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番外編(※記載ないものはすべて本編後です)
レン・リ・ファーレンは巻き込まれたくない
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第二王子レン・リ・ファーレンは現王の子らの中で唯一、同腹のきょうだいを持たない。
それは母が懐妊しにくい発現種であったからなのだが――出産においても母の発現種は特殊だった。衣食住すべての環境を整えない限り胎児が成長すらせず、出産できないのだ。原種としては懐妊の難易度に端を発した適応の結果なのだろうが、どれだけ発現種に影響を受けようがヒトの社会に属する身。ましてや王の妃。まさか股旅にであるわけにもいかず、かといって原種の資料はそう多くなく、父母はたいそう困り果てたらしい。
最終的に王城では条件が満たせなかった母は、なんとか水があった東のネクタル領に一時移り住むこととなった。これに関してはだいぶネクタルの怪エルフもとい夜闇の貴婦人の助力があったそうなのだが、詳しくは知らない。
――なにはともあれ、そうしてレン・リ・ファーレンの産土はネクタル領と定まった。
おまけに産声を上げたのがサラージュと同日同刻であったというから、縁が複雑怪奇に絡んでいる。
そんなわけで、同腹のきょうだいこそいないもののサラージュという乳兄妹を得たレンは、一定年齢まで双子のように育つことになったのだった。
* * *
こんな運命とも言い換えることができなくもないガッチガチの縁で結ばれた二人ともなれば、幼いころになにか甘酸っぱいエピソードの一つでもありそうなものだが――結論から言おう。
欠片もなかった。
けして相性が悪いわけではない。
揺籃を共有した相手であり、どちらも幼子ながらに頭の回転がよく周囲を観察する子供となれば、お互い気安い間柄ではある。
だが、同じ乳母やの乳を吸った時分からの付き合いな似た者同士ともなると、これはもう違う胎から生まれただけの双子の片割れとか、たまたま異性に生まれたもう一人の自分とか、そんな具合の認識に仕上がるのも至極当然と言えた。
もしも三歳の誕生日にサラージュが砂糖菓子の女の子から剛力の女騎士へのジョブチェンジを果たしていなかったとしても、精々手合わせをしない程度の違いしか生まれないだろうな、とお互いなんとなく察している程度には、レンとサラージュはお互い毛ほども魅力を感じたことがない。
まあようするにタイプじゃないという話である。
なのでまあ、お互いに婚約者ができた時は素直に祝福したし、何か拗れた時には遠回しながらに応援したりもした。
その裏にそれぞれが一番苦しんだ時期に何もしなかったことへの罪悪感がないといったら嘘になるが、お互いの欠陥をよくよく理解しているが故の「こいつあの人逃がしたらろくな死に方しないな」という感情の方がよっぽど大きい。
だが、レンは今背を押してやったことを後悔している。
――巻き込まれるくらいなら、破談させてやればよかったな、こいつら、と。
「サラの裸を見たことがあるとは本当か!?」
「チビの頃の話だろうが。大体そいつを抱こうと思った事なんざ一度もない。俺を巻き込むな」
ネクタル領に里帰りした途端、兄に絡まれた。
思わずドスの利いた声が出た。
お互い凹凸もないころ、悪戯好きのセルジェのせいで泥だらけになり、乳母やに丸洗いされただけの話だ。あれを裸だの浮気だのと換算されてたまるか。
「こんなにかわいいサラに反応したことないのか!?」
「個人差を知れ。貴方にとっては宝石だろうと俺には石ころだ」
「奇遇ね。わたくしもレンのことは石にしか見えないわ」
「お前は兄上を止めろ」
前から知っていたが、兄はどうにもサラージュのこととなると常識が脳みそから落ちていくようだ。反応したことがあったらあったで面倒なことになっていただろう。
諦めきってこちらに同調してきたサラージュを半眼で睨み、ため息をつく。
「だいたい兄上、嫉妬しなくなったんじゃなかったのか」
「あら、そういえばそうね」
「ん? しているぞ。取り乱さなくなっただけだ」
今も。と付け足して兄が微笑み、サラージュの頬に手を伸ばす。頬の感触を楽しむようにするりと指が這ったかと思うと、唇をやわく押し上げるように撫であげる。
いや、弟の目の前で醸し出す雰囲気ではない。やめろ。巻き込むな。閨でやれ。
「サラがぼくを愛してくれている限りは、爆発させないように気を付けている」
これまで見せていた理想の笑みではない、どろりとした欲望が眦から滴り落ちるようなそれに、傍からみているだけで胸やけがしそうだ。
兄のこんな表情というだけでも気まずさが途方もないというのに、相手が乳兄妹であるというのが笑えない。
今さら何をと言われるかもしれないが、その事実を知っていることと目の前で見せつけられるのはまるで違う。
(次、ネクタル領に帰ってくるときはあの子も連れて来るか……)
