わんこ系王太子に婚約破棄を匂わせたら監禁されたので躾けます

冴西

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番外編(※記載ないものはすべて本編後です)

出番がなかった天才末っ子王子は見守り係

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 末王子ミカエリス。
 人形めいた容姿に当代随一の頭脳を持つ、天才児と名高き少年。
 星読みの才を持つ彼は、あらゆる物事に深くかかわることをしない。だが――幼いなりに、家族の騒動というのは気になるものだ。

 これは、監禁事件をそっと見守っていた末王子のお話。

 * * *

 あ、拗れるな。

 星見に適した高い物見台のある宮を与えられた少年は、見上げた空の描いた未来にぱしりと瞬いた。
 手慰みに一番上の兄の星を読んでみただけだった。
 普段ならば平穏無事。出ても精々婚約者に何を贈ろうか悩む程度の先行きしか出ない安定した人だから、準備運動にちょうどいいかな、とその程度の気持ちだった。

「……どうしようかな」

 どうやら騒動の種は父からもたらされるようだから、義姉に妙なことを言わないように進言すれば止められる未来だ。今なら間に合うだろう。
 ここで止めても、国としてはとくに問題はない。順当に結婚して、王位を継ぎ、平和な国を築くことは目に見えている。
 むしろ、止めなかった時の方がある程度の混乱が国に降りかかる兆候がある。
 長兄のしたことに関して奔走することになるだろうし、さらには継承権の移行やネクタルへの入り婿などの問題も出てくる。次兄たちなど、もろに余波を喰らうことになるのは明白だ。

 それでも介入するか迷うのは、傍観者気質とはいえ一人の弟としての気持ちである。

「アレクシス兄様、こっちの未来の方が幸せ」

 おそらくこの騒動で彼らの間にある無自覚の陰りが晴れるのだろう。
 それに、こちらの未来のほうが『止めた』未来に比べて倍以上、義姉が生きている年数が長い。

「……お姉様の死にたがりが、なおるかも?」

 義姉が昔から死に場所を探していることを、ミカエリスは知っている。
 本人から聞いたわけではない。彼の非凡な才が雲の流れを見るように【そう】と示しただけ。
 彼女自身の人格を好ましいと思っている少年にとってはまったくもって好ましい情報ではなかったが、好悪で見る未来を選り分けられたら苦労しない。
 それに今さら悲嘆するようなことはないが、それでも【よい流れになればいい】と祈ることは罪ではなかろう。

 表面上ゆるやかな平穏が流れる未来か、それとも一度痛みを味わうことになれどより多くのものが幸福になる未来か。
 その選択肢は今、ミカエリスの手の中にある。

 長い長い沈黙の末、少年はこくんと頷いた。

「…………父様の胃には犠牲になってもらう」

 そんな、ちょっとだけ残酷な決意を胸に、未来は決定した。


 *

「ミカ、少し良いか」
「父様」

 今日も今日とて星を眺めていたミカエリスの元に、父がやってきた。従者は置いてきたのか、珍しく一人である。

「……ミカ、おまえには見えていたな?」

 何を、とは父は言わなかった。それでも問われていることが何かは当然わかる。

「はい。バレた?」

 てへ、と姉を真似てぺろりと舌を出せば、父が頭を抱えた。
 自由人と割と名高い人だけれど、その血を受け継いでいる自分たちと相対するときの父はどちらかというと苦労人だなと他人事のように思う。

 たっぷり息をして、父がゆるりと顔を上げた。
 この三日、通常の公務に加えて兄の説得や根回しまで増え、相当な激務になっているのだろう。その頬はすこしやつれて見えた。

「少しは悪びれたり……せぬよなあ」
「必要だった」
「そうか」
「罰、くだる?」
「そんなもんないわ。未来がわかっていようがそれを盤上で面白おかしく操ったわけでもなかろう」
「そんなことはできない」
「ならばよい。おまえがそれを良しとした。それを知りたかっただけだからな」

 ぽすぽすと頭を撫でられる。
 父は、どうにも自分に甘い。
 星読みの才故に行動制限をかけていることに対して罪悪感があるようだと気づいたのは、最近のことだ。

「……父様。あと四日五日したら、兄様の様子がすこし変わる。そうしたら、お姉様に話しかけるが吉」
「そうか、わかった。ありがとうミカ」

 そうして父は去った。


 それからまた数日したころ、今度は次兄と長姉が連れ立ってやってきた。
 義姉が開放された日のことだ。

「ミカちゃん、ラージェのこと何か知っている?」
「知っている」
「なにか、できることはある?」
「心のままに動くが吉。運命の分岐はとうに済んでいる」

 わかった。と姉が頷くのと入れ違うように、次兄が口を開いた。

「ミカエリス」
「なに」
「おまえのせいじゃない。わかっているな」
「え」

 何を言っているんだろう。そんなのは当たり前だ。
 そう淡々と弾き出した脳とは裏腹に、口から零れたのは意表を突かれた間の抜けた声で、ぽたりと膝に落ちた雫の感覚に自分の目から涙が落ちたことを知る。
 なぜこんなものが出るのだろう。

「おまえはまだ幼い。俺やラージェのように妙な生き方を覚える必要はない」

 次兄の指が、涙を掬った。
 頬に触れた指の体温に、また涙が落ちる。
 意思に反してぼろぼろ落ちるそれにしゃくりあげる子供に、黒髪の蛇は淡々と語る。

「俺たちは神ではない。どれだけ運命に干渉し得る力を持とうが、遙か千里を見渡そうが。それを一人で背負う必要はないし、仮に手を出したところで細部まで責任を負う道理もない。周りが生きて意志あるモノであることを知れ。きっかけを作ったとて、結果に導くのは動く本人の気まぐれに過ぎん」
「……それじゃ、お姉様は」
「放っておけ。少なくとも、おまえにそれを背負わせるのはあれも望まない」

 本当だろうか。
 恐る恐る見上げれば、膝をついた次兄が柔らかな眼差しでこちらを見ていた。それにほっと息をつき、自分が自覚していた以上に背負ってしまっていたことを理解する。

「その目も頭も優れているのは事実。だが、それを支える心のほうがまだ未成熟だろう」
「心、不得意分野」
「だからこそ言っている。そこを見定めるのを疎かにするとろくなことにならん」

 妙に実感がこもった言葉に、頷く。

「……覚えておく」
「ん。それでいい」

 満足げに頷いて、次兄が立ち上がった。
 どうやら、この人はこれだけを言いに来たらしい。

 無愛想だけれど、面倒見はいいのだ。
 ――なぜだか、義姉に対しては自分の体を扱うみたいに乱暴だけれど。

「兄様」
「ん?」
「お姉様と話すなら、姉様の翌日が吉。切りかかるのはやめたら?」
「気にするな」

 切りかかる気だ。
 数日後の長兄といい、ミカエリスには理解しがたいコミュニケーション方法がこの世にはたくさんあるものだ。
 しみじみと頷いて、少年は再び星に向き合った。


 頭上の星は今日も変わらず少年に未来を囁く。
 こちらに来れば少し愉快だけれど誰かが傷つく未来、あちらに進めば少し悲しいけれど誰も傷つかない未来。
 さあ、どうする?

 決断を迫る声にいつもならば悩むけれど、今日は迷うことはなかった。

「それを決めるのは、傍観者ぼくじゃない」
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