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親鳥たちのはかりごと

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 鏡椛の両親との対面を終え、数日後。

「結局のところ、あの雛が自分で罅を入れてるってのはどういうことなんだよ」

 概要だけは通いのから聞いていた亀櫻が、桜色の髪をわしゃりと掻きながら問えば、樹鶴の金の目が憂うように伏した。

「考えてやったことじゃあ、ねえだろうがね。家族からの糸は別の子に伸びてたんだから――マ、順当に考えりゃ鏡椛がその子の糸を肩代わりしているんだろ」

 あの日、樹鶴が発した【呪い】という言葉に反応して夫妻が意識を向けた一室には鏡椛の気配はなかった。
 代わりにもう一人、子供――おそらく鏡椛とそう年の離れていない子供の魂が、そこにはあった。死霊というわけではなさそうだったから、生きているとみて間違いはない。部屋の位置や周囲に控えているものの気配の数から考えれば、まず当主の血縁だろう。

 樹鶴の告げた言葉に、亀櫻の目が丸くなる。

「ハ? 肩代わりだ? そんなことができる技芸を鏡椛が持ってるとは思えねえぜ?」
「だから意識していないと言っているんだ。――たぶん、双子かな。遠くても同腹のきょうだいってところだろうよ。同じ胎から生まれたんなら見立ては容易いからね」

 形が同じであることや、色や来歴に共通点があること。あるいは触れていたという事実などは、呪いをかける時には勿論、元あるところから移すときにも絶大な効果を発揮する。たとえ術理の欠片も知らない幼子であっても、血という媒介があり構成要素を同じくするきょうだいからそういったモノをもらい受けるのはそう難しいことではない。
 ましてやそれが、同時に胎におさまってへその緒を寄せ合い胎盤を共有した仲であれば――息をするより容易くそのヒトガタは成立するだろう。

 ぐっと金と銀の双眸を歪めて、理解できないとでも言わんばかりに亀櫻の口元が曲がった。

「……兄弟姉妹が親に押しつぶされそうなのが不憫で、ってか?」
「さてね。そればかりは本人に確認しなければわからんさ。だが……鬼道の本能がわからなくなるほどに徹してしまえてるんなら、よほどその子のことが大切なんだろうさ。鏡椛は」
「そんなもんか」
「そんなもんさ。アタシらは心の生きもんだからね。自分の命に代えても構わねえと思うほどの相手が見つかったなら、心のおもむくままに命を捧げることだってできるさ」

 自由とは、ただ空を飛び回る事だけではない。
 羽をどこかの木で休めることも、また籠の中に納まって逃げ出さないのも、鳥のほうが繋ぎ手よりも強靭であれば自由の範疇だ。

 そう涼しく言い放った樹鶴に、亀櫻の顔が愕然とした色を浮かべた。――誰かから聞いたとか、そういうものを見たことがあるという言い方ではない。実感の伴った言葉の調子を、汲み取ってしまったがゆえに。

「――樹鶴にもそういうの、いたのか」
「居るよ。言ってなかったかい?」

 その言葉が、亀櫻の胸にぐさりと刺さった。
 これでまだ、そういうことを言いふらすのが恥であるだとか、自分だけの思い出だとかのごく個人的な感情が見え隠れしたならば、新しい樹鶴を発見できた喜びで相殺できたかもしれない。けれど、実際の樹鶴の態度は、自分にはそういうものがあることが当たり前だと言わんばかりだ。

 ――負けた。と顔も知らぬその相手への悋気が異色の双眸によぎった。むっとふてくされた感情が桜色の大男を支配する。

「聞いたことなかった」
「そう。マ、別に声高に言うような派手なことでもないしね――そんなことより、今は鏡椛のことだよ」
「……、そうだな。もう聞いたのか?」

 樹鶴は、亀櫻が自分に対して情を募らせていることを知っている。それが、孤独であったこの小鬼にあれやそれやと世話を焼いたことに起因する、親に対する独占欲とないまぜになっていることも。
 だがもう亀櫻は大人であるし、どうせ応えることもできないのだからと、遠回しな秋波は受け流すことに決めていた。正面から玉砕しにくればバッサリ切ってやることもできるというのに、この臆病な弟子はどこか遠回しな手段ばかりを選ぶので、結局は樹鶴がつれないようになってしまうのだが。

 今回もあからさまに拗ねた様子をとる弟子に、慣れた様子で樹鶴は言を進める。

「いや、まだ――ああ、丁度いい。来たね」

 暖簾の下に、小さな影がちょこんと姿を現した。
 今日もまた、いやに姿勢がいい。

「失礼いたしまする」
「お入り」
「本日もよろしくお願いいたします。今回は何を……っと、申し訳ございません。亀櫻殿と御歓談中でありましたか」

 しょぼくれていたせいか、樹鶴の影になっていたのか。この目立つ桜色が見えなかったらしい鏡椛が今さらぴゃっと飛び上がって、下ろしかけた荷物を胸の前で抱え込んだ。

「気にしなくて――いや、お前さん人がいると集中が乱れる気があるからね。コイツがいる間にこの前やった水遊び・・・を成功させてみな。形は成功したことのあるやつで構わないから」
「承知いたしました」

