わんこ系王太子に婚約破棄を匂わせたら監禁されたので躾けます

冴西

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番外編(※記載ないものはすべて本編後です)

紅玉と翠玉は互いに首輪を贈り合う

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 そうだ。チョーカーを贈ろう。

 夜半。照明を消してしまえばすべてが暗闇に抱かれる中でサラージュと戯れていたアレクシスは、ふとそんなことを思い立った。
 もう傷とは呼べないほどに回復しているサラージュのうなじ。そこにほんの少しだけ残る皮膚の凸凹を指先で愛でていた最中のことである。

 傷痕というのは得てして神経が過敏になりやすい。
 それを生かして最近少々マゾヒスティックな面があると判明した彼女をこうして虐めているわけだが、もしうっかりこうも敏感な部位をどこぞの不届きものに触られてしまったら、と思うとぞっとする。
 理性が強い彼女のことだ。こうも可愛らしく蕩け切った状態にはなるまいが、万が一にでも甘い声が反射で零れてしまう可能性はゼロではないだろう。
 そうなれば真面目なサラージュは恥じらいと貞操から相手を殺したうえで自分も死にかねない。
 そんなこと、許せるはずもない。彼女を辱めていいのは彼女に許されたアレクシスだけであるべきだし、彼女とともに死ぬ栄誉をどこぞの馬の骨にくれてやる筋合いはない。
 彼女はアレクシスだけの女の子だ。

 とまあ、騎士の背後を取る難しさだとか、そもそも性感帯として傷痕を開発するのをやめろという根本の問題だとかを無視した男は、そうして首輪を愛しい彼女に贈ることにしたのであった。

 *

「さて、どれが一番サラに似合うだろうな」

 仕立て屋に用意させたデザイン案を眺めながら、アレクシスは鼻歌まじりに呟いた。

 前提として、サラージュは何でも着こなせる娘である。
 しいて言えば南国を思わせる派手さよりは北国の静謐が似合うといった程度。土台となる顔立ちも体型も名工の彫像を探した方がまだ似たものが見つかりやすい、と言うほどに整った姿かたちの前には囚人服であってもひれ伏すだろう。
 
 だからこそ、『一番』を決めるとなると悩ましい。

 武骨であればそのアンバランスさに魅力を増し、繊細であればその調和に麗しさを増す。華やかであれば一層咲き誇り、シンプルであれば素体を際立たせる。
 もはや、そこに優劣はない。
 飾り立てる側の好み。月白色の少女をいかに染め上げるかのエゴイズムの発露だけが決定権を持つ。
 それはアレクシスも重々承知している。

 だからこそ、彼の言葉の真意はこうなる――「最も効果的に彼女が自分のものであると周囲に知らしめることができるのは、どんな染め上げ方であろうか」。

「あまり重いものはサラの負担になるからな……かといってあまり薄手だと守りが弱くなるし……」

 ぶつぶつと真剣な目でデザインとそれに付属した生地のサンプルをより分けていく。
 デザインセンスやその技量さえあれば自分の手で一から作り上げていただろうと察することの出来る熱量だ。幸いにもその手の才能が欠如しており、本人もそれは理解している為、一から十まで自分色に染め上げるという凶行には走っていない。


 黒や青を基調とした何百枚目かのデザイン案を脇に寄せ、いよいよ残り枚数も少なくなってきた紙束を捲る。もう何度も繰り返した仕草だったが――ぴたりとアレクシスの手が止まった。

「……ああ、これがいいな」

 見下ろすライトグリーンの瞳に、恍惚の色が滲んでいた。

 *

「それで、プレゼントと」

 サラージュは凪いだ目で手渡されたそれ・・をしげしげと見つめた。

 パールホワイトの布地に金の刺繍、艶やかな革ひもでフロントを編み上げるそれは、コルセットにも似ていた。
 全体的に白を基調としているためか、主張はそう激しくない。普段使いのドレスと合わせても大して悪目立ちすることはないデザインだ。ワンポイントとしてつけられたペリドットのチャームも可愛らしい。
 だが、サラージュの感想は違った。

(……首輪ね、これ)

 知らない人が見れば、少々凝ってはいるものの丁寧な造りのチョーカーだろう。だが、アレクシスとサラージュを知るものが見れば話は変わる。
 白を基調としている点はまだいい。サラージュの髪色と合わせたのだろう。だが、そのほかが問題だ。

(ご自身の髪と目の色とはまあまた、ベタなことを)

 ハニーブロンド金の刺繍ライトグリーンペリドット
 隠すつもりもなく、目の前で胸を張っている男の色彩そのものである。

 説明を聞く限り彼のいないところでの着用を求められていることを踏まえれば、真意としては首輪に他ならないだろう。傷は癒えているとはいえ、しっかり今もうなじには呪印が残っているというのにまったく独占欲の強いことだ。
 そう思いながらも迷いなく装着してしまうのだから、我ながら救えない。

 首元を包み上げたそれは思っていたほど苦しさを伴わず、しかし存在感を失わない圧迫感があった。

「どう? 似合うかしら」
「もちろんだ」

 革ひもを調整しながら問えば、深い頷きが返ってくる。
 ひどく満足げなその顔はまるで飼い主に褒められたことを誇りに思う大型犬のようで、そのアンバランスさに思わずおかしさがこみ上げた。

 支配したいのか、されたいのか、その境界など曖昧なものなのかもしれない。

「レクシア」
「なんだ?」
「素敵な贈り物をありがとう。――わたくしからも何か贈らせて頂戴ね」

 喉仏の隆起を指でなぞり、無防備なその喉元にかぷりと噛みつけば、頭上からくすぐったさに揺れる声がひどく幸せな色を帯びて降り注ぐ。


 彼の首にはきっと、赤い宝石のついた首輪がよく似合うことだろう。
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