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影取の池(2)
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お代は霧の中であることなど知らない、とでも言いたげな無邪気な仕草でちょこんと池の岸に腰かけた。
未だ風も冷たい季節であるというのに、その足は心地よさそうに水の中で遊んでいる。
「探したぞお代。おら、もう暗くなんだから帰るぞ」
「おことわりします」
舌足らずだが、はっきりとした口調で幼子は言い切った。
ぐっと亀櫻の眉が険しく寄せられる。
「あン?」
「おしろは、おはんさんとともにいると決めました。帰りませぬ」
「お代、手前――俺が教えたことを忘れたのか。あやかしの類に力を貸すなんて」
「だって」
ぐっと堪えるように唇を噛んだお代の目から、それでも留めきれなかった大粒の涙がほろほろと零れ落ちた。
しゃくりあげるように、小さな肩が揺れる。
「おはんさんは、しくしくしくしく泣いてたの。そのようなものを見逃すことなど、おらにはできねえ」
義に弱く先ほどの蛇の末路に思うところがあったのだろう鏡椛が、感化されたように小さく息を吸い込んだ。けれども亀櫻と樹鶴の眼差しは幼子二人とは反対に、静かに温度を落としていく。
小さく、亀櫻が唸るように呟いた。
「――ああ、そうかい」
「だから、おしろはおはんさんを助けてあげたい」
「どう助けるっていうんだい。お代」
小さな手をぎゅっと握って、頬や鼻の頭まで真っ赤にして訴える女童に、努めて柔らかく樹鶴は訊ねた。
離れてこそいるが、まるで膝をついて目線を合わせているようなその声に、ほっとお代の表情が緩む。
「樹鶴さま……どう、って……わかんねえ。わかんねえけど、おはんさんはいい子だ。こんないい子が、殺されて仕舞いだなんてあんまりでねえか」
必死に叫ぶような子供の声に呼ばれたように、しゅるしゅると這う音がした。次いで、幅一尺はあるだろう大蛇の頭が木々の隙間を縫って子供の傍に現れる。その滑らかな鱗の整列を親しむように小さな手が撫でれば、黒々とした目が心地よさそうに緩む。
まるでお代を守るかのようにするりするりと長い体がその小さくあたたかな生き物を抱き寄せる姿に滲む親愛に、樹鶴は目を伏せた。
「おはん殿のことは知ってるさ。もとは名のある竜神の眷属で、大層かわいがってくれた名主たちの迷惑にだけは成りたくないと思いやった優しい子――だが、許されねえこともしちまった子だ」
樹鶴も亀櫻も、この大蛇のことを嫌っているわけではない。鬼道ものはヒトの身に生まれながらより自然に近い生き物だ。動植物と心を通わせることを否と言うつもりもないし、事態が違っていれば自分たちだってこの賢い蛇と友になることを選んだだろう。
それでも、もうすべては終わってしまっているのだ。
「なにが許されねえっていいなさる! 生きるために影を食んだことなら、それで誰かが死んだわけでもねえってのに」
仔犬が威嚇するように必死に吠えるお代の言葉に、樹鶴は耐えきれなくなった。
「死んだよ」
できれば、こんなに直接的な言葉で教えたくはなかった。道理から突き詰めて、子供たちが察するように持っていくべきだった。
けれど、突き付けなければきっとお代の耳には届かない。
「え……?」
お代の、そして腕の中の鏡椛の顔が、驚愕に淀んだ。
「ああ、やっぱり知らなかったか。亀櫻、これはもう少し早く教えるべきかもしれないね」
「……そうだな。知らなくても察せるだろうってのは、俺たちの傲慢だったわ」
大人二人の沈痛な面持ちに、子供たちは樹鶴の言葉が偽りではないことを察するしかなかった。
鏡椛が小さく、訊ねた。
「その、先生。おはんさんは――人を、殺したのですか?」