 水遊び――とは、鬼道ものの力の制御修練の一つである。
 盥にたっぷりと汲んだ水を手を使わずに掬い上げ、空中で各々好きな形に練り上げるというもので、熟達すれば形を持たない使役に仮の器を与える際にも応用できる。
 最初は水から連想しやすい毬状、次は升で組んだような四角、次は雲のようにもくもくとした不定形で、その次が観察しやすい植物、最後は動かすことを前提にした動物の姿。と段階が分かれており、鏡椛は静かな場所でならば動物を作ることにも成功していた。
 しかし少しでも見世の前を天秤棒を担いだ物売りや猫の一匹でも通り過ぎようものなら、途端に持ち上げていた水の塊がばしゃんと盥の中に逆戻りしてしまう。力を使う時に周囲に誰もいないなどまずないし、なにより只人をうっかり傷つけないことが制御の前提であるのだから、気配ごときで乱れていたのでは使い物にならないのだ。
 当然、鏡椛もそれについては納得しているから、文句の一つも言わずにこくりと頷いて、いざ盥を取ってこようと裏手へと足を向けた。

「あ、そうだ鏡椛。手前さ、キョーダイとかいるか?」

 声を上げたのは、先ほどまでの様子をどこかにやった亀櫻であった。
 唐突なその質問に、小さな頭がこてん、と傾ぐ。

「兄弟、に御座りますか?」
「おう。兄でも姉でも妹でも弟でもいいぜ」
「はぁ……わたくしひとり、で御座いますが……その分、両親には負担をかけてしまいます」

 困惑した顔で、鏡椛は答えた。
 そのような確認をされる覚えはまったくない。しかし長子が鬼道ものであり、下にきょうだいがいないような場合、直系血族が途絶えてしまうことは割にある事だった。それを心配されたのだろうかと言葉を足せば、どうでもいいと言わんばかりのため息が投げ返される。

「暇持て余してる親戚の次男坊なんざいくらでもいるから血が途絶えるこたぁねえだろうよ。だが、本当にいねえのかよ」
「? ええ。落胤がいるようであれば別でありましょうが、父上はそのようなことができる御方ではありませぬ故、確か、かと」
「そうかい。そりゃ変なことを聞いちまって悪いな」

 一体何を聞かれたのだろうか。不思議に思いながらも――するりと、何かに蕩かされるようにして、その疑問は課題に集中する思考へと飲み込まれていった。


 鏡椛が盥に向き合ってからしばらくして、亀櫻がぐっと眉をひそめた。

「――見立て違いか?」
「いいや、あれは自分で消したんだろうよ。……ひょっとすると物心すらついていないころかもしれないが、多分違う」

 相手が双子であるならば、胎の中でやったことであるということすらあり得るが――おそらく違うだろうな、と樹鶴は頭の片隅で思う。
 覚えていないのではなく、忘れていなければならない、という強固な思い込みだ。まるで、巌のような。

「そんな奴いるかよ」
「できるからこそ鬼道ものってことさ――記憶を持ってちゃ、あの子にとっては都合が悪かったんだろ」
「命に代えても構わねえ相手のためだってのに?」

 亀櫻にとって、命に代えても構わないというのは熱情である。熱くたぎるような、大きな波のような感情だ。それを忘れることが最善である状態というのは、いささか考えにくい。
 樹鶴にとって、命に代えても構わないというのは誓願である。誓うのは神仏ではなく、己と相手に。鬼道の生涯をかけて全うする、大海のように変わらぬ感情だ。そしてそれもまた、忘れるというのが最善というのは少しばかり、考えにくい。

 だが――鏡椛にとっては、違うのだろう。

 くつくつと喉の奥で笑いながら、樹鶴は懸命に水をこねる雛を眺める。
 愛らしく、実直で――自分自身にさえ嘘を吐けてしまう子供の顔が、金無垢の瞳に映り込む。

「素直な嘘吐きだからねえ、鏡椛は。本当の所なんてあの子の中にしかないだろうよ」
「……じゃ、どうすんの」
「縁を彼岸側と繋ぐ。ゆるく、綱引きにならない程度にね。それを通して自分がどんな姿たましいをしているかを認識させていく」

 ほう、と花蜜の靄で図を描くも、亀櫻の眉間に寄った皺の数は変わらない。

「そんな加減できるかぁ?」
「ようは弟子取りと同じさ。いずれ旅立ち、そこに固定されないものを通せば深いつながりは生まれない」

 通常は彼岸に寄りすぎないために此岸に我が身を繋ぐその仕組みを、反転させて自身が割れてしまわない程度に彼岸へのしるべとするのだ。そうして彼岸へと存在を徐々に寄せることで、鬼道としての目を使う機会を増やす。目を開くことが常態となれば――今は無意識に逸らしているらしい、水鏡に映った自分の姿を直視せざるを得なくなる。

 そうすれば、あとは芋づる式だ。

「となると。お友達作りか」
「そ。お友達作り。丁度いいだろう? 現世でも友と呼べるものが少なかったらしいし、情緒をはぐくむには、さ」

 【塾】に通う子供は、遅かれ早かれ旅立つ。少なくとも彼岸にそのまま定住する子はいないと言っていい。時折彼岸ではない常世を好んであやかしになってしまう子もいるが――その場合は糸を切ればいい話だ。 

「できました!」

 跳ねるような鏡椛の声に振り向けば、見事に水で練り上げられた梟が、悠々と透ける翼を広げて百味箪笥の上から滑空するのが見えた。
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