ話そうかね」と樹鶴が軽く姿勢を正す。
囲炉裏の中で、また一つぱきっと炭が鳴いた。
「と言っても、簡単な話だよ。意味づけただけさ。この子らは『吉兆』だ、ってね」
「意味づけ……にございますか」
それだけか、と言いたげな声に、大人二人は小さく笑い、言葉を継ぎ足した。
「鬼道もんの中には稀な生まれであるものも多い。そして、稀な生まれ方をする奴は只人には恐ろしがられるものさ。……心当たり、あるだろう?」
「……はい」
鏡椛がきゅっと唇をかみしめて首肯する。
ほのかに暗くなりかけた空気を祓うように、ぱっと桜色の声が咲いた。
「だから、根付いたこの地くらいでは双子三つ子のたぐいは生かしたい……って、いつだか樹鶴が言い出してなあ。丁度その頃うまれたのが三つ子ってわけだ」
「それで、吉兆と?」
「そ。鬼道は【そう生きる】と決めれば本当に幸せを呼べるようになる力もあるからね。騙りにはならねえし、只人にとっても悪い話じゃない」
樹鶴の金無垢の目と声が、悪戯っ子のように陽気に笑う。
それに不思議そうな顔をしたのは三つ子だった。
「悪い話じゃないの?」
「どうして?」
「起きてることは同じなの」
「お前さんたちみたいないっぺんに生まれる子供が疎まれたのは、異様よりもなによりも、働き手と食い扶持の釣り合いがとれねえからだって話さ。それじゃあ、『生かしといたほうが得』な理屈をつけて、釣り合いをとってやればいい」
理屈はわかるが、納得がいまいちできていない、と言った顔がずらりと並んだのを見て、亀櫻が言葉を接ぐ。
「たしかにいっぺんに生まれるってのは犬とか猫とかそういう獣を思わせるけど、獣の中にも人と同じようにいっぺんに一匹しか子をなさねえもんもいるだろう? 馬とかさ。じゃあ帳尻が会わねえよなって大人連中で話し合ったんだよ」
「たしかに」
そう言われてみれば、たしかにそうだ。と鏡椛たちは顔を見合わせた。
畜生腹だのなんだのと言われはするが、獣だって皆それぞれである。
細く息を吐いて、樹鶴が目を伏せた。
あまり思い出したくない記憶なのだろう。紡いだ言葉は、苦く染まっていた。
「――昔は、飢饉が多くてね。食いもんを作れねえ赤子を育てる余裕がなくなっていった。そういうときに年の離れたきょうだいならまだ、その子らに面倒を見させるとかもできたが、三つ子双子じゃあそうはいかねえ」
「いっぺんに食い扶持だけが増えて、働き手になるまで待つには飢饉が多すぎた。ようは釣り合ってなかったんだよな」
「幸い、向こう数年は飢饉は起きないだろうって我らの勘も言ってたしね。戦も大きなのは大概落ち着いたようだった。だから、賭けてみたのさ。三人が生まれた時にね」
背の高い二人が訥々と語るそれは、幼子たちには遠いお伽話のようにすら聞こえた。けれど、その眼差しの暖かさと切なさに、自分たちが当事者であることを否応なく自覚させられる。
知らず、背筋が伸びて緊張した面持ちになっていた子供たちの傍に、ぬっと亀櫻が歩みを寄せた。
ぽふ、ぽふ、ぽふ、と小さな頭を撫でると、満開の桜のように華やかで軽快な笑みが口元に浮かんだ。
「んで、俺らは賭けに勝ったってわけだな」
「そういうこと」
呵々と揃って笑う大人たちの陽気さに、ほっと気が抜けたように子供たちの丸い頬にも赤みがさした。
それに、ふたりは満足げに頷く。
「でもま、手前らが『吉兆』と認められてんのは手前ら自身の頑張りあってのことだろ」
「そりゃそうだ。お前さんたちが努めて明るく、みんなに福を招こうとしてなきゃ、そういう機運が呼ばれることもねえだろうよ」
鬼道はそういう生き物なのだから。
宙に花丸を描かれて、三つ子は丸い目をきょとんと見合わせた。そして、ふにゃりと相好を崩す。
「えへへ、それなら嬉しいね」
「うふふ、それなら嬉しいな」
