わんこ系王太子に婚約破棄を匂わせたら監禁されたので躾けます

冴西

文字の大きさ
上 下
43 / 43
番外編(※記載ないものはすべて本編後です)

出番がなかった天才末っ子王子は見守り係

しおりを挟む
 末王子ミカエリス。
 人形めいた容姿に当代随一の頭脳を持つ、天才児と名高き少年。
 星読みの才を持つ彼は、あらゆる物事に深くかかわることをしない。だが――幼いなりに、家族の騒動というのは気になるものだ。

 これは、監禁事件をそっと見守っていた末王子のお話。

 * * *

 あ、拗れるな。

 星見に適した高い物見台のある宮を与えられた少年は、見上げた空の描いた未来にぱしりと瞬いた。
 手慰みに一番上の兄の星を読んでみただけだった。
 普段ならば平穏無事。出ても精々婚約者に何を贈ろうか悩む程度の先行きしか出ない安定した人だから、準備運動にちょうどいいかな、とその程度の気持ちだった。

「……どうしようかな」

 どうやら騒動の種は父からもたらされるようだから、義姉に妙なことを言わないように進言すれば止められる未来だ。今なら間に合うだろう。
 ここで止めても、国としてはとくに問題はない。順当に結婚して、王位を継ぎ、平和な国を築くことは目に見えている。
 むしろ、止めなかった時の方がある程度の混乱が国に降りかかる兆候がある。
 長兄のしたことに関して奔走することになるだろうし、さらには継承権の移行やネクタルへの入り婿などの問題も出てくる。次兄たちなど、もろに余波を喰らうことになるのは明白だ。

 それでも介入するか迷うのは、傍観者気質とはいえ一人の弟としての気持ちである。

「アレクシス兄様、こっちの未来の方が幸せ」

 おそらくこの騒動で彼らの間にある無自覚の陰りが晴れるのだろう。
 それに、こちらの未来のほうが『止めた』未来に比べて倍以上、義姉が生きている年数が長い。

「……お姉様の死にたがりが、なおるかも?」

 義姉が昔から死に場所を探していることを、ミカエリスは知っている。
 本人から聞いたわけではない。彼の非凡な才が雲の流れを見るように【そう】と示しただけ。
 彼女自身の人格を好ましいと思っている少年にとってはまったくもって好ましい情報ではなかったが、好悪で見る未来を選り分けられたら苦労しない。
 それに今さら悲嘆するようなことはないが、それでも【よい流れになればいい】と祈ることは罪ではなかろう。

 表面上ゆるやかな平穏が流れる未来か、それとも一度痛みを味わうことになれどより多くのものが幸福になる未来か。
 その選択肢は今、ミカエリスの手の中にある。

 長い長い沈黙の末、少年はこくんと頷いた。

「…………父様の胃には犠牲になってもらう」

 そんな、ちょっとだけ残酷な決意を胸に、未来は決定した。


 *

「ミカ、少し良いか」
「父様」

 今日も今日とて星を眺めていたミカエリスの元に、父がやってきた。従者は置いてきたのか、珍しく一人である。

「……ミカ、おまえには見えていたな?」

 何を、とは父は言わなかった。それでも問われていることが何かは当然わかる。

「はい。バレた?」

 てへ、と姉を真似てぺろりと舌を出せば、父が頭を抱えた。
 自由人と割と名高い人だけれど、その血を受け継いでいる自分たちと相対するときの父はどちらかというと苦労人だなと他人事のように思う。

 たっぷり息をして、父がゆるりと顔を上げた。
 この三日、通常の公務に加えて兄の説得や根回しまで増え、相当な激務になっているのだろう。その頬はすこしやつれて見えた。

「少しは悪びれたり……せぬよなあ」
「必要だった」
「そうか」
「罰、くだる?」
「そんなもんないわ。未来がわかっていようがそれを盤上で面白おかしく操ったわけでもなかろう」
「そんなことはできない」
「ならばよい。おまえがそれを良しとした。それを知りたかっただけだからな」

 ぽすぽすと頭を撫でられる。
 父は、どうにも自分に甘い。
 星読みの才故に行動制限をかけていることに対して罪悪感があるようだと気づいたのは、最近のことだ。

「……父様。あと四日五日したら、兄様の様子がすこし変わる。そうしたら、お姉様に話しかけるが吉」
「そうか、わかった。ありがとうミカ」

 そうして父は去った。


 それからまた数日したころ、今度は次兄と長姉が連れ立ってやってきた。
 義姉が開放された日のことだ。

「ミカちゃん、ラージェのこと何か知っている?」
「知っている」
「なにか、できることはある?」
「心のままに動くが吉。運命の分岐はとうに済んでいる」

 わかった。と姉が頷くのと入れ違うように、次兄が口を開いた。

「ミカエリス」
「なに」
「おまえのせいじゃない。わかっているな」
「え」

 何を言っているんだろう。そんなのは当たり前だ。
 そう淡々と弾き出した脳とは裏腹に、口から零れたのは意表を突かれた間の抜けた声で、ぽたりと膝に落ちた雫の感覚に自分の目から涙が落ちたことを知る。
 なぜこんなものが出るのだろう。

「おまえはまだ幼い。俺やラージェのように妙な生き方を覚える必要はない」

 次兄の指が、涙を掬った。
 頬に触れた指の体温に、また涙が落ちる。
 意思に反してぼろぼろ落ちるそれにしゃくりあげる子供に、黒髪の蛇は淡々と語る。

「俺たちは神ではない。どれだけ運命に干渉し得る力を持とうが、遙か千里を見渡そうが。それを一人で背負う必要はないし、仮に手を出したところで細部まで責任を負う道理もない。周りが生きて意志あるモノであることを知れ。きっかけを作ったとて、結果に導くのは動く本人の気まぐれに過ぎん」
「……それじゃ、お姉様は」
「放っておけ。少なくとも、おまえにそれを背負わせるのはあれも望まない」

 本当だろうか。
 恐る恐る見上げれば、膝をついた次兄が柔らかな眼差しでこちらを見ていた。それにほっと息をつき、自分が自覚していた以上に背負ってしまっていたことを理解する。

「その目も頭も優れているのは事実。だが、それを支える心のほうがまだ未成熟だろう」
「心、不得意分野」
「だからこそ言っている。そこを見定めるのを疎かにするとろくなことにならん」

 妙に実感がこもった言葉に、頷く。

「……覚えておく」
「ん。それでいい」

 満足げに頷いて、次兄が立ち上がった。
 どうやら、この人はこれだけを言いに来たらしい。

 無愛想だけれど、面倒見はいいのだ。
 ――なぜだか、義姉に対しては自分の体を扱うみたいに乱暴だけれど。

「兄様」
「ん?」
「お姉様と話すなら、姉様の翌日が吉。切りかかるのはやめたら?」
「気にするな」

 切りかかる気だ。
 数日後の長兄といい、ミカエリスには理解しがたいコミュニケーション方法がこの世にはたくさんあるものだ。
 しみじみと頷いて、少年は再び星に向き合った。


 頭上の星は今日も変わらず少年に未来を囁く。
 こちらに来れば少し愉快だけれど誰かが傷つく未来、あちらに進めば少し悲しいけれど誰も傷つかない未来。
 さあ、どうする?

 決断を迫る声にいつもならば悩むけれど、今日は迷うことはなかった。

「それを決めるのは、傍観者ぼくじゃない」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

わたしを捨てた騎士様の末路

夜桜
恋愛
 令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。  ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。 ※連載

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

処理中です...