わんこ系王太子に婚約破棄を匂わせたら監禁されたので躾けます

冴西

文字の大きさ
上 下
39 / 43
番外編(※記載ないものはすべて本編後です)

第二王子の婚約者は勘違いしている(中)

しおりを挟む
 数日後、王太子妃教育の手伝いとして訪れた月白色の髪をした麗人――サラージュを前に、ユリンのテンションは驚くほど上向いていた。

「お久しぶりです。ユリン様。お元気そうで何よりですわ」

 ふわりと微笑む姿すら美しい。近くで見るととんでもない迫力美人だ。魂を持っていかれそう。
 推しの驚くべき美麗新規スチルと新規立ち絵の連続に供給過多に、バクバクと激しい音を立てる心臓をどうにか飼いならしながら、ユリンはきゅっと背筋を伸ばした。これでも今生は侯爵令嬢。前世の記憶分庶民寄りではあるが、所作は完璧に仕込まれている。

「お久しぶりです! サラージュ様も、お元気そうで……!」
「肩の力をお抜きになって? 今の王太子妃は貴女なのだから」
「そんなことを言われましても……」
「まあ、少しずつ慣れていきましょう……なんて、わたくしの言っていい台詞ではないのですけれど」

 小さな微苦笑が咲いた。
 ユリンが王太子妃になるにあたって――つまり、レンが王太子に繰り上がるにあたって、兄夫婦の間になにかしらのトラブルがあったことは聞き及んでいる。
 だが、それについての謝罪はとうに受けている。それに噂を聞く限り、サラージュに非があるとはどうしても思えなかった。本当のところは二人にしかわからない話なのだろうけれど、そんなに心苦しそうな顔をしないでほしい。

「いえ!! サラージュ様は憧れですから、その……ご指導いただけるのはうれしい、です」
「あらかわいい。あれには勿体無いくらいにいい子だわ……」

 しみじみとした言葉に、ぱたりとドレスの下で尾が揺れた。バッスルスタイルのドレスはこのむやみやたらに感情を表現してしまう尾を隠せるので有難い。まあまあ重いけれど。
 でも、あれとは? 文脈的には婚約者のことを示すのだろうが、彼らはそんなに親しいのだろうか。

 そんなことを考えていると、ガチャリとドアが開いた。

「来ていたのか」
「来たわよ」
「レン様、お仕事は……!?」
「休憩中だ。仮にもネクタルの娘が来ているのにオレが挨拶しないわけにはいかないだろう」
「……ふうん」

 挨拶、という割にタイを軽く緩めてくつろいだ様子でユリンの隣に腰かけたレンを見て、サラージュの赤い目がぱちんと瞬いた。そして、形のいい唇がなにやら面白いものを見つけたとでも言わんばかりに弧を描く。

「そのにやけたツラをやめろ」
「あら失礼? ふふ、挨拶。挨拶ねえ」
「やめろと言ってるだろうがこの阿呆」
「口が悪いわよ、義弟」
「――その呼び名は本当にやめろ」
「ふふ、すごい顔」

 ぽんぽんと軽口を交わすふたりを見つめ、ユリンはハッとした。婚約者の冷たい美貌がこれまでになく活き活きとしている。しかも、義弟呼びを心底嫌がっているではないか。
 兄君にそれほど執着しているようには見えなかったので、嫌がる理由があるとすればサラージュに弟として見られたくないということ。そして、この親しげな様子。
 
(……そっか、レン様が好きなのって)

 ユリンはきゅっと唇を引き結び、二人の顔を見ないまま立ち上がった。

「も、申し訳ございません! 少し部屋に忘れ物をしたので、とって参りますね!」

 礼節も忘れ、部屋を飛び出す。背中に呼び止める声が聞こえたが振り返る気にはなれない。
 大好きなはずの二人を、今は見たくなかった。

 *

「部屋って、……待て!」

 ぱたぱたと廊下へと飛び出していったユリンの後姿に、レンが叫ぶ。この部屋こそが彼女の私室であり、今日はこの部屋以外に移動していないのだから。忘れ物をするような場所があるはずもない。
 あっという間に遠ざかっていく小さな背中に、男はさっと立ち上がった。

「あれ、何か誤解していない?」
「しているな。追いかける」
「はい、行ってらっしゃい。口下手のお馬鹿さん」

 めずらしく慌てた顔で走り出した乳姉弟を見送りながら、一人のこった客人は優雅に微笑んだ。

 レンがユリンを溺愛していることを、散々惚気相手にされたサラージュはいやというほど知っている。
 どうせこの部屋に休憩だとか挨拶だとか言ってやってきたのも、あの愛らしい少女と一緒にいたいからに決まっているのだ。あの無愛想は慰める時でさえ無言で剣を投げつけるような男である。私的な場で丁寧に挨拶をされた記憶など幼少期から一度もない。
 いつにも増して眼光が鋭かったことからすると、ユリンがサラージュに憧れてくれていることを知ったというところだろうか。敬愛すら駄目とは恐れ入る。
 唐突に当て馬にされたなと紅茶を口に含み一息ついて、はたと思い至る。

「……あの程度の会話で誤解されるって、もしかして好意を口に出したことないのかしら」

 あれだけ惚気ていたのだから、すべてとは言わないまでも多少は伝えているとばかり思っていたが――あの挙動は何も知らないと考えた方がしっくりくる。
 恥ずかしがるような性分ではないはずなので、伝わっていると思い込んでいると考えた方が正しいかもしれない。と、なればあのまま二人きりにすると拗れて第二のアレクシス監禁案件となる危険性がある。

「それは、さすがにまずいわよね……」

 ため息とともに、麗人は従者に一つ問いかけた。
 狩りの基本は、導線の把握である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

処理中です...