「うへへ、とってもとっても嬉しいの。――でもでも、当然よ。わたしたちは、吉兆の三つ子なのだから!」
桜花のひざ元で咲く三輪の花は、まだまだ稚く、満開には程遠い。けれど――その笑みは、間違うことなく人々に福を届けるだけの愛らしさに満ちていた。
わちゃわちゃと戯れはじめた塾の師弟たちに遠慮するように、ちょこんと鏡椛は樹鶴の横へと座りなおして師を見上げた。
「気持ち一つ、ということに御座いましょうか」
「マ、そうだね」
樹鶴は「これだけは覚えておきな」と、自分と同じように魂を捧げる相手を見つけてしまった雛を見下ろした。
どうか、と祈りを込めて、樹鶴はその小さな頭を優しく撫でる。
――思い込んだら、何だってしてしまえるのが鬼道だ。
何だってしてしまえて、何にだってなってしまえるのが、鬼道だ。
その想いの加減を失ったものが、いずれ鬼となる。
「よくよく考え続けな、鏡椛。――自分が、何を一等大切にしているのか。自分がよかれと思ったことが、大切なものを苦しめないかをね」
そう語る麗人の横顔を、金銀妖眼がじっと見つめていた。
その日、いつものように手習いを終えた鏡椛の前には、三つの影がちょこんと座していた。
「鏡椛ちゃん、御用ってなに?」
「鏡椛ちゃん、わたしたちに御用?」
「どんな御用なの? とっても楽しみ」
みっつの同じ顔が揃って首を傾げる。
無論、順にお辰、お龍、お蛟の三つ子である。
今日も今日とてお揃いの着物だが、よくよく見れば三人三様に表情が違うと鏡椛もようやくわかるようになった。
それに月日を感じながら、鏡椛はふわりと微笑んで三つ子に答えるべく口を開く。
「ありがとう。三人とも。実はね――」
囲炉裏端で見守っていた亀櫻が、そんな四人のかしましい様子を見て、ほおんと気の抜けた声を漏らした。
「賑やかだな」
「ああ、鏡椛が双子の片割れと共鳴してる様子があったからね。術として確立させたいなら三つ子が詳しいだろうって話さ」
確かにこれまでも仲のいい子供たちではあったが、随分盛り上がっている。と言いたげな口ぶりに、樹鶴はずずっと茶を啜りながら答えた。
じっと銀色の目が鏡椛を――鏡椛へ降りかかっていたはずの糸を視る。
当然、百が根こそぎ奪っていったため、呪いの影はそこにはない。
「へえ……。じゃあアイツ、彼岸くるのか?」
「我はそうしたいんだけどね。本人が少し渋っていて」
「アん? なんでだよ」
亀櫻が怪訝そうに眉を寄せた。
もとよりそういう約束であったし、鏡椛本人に【塾】を疎んでいる様子もない。仮に樹鶴を慕っているにしても、どうせ出入口はここなのだ。会えなくなるというわけでもないだろう。
樹鶴にしても、提案に戸惑った様子を見せた鏡椛の心情は慮外のことである。
「さあ? 『少し考えさせてくれ』の一点張りでね。今は返答待ちだよ」
「ふうん」
通常の師弟関係であればああしろこうしろと指示も出せるが、鬼道の師弟にはそうした絶対性はない。そもそも樹鶴と鏡椛は正式な師弟とはいえないのだ。仮に鬼道の師弟に只人のそれのような力関係があったとしても、この二人の間には当てはめることは難しいだろう。
(マ、片割れと縁を取り戻したばっかりだしね。鬼道としての生き方から遠ざかるつもりはねえみたいだが……迷いくらいは生まれるさ)
鏡椛はここに来た最初は自分が鬼道であるということすら曖昧な状態で、藻掻くことすら忘れていた有様だったのだ。
それを生きる術を選ばせるくらいはしようと色々揺さぶってこちら寄りにしてはいたが、あの雛の一番大切なものが只人の片割れである以上、現世寄りの思考になってきていてもおかしくはない。
(それに、どう生きようが、この先はあの子の勝手だ)
また一つ茶を啜った樹鶴の目には、これまでになく生き生きとした鏡椛の横顔が映っていた。
「――なるほど、そういった感覚なのか」
鏡椛は一つ頷いた。
