わんこ系王太子に婚約破棄を匂わせたら監禁されたので躾けます

冴西

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番外編(※記載ないものはすべて本編後です)

夜闇の貴婦人は金剛石を飲みこんだ(過去も過去)

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 女は、生物というよりも現象に近かった。
 それはもとよりダークエルフと呼ばれる種そのものがそうした性質を帯びていたこともあるし、ひどく長い寿命がそのように女を仕立て上げていったようにも思う。
 心臓はただ在るだけ。
 目はただ風景を透過するだけ。
 記憶は記録に過ぎず、そこに感傷は存在しない。

 己らを作りたる『夜』が『昼』に焦がれて星と共に歌うのを、その長い長い寿命が尽きるその日まで観測し続ける。
 ――それが、『夜闇の貴婦人』と呼ばれるその女の在り方だった。

『あなたは月のように寂しい目をしていらっしゃるのですね』

 あの黄昏に、星のような男と出会うまでは。


 * * *


 男は、ヒトであった。
 なにやら近頃のヒトは他の種族の耳や尾を生やすことがあるらしく、その男には大きな角と蝙蝠の羽根があった。
 しかしヒトには違いないなと女は思った。
 あらゆる生物を魔力で判別する女にとって、姿かたちなどさしたる違いではなかったからだ。

 それを伝えると、なぜだか男は目から雫を零した。それが涙という特定の種族が流す感情発露であることを女は知っていたが、なぜこの程度の当たり前のことで男が涙を流したのか、女にはわからなかった。

「なぜそれを目から落としておる」
「嬉しいからです。夜の美しいあなた。ヒトの間で私は『悪魔』と呼ばれて参りましたから」
「それは『悪魔』の形質ではなかろう。そもそもあれらこそ、ヒトと相違ない姿をしておるだろうに」
「ヒトはそれを知らないのです。私とて、この姿に生まれついてはじめて知りました」

 無知なことだ、と女は思った。
 長きを生きられぬがゆえに彼らは繁殖を選び、その空の器ゆえに他種族の螺旋を運ぶ船になっているらしいが、その過程であまりに多くの知識を取り落としている。なんとまあ、脆弱で、早晩滅びても仕方のない種族だ。いっそ軽蔑に値する。

 そう思う反面、不思議と女の中には男への興味がわいていた。

 男は、ヒトにしては賢い個体だった。
 常に鋼の服を着て血のにおいを纏わせているが、それが己に纏わせる業と向き合うことを忘れなかった。

「なぜ自ら業を背負う」
「私が業を引き受けることで明日を生きる幼子がおります」
「個体保護ならば、そうも多く奪う必要がどこにある」
「そうですね――奪わなくて済むならば、それが一番なのですが。なにぶん、ヒトというのは臆病なもので」
「そなたらの弱さならば臆病は当然だろう。それがどうして簒奪に繋がる」
「――ああ、そう。そうですね。臆病さを言い訳にするのは、卑怯なことだ。……答えを改めます。きっと、私たちヒトは、どうしようもなく弱いことを認められない。認めたふりをしても、その弱さを鉾にしていいと、どこかで思っているのです。
 自分は強いから弱いものから奪ってもいい。
 ――自分は弱いから強いものを穢してもいい。
 自分は強いから弱いものを蔑んでもいい。
 ――自分は弱いから強いものを妬んでもいい。
 それを繰り返して繰り返して、そのうちに、『弱い』を脅かしそうなものは無条件に壊してもいいと思ってしまうようになる。そしてそれを、強くなったと勘違いしてしまうのです」

 語る男は静かな目をしていた。朝方に降る雪のような、美しい目だった。



 ある時、男が願った。

「いつか私が間違えた時に、あなたが私を終わらせてくれませんか」

 風が強い丘の上だった。男の頭上には、ひときわ強く輝く星が光っていた。

「私は国境を守るものになる。それは、思い上がれば国や民を壊せる立場になるということだ。それは、間違えれば他種族を踏みにじる立場になるということだ」

 静かで美しい雪の瞳が、決意と共に星を宿す様を見た。

「私は同種を守り、そしてあなたたち他種族をも守る護国の将となる。――けれど、ヒトは脆いから」

 出会った時よりも武骨になった掌が、女に差し出された。
 片膝をつくその姿勢の意味を女は知っていた。いつだか、ヒトの里で見かけた求愛の仕草であると知っていた。

 ――その時はじめて、女の心臓はそこに在るだけではなくなった。

「どうか見守ってほしい。私のそばで、私が朽ち果てる時まで。あなたに誇れる私であり続けるように」
「……臆病者じゃな。それが求婚の言葉でよいのか?」

 くく、と初めて喉から零れた震えは、存外心地いいものだった。



 *



 月日が流れて、男が死んだ。
 長い長い時間を生きる女にとっては、瞬きのような時間だった。

 それでも、伴侶となり子を得て、短い時間を駆け抜けていく彼らと触れ合う日々は心地いいものだった。
 これからも続く長い長い時間の中で、けして消えない星の光を男から受け取ったと、女は理解した。

「まったく、そなたは最期の最期でようやく我儘を言ってくれたのう」

 手のひらに転がる金剛石は、あの日と同じ星の光を閉じ込め美しく煌めいている。
 愛する男の骨と魂とをこの手で燃やして作った、この世でただ一つの石だ。

 口付ければ、似ても似つかない冷たい硬さが女の唇を震わせた。
 ゆっくりと、小さなその石を口腔内に押し入れる。

 こくん。

 あっけない音とともに、女の口の中は空っぽになった。

「――約束通り、連れて行こう。儂の旅路はきっとそなたには長いじゃろうが、後悔しても遅いと知れよ」

 月光を紡ぎ出したような髪が心地よい夜風に流れる。――この男と添う前は、この風の心地よさすら実感できなかったのだと、女はふいに思い出した。

 夜空の肌の星がひとつ、まなじりからスッと流れたことに気付く者は、もうどこにもいない。
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