わんこ系王太子に婚約破棄を匂わせたら監禁されたので躾けます

冴西

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番外編(※記載ないものはすべて本編後です)

こうして本人公認の監禁(?)が月一で開催されることになった

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「サラ。今、触っても大丈夫か? 大丈夫なら指を掴んでおくれ。無理はしないでいいぞ」

 布団の中に閉じこもってピクリとも動かないサラージュの青白い顔にそっと声をかける。すると、ゆるゆると伸びてきたこれまた血色の悪い手に、小指がきゅっと弱々しい力で握られる。

「んぅ……」
「うん。ありがとう。甘えてくれて嬉しい。あたたかい飲み物も持ってきたから、飲みたくなったら言っておくれ」

 いつもよりも毛並みの悪い髪を撫でれば、ぱたりと手が力尽きたようにマットレスへと落ちた。
 教えられた通りに、負担にならない程度の強さで彼女の腹を撫でる。アレクシスの体温は発現種の影響もあって彼女よりも幾分か高い。それが心地いいらしい。
 気絶はしていないようだが、常に猛烈な眠気と鈍痛に襲われているようなので無理もない。そもそも排出のために内臓が収縮しているというのだから、仕組みが原始的にもほどがある。

(代わってやることもできないしな……)

 病気ならばその原因を自分の体内に魔法で移して背負ってやるのに、と本気で思いながら、再びその青白い顔に寄り添った。

 サラージュは今、月経と戦っている。

 * * *

 この国では初潮と精通を迎えた後、成年となるまでは男女ともに保護用の避妊魔術をかけられる。運命のつがいシステムに代表される、発現種が原因で起こる避けられない衝動を緩和しつつ、未成熟な肉体がリスクに晒されるのを避けるための措置である。
 ちなみに余談だが、避妊魔術の術式自体に被術者の状態を記録する機能が組み込まれている上に、非同意の要件を満たした場合は即刻警邏に通報されるようになっている。
 これを悪用して無理に事に及ばんとするものは男女問わず早々にお縄となるシステムだ。

 成年の儀を終え、あとは避妊魔術を解けば大人の仲間入りというころになって、ぽつりとサラージュが呟いた。

「レクシア、一つお願いがあるのだけれど」
「きみの望みならば、なんなりと」
「たぶん、わたくしこの後寝込むと思うの。その時に貴方に面倒をみてほしくて」
「勿論いいが……どこか悪いのか?」
「いえ、副作用よ。貴方に監禁された後色々調べられたでしょう。それで生殖器まわりはヒト寄りだとわかったのよね」

 未成年にかけられる避妊魔術は、行使期間が長期に及ぶため、生体を害さないよう出力を念入りに調整されているのだが、それでも一つだけ取り除けない副作用があった。
 それは、術を解いてから一か月の間、極端な細胞や魔力の活発化により体に多大な負担がかかる、というものである。
 症状は人それぞれで、強烈な発情期として表出する者もいれば、極端に体力が消費され寝込むものなど様々であるが――女性体で月経を持つ発現種の場合は大抵、ひどい生理痛や関連諸症状として現れるのだ。

 エルフ種は月経を持たない種族だが、ヒトと造りが同じというのであればサラージュもまた月経と戦うことになるのだろう。
 妹も月経がある種なので、成年直後のそれのすさまじさと負担は伝え聞いている。

「ああ、なるほど。……メイドたちに頼まなくていいのか?」

 頼られるのは嬉しい。恋人の世話をするのも好きだ。だが、性差を背景に置く体調不良の介抱も含むとなるとその道のプロであり、同性でもあるメイドたちに頼った方が快適に過ごせるだろう。
 しかし、サラは首を横に振った。

「貴方の気配以外がすると眠れなくなる気がするのよね。なんとなくだけれど……経験上外れない類の直感だから従っておきたくて。寝室に入れなければサポートはどれだけ受けても大丈夫。わたくし、そこまで鼻は効かないもの……って、どうされたの? 頬が緩んでいるけれど」
「ふふ……いやなに。サラがぼくだけと言ってくれたのが嬉しくてな」

 ここはネクタル領だ。サラージュにとっては幼いころから慣れた従者たちも多く居る。彼女が気を張る要因など何一つない。
 だというのに、自分を選んでくれた。直感だろうとなんだろうと、それはアレクシスへの信頼と甘えが形になったものだ。喜ばずにはいられない。
 緩む口元を隠しもしないアレクシスに、サラージュがくすりと微笑んだ。

「あら、わたくしの愛が足りていなかったのかしら。この程度のことでそんなにお喜びになるなんて」
「この程度?」

 勝気に微笑んでいるところ悪いが、どうやら価値観の相違があるらしい。
 彼女らしいと言えば彼女らしいけれど、まだ認識が甘い。

「ぼくはきみをいつだって閉じ込めたくて仕方がないんだ。それが、自分から飛び込んできてくれるともなれば喜ぶ以外になにができる?」
「……閉じ込めさせるつもりはないのだけれど」
「だがぼく以外に会わないつもりなのだろう? ならば同じことだ」
「そうかしら」
「そうだとも」

 常々閉じ込めて自分だけの子にできたら最高だなと思っている可愛い可愛い恋人が、一から十までアレクシスが世話を焼いて閉じ込めることを許してくれた。これを大金星と言わず何という。
 期間限定ではあるし、単にはしゃいでいられない事情もある。当然心の底から心配もしている。
 だが性根が愛と書いて独占欲の男である。その事実に喜ぶくらいは許されたい。
 浮かれ散らかしているのを隠しもせず、アレクシスが微笑む。

「まあ、レクシアにも利があるならば、それに越したことはないのだけれど」
「利しかないから安心しておくれ、愛しい人」

 アレクシスは頭の中で侍従や医者に尋ねることをリストアップしながら、その指先に口づけた。

 ――サラージュの月経が恒常で重いことが判明し、毎月心配しつつも嬉々として世話を焼く彼の姿が日常になっていくのは、もう少し後の話である。
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