只人である百と自分では、この三つ子が行っているものとはまた変わってくるだろうが、それでも全くなにも手掛かりがないよりはやりやすい。
これまで意識して自分が知覚しているものを片割れに手渡したことはなかったが、言われてみれば似た感覚を味わったことがあるように思えた。
三つ子がきゃっきゃと声を揃え、手を合わせながら笑う。
「参考になった?」
「参考にできた?」
「力になれたなら、嬉しいの」
順繰りに歌うようにして言葉を発する三人に、鏡椛の頬が緩む。
「ああ。わたくしでもできそうだ。かたじけない」
礼を言えば、「どういたしましてー」と一斉に返事があった。
似た声が一斉に声を出すと何かしらの違和感があるものかとも思っていたが、どうやらこの三つ子はほんの少しだが音をうまくずらしているらしい。
時折こうして重ねて言葉を発すると、彼女らの声は不思議と心地よく縁起の良いものに聞こえた。なるほど、『吉兆の三つ子』とはよく言ったものである。
そこまで考えて、鏡椛の首がこてんと斜めに傾いだ。
つられたように、三つ子の首も傾く。
「?」
「?」
「どうしたの?」
「いや、三人はたしか、『吉兆の三つ子』と呼ばれているのだったな、と」
確認するように言えば、何を今さらと言わんばかりにきょとんとした表情が三つの顔に浮かぶ。
「そうだよ」
「そうよー」
「それがどうかしたの?」
「大したことではないのだが……先生がそうつけてくれた、とはどういうことなんだ?」
今思い返しても顔から火が出そうな記憶ではあるが、たしか彼女たちは初対面の時にそう言っていたはずだ。
取り乱してしまったから詳しく聞くことはできていなかったが、それに覚えた違和感は健在である。
なにせ、自分自身の経験とあまりに食い違う言葉の並びなのだ。
双子であるがゆえに疎まれた記憶を持つ子供に問われ、三つ子はああなるほどと頷いた。
「ああ、それ?」
「ほんとの事よ」
「わたしたちが生まれた時にね、樹鶴様と亀櫻先生がつけてくれたの。あまり覚えていないのだけれど」
「赤ん坊だったからね、お前さんたち」
ぽん、と投げられた声に、四人の目が樹鶴のいる囲炉裏の方へと向いた。
ぱちぱちと音を立てる炭をついていたらしい火箸をざくりと灰に差し込んで、ゆっくりと樹鶴の金無垢の目がその視線と絡む。
「先生」
こういった歓談に口を挟まないことの方が多い樹鶴の突然の参加に、稚い目がぱちくりと瞬いた。
樹鶴の口元に淡い苦笑が滲む。
「すまないね。話し中に。我が解説したほうが早そうだったから声をかけたんだが……余計だったかい?」
「いいえ」
「ううん」
「わたしたちも、聞きたいの」
「お聞かせ願えるならば、是非」
きらきらと向けられた目を前にして、「それじゃあ話そうかね」と樹鶴が軽く姿勢を正す。
囲炉裏の中で、また一つぱきっと炭が鳴いた。
「と言っても、簡単な話だよ。意味づけただけさ。この子らは『吉兆』だ、ってね」
「意味づけ……にございますか」
それだけか、と言いたげな声に、大人二人は小さく笑い、言葉を継ぎ足した。
「鬼道もんの中には稀な生まれであるものも多い。そして、稀な生まれ方をする奴は只人には恐ろしがられるものさ。……心当たり、あるだろう?」
「……はい」
鏡椛がきゅっと唇をかみしめて首肯する。
ほのかに暗くなりかけた空気を祓うように、ぱっと桜色の声が咲いた。
「だから、根付いたこの地くらいでは双子三つ子のたぐいは生かしたい……って、いつだか樹鶴が言い出してなあ。丁度その頃うまれたのが三つ子ってわけだ」
「それで、吉兆と?」
「そ。鬼道は【そう生きる】と決めれば本当に幸せを呼べるようになる力もあるからね。騙りにはならねえし、只人にとっても悪い話じゃない」
樹鶴の金無垢の目と声が、悪戯っ子のように陽気に笑う。
それに不思議そうな顔をしたのは三つ子だった。
「悪い話じゃないの?」