「結果を言えばね。影は魂のひとかけらだ。影を踏むは呪詛であるように、影を食らうなどもってのほか」
そもそも、現世の形ある者の中に、影を食らって腹を満たせる種はいない。
水の中でそう長々と過ごすというのは、いかに年月を重ねた蛇といえどそう長く続くことではない。
あの時にはすでに、おはんは成ってしまっていたのだ。路地で幼子の魂をかじり取っていくような、現世のものに非ざるモノに。
「影をなくしたって相談受けたの、師匠だっけ?」
冷静に語ろうとする樹鶴の手助けをするように、亀櫻が問うた。心配りに感謝しながら、麗人は小さくかぶりを振る。
「いや。向こうのお山の和尚だね。和尚伝いにその人の診察を頼まれたくらいだ」
「あーそっか。旅の奴だから知らねえのか」
「そういうこと。まあ、簡単に言えば影を食われるってのは、魂と肉体の間にある緒を食いちぎられるようなもんでね。そこから魂が抜けちまうわ存在が薄くなるやらで、放置すれば命を繋ぐのが難しくなっていく。でもまあ、食われたのが只人のとき、一番厄介なのはそこじゃないけどね」
「どういうことでございますか」
瞼の裏に思い描くのは、布団の上で無残な姿をさらしていた、哀れな姿。
「――和尚んところに旅人がついたとき、そいつは半死半生のありさまだったのさ。魂の傷ではなく、外傷でね」
「襲われた。ということに御座りましょうか」
「ああ。同族のはずの人間にね」
むごい、というならば、このことを言うのだろう。
ただ存在が薄くなったらだけならば、座って話もできたはずだ。
そう影を食われてから日が経っていたわけではないから、魂が漏れてしまった量もそこまで多くはなく、塞いでやればそこそこ生きることもできただろう。
けれど、樹鶴が駆け付けた時には、もうその男は布団から起き上がることもできない状態だった。
刀傷に鍬や鎌での裂傷、棍棒による打撲痕、炎や焼きごてをあてられたことによる重度の火傷。そんな現世で可能なすべての傷を負ったような姿で、男は寺にたどり着いたのだ。――生きた状態で樹鶴が面会できたのは、奇跡といっていい。
鏡椛の、瞳の奥の燐光が、大きく揺れた。お代の睫毛羽に囲われた目も、ひどく衝撃を受けたように見開かれている。
「にんげん、に?」
「言っておくと、野盗とかじゃないよ。話を聞くに、たぶんそこらにいる百姓だ。それこそ、お代と同じようなね」
「おら、と……。いや、そんな話、おはんさんは一言も!」
必死に、何かに縋るように、お代が言葉を重ねる。
自分が掴んだはずのほんとうのことが嘘であったなどと思いたくはない。そう自分の世界を守ろうとする至極幼いその姿に、亀櫻は苦々しく――けれどはっきりと、告げた。
「そりゃ、知らねえからな。おはん殿は」
流麗な、一切の無駄を排した蛇の体がゆっくりととぐろを巻いていく。
その尾は小さく震え、頭は罪悪感に押しつぶされるように、うなだれていた。
生前であっても賢かったのだ。この世ならざるものとなり果てたことで、人の言葉を解せるようになっていてもおかしくはない。
「……あ、そうか。おはんさんは、池の中の事しか知らないから」
鏡椛の脳裏に、行きがけに亀櫻が語った昔話が浮かんだ。――あれは、あえて人の目線を省いていたのだ。だから、それだけを聞いた鏡椛はこの大蛇の所業に罪を感じなかった。同じような目線でしか生前のおはんが物事を知らなかったのならば、自分が何をしてしまったのかを、今ここで初めて知ったに違いない。
確認するような鏡椛の目線に一つ頷いて、樹鶴は口を開いた。
「そう。もともと眷属であれど神でもあやかしでもなかったおはん殿は、賢いと言っても理に触れることをすべて知るようなものではなかったし、自分が食った後の人間がどのようになるかの考えも及ばなかった。蛇だからね。人間がそれほどまでに異質なものを恐れているとは知らなかったのさ」
