わんこ系王太子に婚約破棄を匂わせたら監禁されたので躾けます

冴西

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番外編(※記載ないものはすべて本編後です)

海賊さんは姫さんのことが心配

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 グェルデは珍しく真っ向正面から招かれた屋敷にやってきていた。当然招いたのは雇い主であるサラージュ・ネクタルであり、その目的は情報のやりとり――なのだが。

「姫さんさあ、ちぃと王子様に甘すぎねえ?」

 久方ぶりにあったその少女を見て、海の色男は眉根を寄せた。
 彼女と会うのは四か月ぶり。情報屋を生業とする彼は勿論、王宮であったという事件の顛末も、その過程で雇い主が負った傷のことも知っている。だが、直接視なければわからないこともあるものだ。

「あら、突然どうしたの」
「その首の傷。呪印になってるだろ」

 グェルデは自身のうなじを指先でトンと叩き、確信に満ちた声で問うた。
 情報として伝わってくる中では『傷は深くない』と言われていたが、こうして肉眼で確かめるとその異様さがよくわかる。
 肉体についた傷はたしかに浅かったようで薄桃色の痕が残る程度だが――黒真珠の瞳に映るそれは、魂そのものにマーキングするように深々と突き刺さっている。

 グェルデに知る彼女ならば、気づかないはずもない。
 そう眼差しを傾ければ、観念したように紅唇からため息が零れた。そっと繊手がうなじを覆う。

「……本当、目ざといわね」
「姫さんの情報屋なんで。――というかよくソレをあの珍獣一号が見逃してんな。ドラゴンなんざ独占欲の化身みたいなもんだろ」

 珍獣一号――もとい、ザイン。彼女が乗りこなすドラゴンそのものである少年。
 相当な執着をサラージュに向けているはずの子飼い仲間は、まだ幼いとはいえ純種のドラゴンだ。彼ならば獣人種のつけた呪印ごとき簡単に取り払えるはずだろう。
 往々にしてドラゴンは自分の『宝』を守る習性があり、決して余人がそれを盗むことも印をつけることも許さないのだから。

「ふふ。あの子にとってわたくしは『あるじ』であって『宝物』は別にいるのよ。文句は言われたけれど、それだけだわ」
「ふうん」

 珍獣二号のことだろうか。いつも喧嘩ばかりだが、たしかに二人一組でいつだって一緒にいる。てっきりサラージュこそが『宝』も兼任しているものと思っていたが――わからないものである。
 なぜだか壁際でじっとこちらを見ている元王太子殿下など、わかりやすいこと極まりないというのに。

「……で、なんで今日は王子様もいるわけ」
「ああ、気にしなくていいぞ。ぼくは傍にいるだけだから」
「そう言われましてもね……エ、姫さんはいいんですか?」

 一応これまで内密に動いてきた身なので、今さら大っぴらに扱いますと言われると困惑が勝る。別にやましいことをしているわけではないが、グェルデが渡す情報は大半がアングラの情報だ。表と裏の情報を総合して時勢を読むためのものではあるが、血なまぐさく胸糞悪くなるような情報もよく紛れている。

「別に構わないわ。どうせおまえのことだから暗号文にしているでしょう」
「まあそれはそうなんですけどね……」

 差し出された手に毎度おなじみのロケットを落とす。
 確認するうちになにやら気になる点があったらしい少女が「少し外すわ」と言って隣室――たしか個人用の書庫だったか――に一人で入っていった。

 必然。こちらの部屋には二人きりになるわけで。

 ちらりと壁際の青年に目をやる。
 相も変わらず平静を装った顔のまま腕を組んでこちらを見ているが、ライトグリーンの瞳はチリチリといやな感覚を刺してきて実に鬱陶しい。
 嫉妬されてんなあ。慣れた手合いのそれに、色男はため息をついた。

「なあ王子様。アンタ、なにがしたいわけ。姫さんが不貞を働けるようなお人じゃねえのは知ってるだろ」
「それを疑ったことはないな。だが、疑うことと妬くことは別だろう?」

