35 / 43
番外編(※記載ないものはすべて本編後です)
こうして本人公認の監禁(?)が月一で開催されることになった
しおりを挟む
「サラ。今、触っても大丈夫か? 大丈夫なら指を掴んでおくれ。無理はしないでいいぞ」
布団の中に閉じこもってピクリとも動かないサラージュの青白い顔にそっと声をかける。すると、ゆるゆると伸びてきたこれまた血色の悪い手に、小指がきゅっと弱々しい力で握られる。
「んぅ……」
「うん。ありがとう。甘えてくれて嬉しい。あたたかい飲み物も持ってきたから、飲みたくなったら言っておくれ」
いつもよりも毛並みの悪い髪を撫でれば、ぱたりと手が力尽きたようにマットレスへと落ちた。
教えられた通りに、負担にならない程度の強さで彼女の腹を撫でる。アレクシスの体温は発現種の影響もあって彼女よりも幾分か高い。それが心地いいらしい。
気絶はしていないようだが、常に猛烈な眠気と鈍痛に襲われているようなので無理もない。そもそも排出のために内臓が収縮しているというのだから、仕組みが原始的にもほどがある。
(代わってやることもできないしな……)
病気ならばその原因を自分の体内に魔法で移して背負ってやるのに、と本気で思いながら、再びその青白い顔に寄り添った。
サラージュは今、月経と戦っている。
* * *
この国では初潮と精通を迎えた後、成年となるまでは男女ともに保護用の避妊魔術をかけられる。運命のつがいシステムに代表される、発現種が原因で起こる避けられない衝動を緩和しつつ、未成熟な肉体がリスクに晒されるのを避けるための措置である。
ちなみに余談だが、避妊魔術の術式自体に被術者の状態を記録する機能が組み込まれている上に、非同意の要件を満たした場合は即刻警邏に通報されるようになっている。
これを悪用して無理に事に及ばんとするものは男女問わず早々にお縄となるシステムだ。
成年の儀を終え、あとは避妊魔術を解けば大人の仲間入りというころになって、ぽつりとサラージュが呟いた。
「レクシア、一つお願いがあるのだけれど」
「きみの望みならば、なんなりと」
「たぶん、わたくしこの後寝込むと思うの。その時に貴方に面倒をみてほしくて」
「勿論いいが……どこか悪いのか?」
「いえ、副作用よ。貴方に監禁された後色々調べられたでしょう。それで生殖器まわりはヒト寄りだとわかったのよね」
未成年にかけられる避妊魔術は、行使期間が長期に及ぶため、生体を害さないよう出力を念入りに調整されているのだが、それでも一つだけ取り除けない副作用があった。
それは、術を解いてから一か月の間、極端な細胞や魔力の活発化により体に多大な負担がかかる、というものである。
症状は人それぞれで、強烈な発情期として表出する者もいれば、極端に体力が消費され寝込むものなど様々であるが――女性体で月経を持つ発現種の場合は大抵、ひどい生理痛や関連諸症状として現れるのだ。
エルフ種は月経を持たない種族だが、ヒトと造りが同じというのであればサラージュもまた月経と戦うことになるのだろう。
妹も月経がある種なので、成年直後のそれのすさまじさと負担は伝え聞いている。
「ああ、なるほど。……メイドたちに頼まなくていいのか?」
頼られるのは嬉しい。恋人の世話をするのも好きだ。だが、性差を背景に置く体調不良の介抱も含むとなるとその道のプロであり、同性でもあるメイドたちに頼った方が快適に過ごせるだろう。
しかし、サラは首を横に振った。
「貴方の気配以外がすると眠れなくなる気がするのよね。なんとなくだけれど……経験上外れない類の直感だから従っておきたくて。寝室に入れなければサポートはどれだけ受けても大丈夫。わたくし、そこまで鼻は効かないもの……って、どうされたの? 頬が緩んでいるけれど」
「ふふ……いやなに。サラがぼくだけと言ってくれたのが嬉しくてな」
ここはネクタル領だ。サラージュにとっては幼いころから慣れた従者たちも多く居る。彼女が気を張る要因など何一つない。
だというのに、自分を選んでくれた。直感だろうとなんだろうと、それはアレクシスへの信頼と甘えが形になったものだ。喜ばずにはいられない。
緩む口元を隠しもしないアレクシスに、サラージュがくすりと微笑んだ。
「あら、わたくしの愛が足りていなかったのかしら。この程度のことでそんなにお喜びになるなんて」
「この程度?」
勝気に微笑んでいるところ悪いが、どうやら価値観の相違があるらしい。
彼女らしいと言えば彼女らしいけれど、まだ認識が甘い。