脳裏に愛しい婚約者の顔を思い浮かべ、レンは頷く。
可愛いあの子を吸ってなきゃやってらんねえとでも言わんばかりの、疲れ切った顔だった。
それは母が懐妊しにくい発現種であったからなのだが――出産においても母の発現種は特殊だった。衣食住すべての環境を整えない限り胎児が成長すらせず、出産できないのだ。原種としては懐妊の難易度に端を発した適応の結果なのだろうが、どれだけ発現種に影響を受けようがヒトの社会に属する身。ましてや王の妃。まさか股旅にであるわけにもいかず、かといって原種の資料はそう多くなく、父母はたいそう困り果てたらしい。
最終的に王城では条件が満たせなかった母は、なんとか水があった東のネクタル領に一時移り住むこととなった。これに関してはだいぶネクタルの怪エルフもとい夜闇の貴婦人の助力があったそうなのだが、詳しくは知らない。
――なにはともあれ、そうしてレン・リ・ファーレンの産土はネクタル領と定まった。
おまけに産声を上げたのがサラージュと同日同刻であったというから、縁が複雑怪奇に絡んでいる。
そんなわけで、同腹のきょうだいこそいないもののサラージュという乳兄妹を得たレンは、一定年齢まで双子のように育つことになったのだった。
* * *
こんな運命とも言い換えることができなくもないガッチガチの縁で結ばれた二人ともなれば、幼いころになにか甘酸っぱいエピソードの一つでもありそうなものだが――結論から言おう。
欠片もなかった。
けして相性が悪いわけではない。
揺籃を共有した相手であり、どちらも幼子ながらに頭の回転がよく周囲を観察する子供となれば、お互い気安い間柄ではある。
だが、同じ乳母やの乳を吸った時分からの付き合いな似た者同士ともなると、これはもう違う胎から生まれただけの双子の片割れとか、たまたま異性に生まれたもう一人の自分とか、そんな具合の認識に仕上がるのも至極当然と言えた。
もしも三歳の誕生日にサラージュが砂糖菓子の女の子から剛力の女騎士へのジョブチェンジを果たしていなかったとしても、精々手合わせをしない程度の違いしか生まれないだろうな、とお互いなんとなく察している程度には、レンとサラージュはお互い毛ほども魅力を感じたことがない。
まあようするにタイプじゃないという話である。
なのでまあ、お互いに婚約者ができた時は素直に祝福したし、何か拗れた時には遠回しながらに応援したりもした。
その裏にそれぞれが一番苦しんだ時期に何もしなかったことへの罪悪感がないといったら嘘になるが、お互いの欠陥をよくよく理解しているが故の「こいつあの人逃がしたらろくな死に方しないな」という感情の方がよっぽど大きい。
だが、レンは今背を押してやったことを後悔している。
――巻き込まれるくらいなら、破談させてやればよかったな、こいつら、と。
「サラの裸を見たことがあるとは本当か!?」
「チビの頃の話だろうが。大体そいつを抱こうと思った事なんざ一度もない。俺を巻き込むな」
ネクタル領に里帰りした途端、兄に絡まれた。
思わずドスの利いた声が出た。
お互い凹凸もないころ、悪戯好きのセルジェのせいで泥だらけになり、乳母やに丸洗いされただけの話だ。あれを裸だの浮気だのと換算されてたまるか。
「こんなにかわいいサラに反応したことないのか!?」
「個人差を知れ。貴方にとっては宝石だろうと俺には石ころだ」
「奇遇ね。わたくしもレンのことは石にしか見えないわ」
「お前は兄上を止めろ」
前から知っていたが、兄はどうにもサラージュのこととなると常識が脳みそから落ちていくようだ。反応したことがあったらあったで面倒なことになっていただろう。
諦めきってこちらに同調してきたサラージュを半眼で睨み、ため息をつく。
「だいたい兄上、嫉妬しなくなったんじゃなかったのか」
「あら、そういえばそうね」
「ん? しているぞ。取り乱さなくなっただけだ」
今も。と付け足して兄が微笑み、サラージュの頬に手を伸ばす。頬の感触を楽しむようにするりと指が這ったかと思うと、唇をやわく押し上げるように撫であげる。
いや、弟の目の前で醸し出す雰囲気ではない。やめろ。巻き込むな。閨でやれ。
「サラがぼくを愛してくれている限りは、爆発させないように気を付けている」
これまで見せていた理想の笑みではない、どろりとした欲望が眦から滴り落ちるようなそれに、傍からみているだけで胸やけがしそうだ。
兄のこんな表情というだけでも気まずさが途方もないというのに、相手が乳兄妹であるというのが笑えない。
今さら何をと言われるかもしれないが、その事実を知っていることと目の前で見せつけられるのはまるで違う。
(次、ネクタル領に帰ってくるときはあの子も連れて来るか……)
脳裏に愛しい婚約者の顔を思い浮かべ、レンは頷く。
可愛いあの子を吸ってなきゃやってらんねえとでも言わんばかりの、疲れ切った顔だった。
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