「どうして?」
「起きてることは同じなの」
「お前さんたちみたいないっぺんに生まれる子供が疎まれたのは、異様よりもなによりも、働き手と食い扶持の釣り合いがとれねえからだって話さ。それじゃあ、『生かしといたほうが得』な理屈をつけて、釣り合いをとってやればいい」
理屈はわかるが、納得がいまいちできていない、と言った顔がずらりと並んだのを見て、亀櫻が言葉を接ぐ。
「たしかにいっぺんに生まれるってのは犬とか猫とかそういう獣を思わせるけど、獣の中にも人と同じようにいっぺんに一匹しか子をなさねえもんもいるだろう? 馬とかさ。じゃあ帳尻が会わねえよなって大人連中で話し合ったんだよ」
「たしかに」
そう言われてみれば、たしかにそうだ。と鏡椛たちは顔を見合わせた。
畜生腹だのなんだのと言われはするが、獣だって皆それぞれである。
細く息を吐いて、樹鶴が目を伏せた。
あまり思い出したくない記憶なのだろう。紡いだ言葉は、苦く染まっていた。
「――昔は、飢饉が多くてね。食いもんを作れねえ赤子を育てる余裕がなくなっていった。そういうときに年の離れたきょうだいならまだ、その子らに面倒を見させるとかもできたが、三つ子双子じゃあそうはいかねえ」
「いっぺんに食い扶持だけが増えて、働き手になるまで待つには飢饉が多すぎた。ようは釣り合ってなかったんだよな」
「幸い、向こう数年は飢饉は起きないだろうって我らの勘も言ってたしね。戦も大きなのは大概落ち着いたようだった。だから、賭けてみたのさ。三人が生まれた時にね」
背の高い二人が訥々と語るそれは、幼子たちには遠いお伽話のようにすら聞こえた。けれど、その眼差しの暖かさと切なさに、自分たちが当事者であることを否応なく自覚させられる。
知らず、背筋が伸びて緊張した面持ちになっていた子供たちの傍に、ぬっと亀櫻が歩みを寄せた。
ぽふ、ぽふ、ぽふ、と小さな頭を撫でると、満開の桜のように華やかで軽快な笑みが口元に浮かんだ。
「んで、俺らは賭けに勝ったってわけだな」
「そういうこと」
呵々と揃って笑う大人たちの陽気さに、ほっと気が抜けたように子供たちの丸い頬にも赤みがさした。
それに、ふたりは満足げに頷く。
「でもま、手前らが『吉兆』と認められてんのは手前ら自身の頑張りあってのことだろ」
「そりゃそうだ。お前さんたちが努めて明るく、みんなに福を招こうとしてなきゃ、そういう機運が呼ばれることもねえだろうよ」
鬼道はそういう生き物なのだから。
宙に花丸を描かれて、三つ子は丸い目をきょとんと見合わせた。そして、ふにゃりと相好を崩す。
「えへへ、それなら嬉しいね」
「うふふ、それなら嬉しいな」
「うへへ、とってもとっても嬉しいの。――でもでも、当然よ。わたしたちは、吉兆の三つ子なのだから!」
桜花のひざ元で咲く三輪の花は、まだまだ稚く、満開には程遠い。けれど――その笑みは、間違うことなく人々に福を届けるだけの愛らしさに満ちていた。
わちゃわちゃと戯れはじめた塾の師弟たちに遠慮するように、ちょこんと鏡椛は樹鶴の横へと座りなおして師を見上げた。
「気持ち一つ、ということに御座いましょうか」
「マ、そうだね」
樹鶴は「これだけは覚えておきな」と、自分と同じように魂を捧げる相手を見つけてしまった雛を見下ろした。
どうか、と祈りを込めて、樹鶴はその小さな頭を優しく撫でる。
――思い込んだら、何だってしてしまえるのが鬼道だ。
何だってしてしまえて、何にだってなってしまえるのが、鬼道だ。
その想いの加減を失ったものが、いずれ鬼となる。
「よくよく考え続けな、鏡椛。――自分が、何を一等大切にしているのか。自分がよかれと思ったことが、大切なものを苦しめないかをね」
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