影がなくなった程度で、人が自分を恐ろしいと叫ぶようになるとは思わなかった。
影がなくなった程度で、同族殺しをするとは思わなかった。
人に愛され、人によく懐いた、人運に恵まれたおはんであったから――悲劇は幕を開けたのだ。
「で、お代。それを聞いてもまだ、その子の味方になりてえか」
亀櫻に問いかけられ、お代はそっと目を閉じた。
羽と化している睫毛がまるい頬に影を描いて、長い沈黙が落ちる。
わずかに霧が薄れ、池の真上に月が顔を見せた。もはや夕暮れは過ぎ、夜が始まろうとしているのだと水面に散った月光が報せる。
それに応えるがごとく、子供は瞼を押し上げた。
――その目に、迷いはない。
「……ああ。おらの気持ちは、かわんねえ」
お代は、おはんの体を優しく撫でながら、そう断言した。
「どうして、そこまで」
予想と違っていたのだろう、鏡椛が嘆くように問いかける。――お代は、おはんがなんの咎もないのに殺されたことに憤っていたのではないのか。
自分と、同じ気持ちではなかったのか。そう訊ねるような穢れのない声に、女童は小さく唇を噛んだ。
ぽろぽろと、止まったはずの涙が再びお代の頬を濡らす。
「……おっかさんが、死んだんだ」
睫毛羽に涙の雫が引っかかって、水晶のように月光に煌めいた。
美しくも物悲しい、青白い光が女童と蛇を濡らしていく。
「おっかさんが死んで、こわくなった。このまま、樹鶴さまや亀櫻せんせいみてぇに、長く長く生きて、おっかさんみてえに死んでいく人を見送って――それに、おらは耐えられねえんじゃねえかって」
いつか母親が着せてくれた、くすんだ赤色の着物の膝に涙の丸い滲みがいくつも重なって、淀んだ赤へと変わっていく。
まるで、ぽっかりと空いた傷から溢れた血のように、赤く赤く、染まっていく。
「だから、おらは……おらを置いて逝かねえものの、そばがいい」
痛みに耐えかねた幼子が、永訣から逃げ出したいと泣いていた。
――鬼道にとって避けられない。別れの痛みが怖いと泣いていた。
未だ風も冷たい季節であるというのに、その足は心地よさそうに水の中で遊んでいる。
「探したぞお代。おら、もう暗くなんだから帰るぞ」
「おことわりします」
舌足らずだが、はっきりとした口調で幼子は言い切った。
ぐっと亀櫻の眉が険しく寄せられる。
「あン?」
「おしろは、おはんさんとともにいると決めました。帰りませぬ」
「お代、手前――俺が教えたことを忘れたのか。あやかしの類に力を貸すなんて」
「だって」
ぐっと堪えるように唇を噛んだお代の目から、それでも留めきれなかった大粒の涙がほろほろと零れ落ちた。
しゃくりあげるように、小さな肩が揺れる。
「おはんさんは、しくしくしくしく泣いてたの。そのようなものを見逃すことなど、おらにはできねえ」
義に弱く先ほどの蛇の末路に思うところがあったのだろう鏡椛が、感化されたように小さく息を吸い込んだ。けれども亀櫻と樹鶴の眼差しは幼子二人とは反対に、静かに温度を落としていく。
小さく、亀櫻が唸るように呟いた。
「――ああ、そうかい」
「だから、おしろはおはんさんを助けてあげたい」
「どう助けるっていうんだい。お代」
小さな手をぎゅっと握って、頬や鼻の頭まで真っ赤にして訴える女童に、努めて柔らかく樹鶴は訊ねた。
離れてこそいるが、まるで膝をついて目線を合わせているようなその声に、ほっとお代の表情が緩む。
「樹鶴さま……どう、って……わかんねえ。わかんねえけど、おはんさんはいい子だ。こんないい子が、殺されて仕舞いだなんてあんまりでねえか」
必死に叫ぶような子供の声に呼ばれたように、しゅるしゅると這う音がした。次いで、幅一尺はあるだろう大蛇の頭が木々の隙間を縫って子供の傍に現れる。その滑らかな鱗の整列を親しむように小さな手が撫でれば、黒々とした目が心地よさそうに緩む。