「ぼくはきみをいつだって閉じ込めたくて仕方がないんだ。それが、自分から飛び込んできてくれるともなれば喜ぶ以外になにができる?」
「……閉じ込めさせるつもりはないのだけれど」
「だがぼく以外に会わないつもりなのだろう? ならば同じことだ」
「そうかしら」
「そうだとも」
常々閉じ込めて自分だけの子にできたら最高だなと思っている可愛い可愛い恋人が、一から十までアレクシスが世話を焼いて閉じ込めることを許してくれた。これを大金星と言わず何という。
期間限定ではあるし、単にはしゃいでいられない事情もある。当然心の底から心配もしている。
だが性根が愛と書いて独占欲の男である。その事実に喜ぶくらいは許されたい。
浮かれ散らかしているのを隠しもせず、アレクシスが微笑む。
「まあ、レクシアにも利があるならば、それに越したことはないのだけれど」
「利しかないから安心しておくれ、愛しい人」
アレクシスは頭の中で侍従や医者に尋ねることをリストアップしながら、その指先に口づけた。
――サラージュの月経が恒常で重いことが判明し、毎月心配しつつも嬉々として世話を焼く彼の姿が日常になっていくのは、もう少し後の話である。
布団の中に閉じこもってピクリとも動かないサラージュの青白い顔にそっと声をかける。すると、ゆるゆると伸びてきたこれまた血色の悪い手に、小指がきゅっと弱々しい力で握られる。
「んぅ……」
「うん。ありがとう。甘えてくれて嬉しい。あたたかい飲み物も持ってきたから、飲みたくなったら言っておくれ」
いつもよりも毛並みの悪い髪を撫でれば、ぱたりと手が力尽きたようにマットレスへと落ちた。
教えられた通りに、負担にならない程度の強さで彼女の腹を撫でる。アレクシスの体温は発現種の影響もあって彼女よりも幾分か高い。それが心地いいらしい。
気絶はしていないようだが、常に猛烈な眠気と鈍痛に襲われているようなので無理もない。そもそも排出のために内臓が収縮しているというのだから、仕組みが原始的にもほどがある。
(代わってやることもできないしな……)
病気ならばその原因を自分の体内に魔法で移して背負ってやるのに、と本気で思いながら、再びその青白い顔に寄り添った。
サラージュは今、月経と戦っている。
* * *
この国では初潮と精通を迎えた後、成年となるまでは男女ともに保護用の避妊魔術をかけられる。運命のつがいシステムに代表される、発現種が原因で起こる避けられない衝動を緩和しつつ、未成熟な肉体がリスクに晒されるのを避けるための措置である。
ちなみに余談だが、避妊魔術の術式自体に被術者の状態を記録する機能が組み込まれている上に、非同意の要件を満たした場合は即刻警邏に通報されるようになっている。
これを悪用して無理に事に及ばんとするものは男女問わず早々にお縄となるシステムだ。
成年の儀を終え、あとは避妊魔術を解けば大人の仲間入りというころになって、ぽつりとサラージュが呟いた。
「レクシア、一つお願いがあるのだけれど」
「きみの望みならば、なんなりと」
「たぶん、わたくしこの後寝込むと思うの。その時に貴方に面倒をみてほしくて」
「勿論いいが……どこか悪いのか?」
「いえ、副作用よ。貴方に監禁された後色々調べられたでしょう。それで生殖器まわりはヒト寄りだとわかったのよね」
未成年にかけられる避妊魔術は、行使期間が長期に及ぶため、生体を害さないよう出力を念入りに調整されているのだが、それでも一つだけ取り除けない副作用があった。
それは、術を解いてから一か月の間、極端な細胞や魔力の活発化により体に多大な負担がかかる、というものである。
症状は人それぞれで、強烈な発情期として表出する者もいれば、極端に体力が消費され寝込むものなど様々であるが――女性体で月経を持つ発現種の場合は大抵、ひどい生理痛や関連諸症状として現れるのだ。
エルフ種は月経を持たない種族だが、ヒトと造りが同じというのであればサラージュもまた月経と戦うことになるのだろう。
妹も月経がある種なので、成年直後のそれのすさまじさと負担は伝え聞いている。
「ああ、なるほど。……メイドたちに頼まなくていいのか?」
頼られるのは嬉しい。恋人の世話をするのも好きだ。だが、性差を背景に置く体調不良の介抱も含むとなるとその道のプロであり、同性でもあるメイドたちに頼った方が快適に過ごせるだろう。
しかし、サラは首を横に振った。