 にっこり。そんな擬音語が混ざりそうな笑顔だ。

「……アンタの弟が蛇神らしいが、どっちかといやオレにはアンタのが蛇に見えるな」
「おや、狼の独占欲の強さもなかなかだが」
「…………おっかねえ目してんなぁ」

 爛々としているというか、ギラギラしているというか、じっとりと焼け付くようというか……そう、いつだったか見た、毒を投げ込んだ炎の色を思い出す。
 民衆の間では穏やかな大型犬のようとも評されるし、サラージュから伝え聞いていた話からも似たような印象を受けていたが、どこがだ。
 人に噛みついて呪いを残しているあたり犬は犬でも東方に伝わるという犬神か、そうでなければチャーチ・グリムだろう。

「はははは。――サラのことは信じているが、貴殿のことは信じていないからな。ガイアルの末裔すえ殿?」

 ぞわりと、総毛立つ。
 もはや、誰も呼ばぬ家の名だ。
 遠い遠い南の海の上に浮かぶ国。その地に根付き、そして焼き払われた者たちの名だ。
 ――なぜ、と叫びかけて、飲み干す。
 一国の王族であればグェルデが未練がましく捨てきれなかった特徴の数々を見ればわかる可能性はあった。いや、隣室のサラージュとて、本当のところは理解しているだろうがグェルデとの約束を優先して問いもせずにいるだけだろう。
 だから、目の前の青年が知っていたところで、何もおかしくはない。

 引きつった口を緩め、へらりと笑う。敵対意思も、彼女を利用する意思もない。そう示すように。

「滅んだ名なんで、呼ばねえでもらえます?」
「それは失礼」

 全く失礼とは思っていないだろう、刺々しい言い方だ。まるで続きを促すように、再びじっとこちらを薄笑いとともに視線が突き刺さる。
 なるほど、念押しが欲しいと。
 少し考えて、グェルデはゆるりと上半身を倒して青年に心からの本心を明かすことにする。明かすもなにも隠していないが。

「心配しねえでも、オレは姫さんにそういう色めいた感情はありませんよ。綺麗な娘さんだとは思うが、オレには勿体ねえ」
「……そうか、それは安心した」

 ふわりとした笑み。信じ切ったわけではなさそうだが、明らかな敵対姿勢は目減りした。
 どっと疲れて深く椅子に座りなおす。
 どうか早く書庫から少女が出てきて、解散を宣言してくれますようにと祈りながら。

 *

「――はー、おっかねえ。何が犬だよ」

 数分後、帰宅許可が下りると同時に失礼したグェルデは頭を掻きながら街道を歩んでいた。
 ネクタル領は今日も安穏としていて、先ほどまでの息のつまるような空間のあとでは一層空気が美味しく感じる。
 すう、はあ、と深呼吸をして、思うのは恩人たる少女のこと。

「姫さん、そのうち首輪でも付けられそうだなあ、ありゃ」

 どうやら口では帰る場所になるだのなんだのと言っているようだが、あれはそんな殊勝な男ではないだろう。

 死ぬなら腕の中で死んでほしい。
 生きるなら隣で生きてほしい。
 ――それは、どこにも逃がさないという宣言に他ならない。
 呪印はそのマーキングだ。効果はおそらく、追跡。

 これからこの先誰にも渡さない。自分の手の届かないところで死ぬくらいならばいっそ自分の手で。
 噛みついたときにそう思っていたかどうかはともかくとして、欠片でもあった感情を発芽させたのは間違いなくあの狼王子なのだ。
 恐ろしいと思いながらも、まんざらでもなさそうに自分のうなじに触れていたサラージュの顔を思い出し、ため息。

「……まあ、割れ鍋に綴じ蓋ってやつなんだろ。多分」

 戦場でしか咲かない徒花と思っていたが、新たな咲き場所も大概厄介だ。
 恩人とはいえ妹のように思っていた少女の未来に想いを馳せ――その心配すぎる方向性に、男は再度深々とため息をついた。
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