まるでお代を守るかのようにするりするりと長い体がその小さくあたたかな生き物を抱き寄せる姿に滲む親愛に、樹鶴は目を伏せた。
「おはん殿のことは知ってるさ。もとは名のある竜神の眷属で、大層かわいがってくれた名主たちの迷惑にだけは成りたくないと思いやった優しい子――だが、許されねえこともしちまった子だ」
樹鶴も亀櫻も、この大蛇のことを嫌っているわけではない。鬼道ものはヒトの身に生まれながらより自然に近い生き物だ。動植物と心を通わせることを否と言うつもりもないし、事態が違っていれば自分たちだってこの賢い蛇と友になることを選んだだろう。
それでも、もうすべては終わってしまっているのだ。
「なにが許されねえっていいなさる! 生きるために影を食んだことなら、それで誰かが死んだわけでもねえってのに」
仔犬が威嚇するように必死に吠えるお代の言葉に、樹鶴は耐えきれなくなった。
「死んだよ」
できれば、こんなに直接的な言葉で教えたくはなかった。道理から突き詰めて、子供たちが察するように持っていくべきだった。
けれど、突き付けなければきっとお代の耳には届かない。
「え……?」
お代の、そして腕の中の鏡椛の顔が、驚愕に淀んだ。
「ああ、やっぱり知らなかったか。亀櫻、これはもう少し早く教えるべきかもしれないね」
「……そうだな。知らなくても察せるだろうってのは、俺たちの傲慢だったわ」
大人二人の沈痛な面持ちに、子供たちは樹鶴の言葉が偽りではないことを察するしかなかった。
鏡椛が小さく、訊ねた。
「その、先生。おはんさんは――人を、殺したのですか?」
「結果を言えばね。影は魂のひとかけらだ。影を踏むは呪詛であるように、影を食らうなどもってのほか」
そもそも、現世の形ある者の中に、影を食らって腹を満たせる種はいない。
水の中でそう長々と過ごすというのは、いかに年月を重ねた蛇といえどそう長く続くことではない。
あの時にはすでに、おはんは成ってしまっていたのだ。路地で幼子の魂をかじり取っていくような、現世のものに非ざるモノに。
「影をなくしたって相談受けたの、師匠だっけ?」
冷静に語ろうとする樹鶴の手助けをするように、亀櫻が問うた。心配りに感謝しながら、麗人は小さくかぶりを振る。
「いや。向こうのお山の和尚だね。和尚伝いにその人の診察を頼まれたくらいだ」
「あーそっか。旅の奴だから知らねえのか」
「そういうこと。まあ、簡単に言えば影を食われるってのは、魂と肉体の間にある緒を食いちぎられるようなもんでね。そこから魂が抜けちまうわ存在が薄くなるやらで、放置すれば命を繋ぐのが難しくなっていく。でもまあ、食われたのが只人のとき、一番厄介なのはそこじゃないけどね」
「どういうことでございますか」
瞼の裏に思い描くのは、布団の上で無残な姿をさらしていた、哀れな姿。
「――和尚んところに旅人がついたとき、そいつは半死半生のありさまだったのさ。魂の傷ではなく、外傷でね」
「襲われた。ということに御座りましょうか」
「ああ。同族のはずの人間にね」
むごい、というならば、このことを言うのだろう。
ただ存在が薄くなったらだけならば、座って話もできたはずだ。
そう影を食われてから日が経っていたわけではないから、魂が漏れてしまった量もそこまで多くはなく、塞いでやればそこそこ生きることもできただろう。
けれど、樹鶴が駆け付けた時には、もうその男は布団から起き上がることもできない状態だった。
刀傷に鍬や鎌での裂傷、棍棒による打撲痕、炎や焼きごてをあてられたことによる重度の火傷。そんな現世で可能なすべての傷を負ったような姿で、男は寺にたどり着いたのだ。――生きた状態で樹鶴が面会できたのは、奇跡といっていい。
鏡椛の、瞳の奥の燐光が、大きく揺れた。お代の睫毛羽に囲われた目も、ひどく衝撃を受けたように見開かれている。
「にんげん、に?」
「言っておくと、野盗とかじゃないよ。話を聞くに、たぶんそこらにいる百姓だ。それこそ、お代と同じようなね」
「おら、と……。いや、そんな話、おはんさんは一言も!」
必死に、何かに縋るように、お代が言葉を重ねる。
自分が掴んだはずのほんとうのことが嘘であったなどと思いたくはない。そう自分の世界を守ろうとする至極幼いその姿に、亀櫻は苦々しく――けれどはっきりと、告げた。
「そりゃ、知らねえからな。おはん殿は」
流麗な、一切の無駄を排した蛇の体がゆっくりととぐろを巻いていく。
その尾は小さく震え、頭は罪悪感に押しつぶされるように、うなだれていた。
生前であっても賢かったのだ。この世ならざるものとなり果てたことで、人の言葉を解せるようになっていてもおかしくはない。
「……あ、そうか。おはんさんは、池の中の事しか知らないから」
鏡椛の脳裏に、行きがけに亀櫻が語った昔話が浮かんだ。――あれは、あえて人の目線を省いていたのだ。だから、それだけを聞いた鏡椛はこの大蛇の所業に罪を感じなかった。同じような目線でしか生前のおはんが物事を知らなかったのならば、自分が何をしてしまったのかを、今ここで初めて知ったに違いない。
確認するような鏡椛の目線に一つ頷いて、樹鶴は口を開いた。
「そう。もともと眷属であれど神でもあやかしでもなかったおはん殿は、賢いと言っても理に触れることをすべて知るようなものではなかったし、自分が食った後の人間がどのようになるかの考えも及ばなかった。蛇だからね。人間がそれほどまでに異質なものを恐れているとは知らなかったのさ」
影がなくなった程度で、人が自分を恐ろしいと叫ぶようになるとは思わなかった。
影がなくなった程度で、同族殺しをするとは思わなかった。
人に愛され、人によく懐いた、人運に恵まれたおはんであったから――悲劇は幕を開けたのだ。
「で、お代。それを聞いてもまだ、その子の味方になりてえか」
亀櫻に問いかけられ、お代はそっと目を閉じた。
羽と化している睫毛がまるい頬に影を描いて、長い沈黙が落ちる。
わずかに霧が薄れ、池の真上に月が顔を見せた。もはや夕暮れは過ぎ、夜が始まろうとしているのだと水面に散った月光が報せる。
それに応えるがごとく、子供は瞼を押し上げた。
――その目に、迷いはない。
「……ああ。おらの気持ちは、かわんねえ」
お代は、おはんの体を優しく撫でながら、そう断言した。
「どうして、そこまで」
予想と違っていたのだろう、鏡椛が嘆くように問いかける。――お代は、おはんがなんの咎もないのに殺されたことに憤っていたのではないのか。
自分と、同じ気持ちではなかったのか。そう訊ねるような穢れのない声に、女童は小さく唇を噛んだ。
ぽろぽろと、止まったはずの涙が再びお代の頬を濡らす。
「……おっかさんが、死んだんだ」
睫毛羽に涙の雫が引っかかって、水晶のように月光に煌めいた。
美しくも物悲しい、青白い光が女童と蛇を濡らしていく。
「おっかさんが死んで、こわくなった。このまま、樹鶴さまや亀櫻せんせいみてぇに、長く長く生きて、おっかさんみてえに死んでいく人を見送って――それに、おらは耐えられねえんじゃねえかって」
いつか母親が着せてくれた、くすんだ赤色の着物の膝に涙の丸い滲みがいくつも重なって、淀んだ赤へと変わっていく。
まるで、ぽっかりと空いた傷から溢れた血のように、赤く赤く、染まっていく。
「だから、おらは……おらを置いて逝かねえものの、そばがいい」
痛みに耐えかねた幼子が、永訣から逃げ出したいと泣いていた。
――鬼道にとって避けられない。別れの痛みが怖いと泣いていた。
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