「貴方の気配以外がすると眠れなくなる気がするのよね。なんとなくだけれど……経験上外れない類の直感だから従っておきたくて。寝室に入れなければサポートはどれだけ受けても大丈夫。わたくし、そこまで鼻は効かないもの……って、どうされたの? 頬が緩んでいるけれど」
「ふふ……いやなに。サラがぼくだけと言ってくれたのが嬉しくてな」
ここはネクタル領だ。サラージュにとっては幼いころから慣れた従者たちも多く居る。彼女が気を張る要因など何一つない。
だというのに、自分を選んでくれた。直感だろうとなんだろうと、それはアレクシスへの信頼と甘えが形になったものだ。喜ばずにはいられない。
緩む口元を隠しもしないアレクシスに、サラージュがくすりと微笑んだ。
「あら、わたくしの愛が足りていなかったのかしら。この程度のことでそんなにお喜びになるなんて」
「この程度?」
勝気に微笑んでいるところ悪いが、どうやら価値観の相違があるらしい。
彼女らしいと言えば彼女らしいけれど、まだ認識が甘い。
「ぼくはきみをいつだって閉じ込めたくて仕方がないんだ。それが、自分から飛び込んできてくれるともなれば喜ぶ以外になにができる?」
「……閉じ込めさせるつもりはないのだけれど」
「だがぼく以外に会わないつもりなのだろう? ならば同じことだ」
「そうかしら」
「そうだとも」
常々閉じ込めて自分だけの子にできたら最高だなと思っている可愛い可愛い恋人が、一から十までアレクシスが世話を焼いて閉じ込めることを許してくれた。これを大金星と言わず何という。
期間限定ではあるし、単にはしゃいでいられない事情もある。当然心の底から心配もしている。
だが性根が愛と書いて独占欲の男である。その事実に喜ぶくらいは許されたい。
浮かれ散らかしているのを隠しもせず、アレクシスが微笑む。
「まあ、レクシアにも利があるならば、それに越したことはないのだけれど」
「利しかないから安心しておくれ、愛しい人」
アレクシスは頭の中で侍従や医者に尋ねることをリストアップしながら、その指先に口づけた。
――サラージュの月経が恒常で重いことが判明し、毎月心配しつつも嬉々として世話を焼く彼の姿が日常になっていくのは、もう少し後の話である。
0
お気に入りに追加
333
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

竜王の息子のお世話係なのですが、気付いたら正妻候補になっていました
七鳳
恋愛
竜王が治める王国で、落ちこぼれのエルフである主人公は、次代の竜王となる王子の乳母として仕えることになる。わがままで甘えん坊な彼に振り回されながらも、成長を見守る日々。しかし、王族の結婚制度が明かされるにつれ、彼女の立場は次第に変化していく。
「お前は俺のものだろ?」
次第に強まる独占欲、そして彼の真意に気づいたとき、主人公の運命は大きく動き出す。異種族の壁を超えたロマンスが紡ぐ、ほのぼのファンタジー!
※恋愛系、女主人公で書くのが初めてです。変な表現などがあったらコメント、感想で教えてください。
※全60話程度で完結の予定です。
※いいね&お気に入り登録励みになります!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?

見捨てられたのは私
梅雨の人
恋愛
急に振り出した雨の中、目の前のお二人は急ぎ足でこちらを振り返ることもなくどんどん私から離れていきます。
ただ三人で、いいえ、二人と一人で歩いていただけでございました。
ぽつぽつと振り出した雨は勢いを増してきましたのに、あなたの妻である私は一人取り残されてもそこからしばらく動くことができないのはどうしてなのでしょうか。いつものこと、いつものことなのに、いつまでたっても惨めで悲しくなるのです。
何度悲しい思いをしても、それでもあなたをお慕いしてまいりましたが、さすがにもうあきらめようかと思っております。

忌むべき番
藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」
メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。
彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。
※ 8/4 誤字修正しました。
※ なろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる