わんこ系王太子に婚約破棄を匂わせたら監禁されたので躾けます

冴西

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番外編(※記載ないものはすべて本編後です)

本編をぶちこわしそうで出禁になった従者ズVS(?)アレクシス

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「オレは絶対認めないからなー!! このポンコツヘッポコ元王太子野郎ー!!」

 ある日、ネクタル領で盛大な叫びが響き渡った。

「ざ、ザイン。王子様にそれは、さすがにダメだよぉ……っ!! リルもやだけどー!!」
「ええっと……?」

 突然現れなにやら盛大に騒ぎ始めた二人組に、アレクシスは目を瞬かせた。
 執事服の少年と、メイド服の少女だ。
 最初に叫んだのは、執事服を着こんだ少年。アレクシスより確実に五歳ほど若く見えるが、見習いだろうか。少女の方も似たような背格好をしている。そして少年を注意しているように見えて普通に賛同している。
 サラージュに関して色々やらかした自覚はあるので罰する気も特にないが、見るからに使用人身分の少年少女にしては勇気があるというか、なんというか。
 思わず隣の恋人を見やれば、頭痛に耐えるように頭に手をやりながらうなだれているサラージュがいた。

「ごめんなさいレクシア。うちの子たち、ちょっとネジが外れているの……」

 蚊の鳴くような声に、よしよしと月白色の頭を撫でる。
 なるほど、問題児か。
 王宮にはまずいない――居たら即刻職を解かれる――手合いに、困惑よりもわずかに好奇心が勝った。
 なにせ、こうも面と向かって吠えてくる子供などアレクシスにとっては未知数にも程がある存在だ。辛辣の極みのような弟は吠えるのではなく真正面から刺してくるし、一つ違いなのでここまで体格差が生まれたこともない。
 正直に言って、小動物が懸命に威嚇しているようで少し和む。

 あと誰が何と言おうとサラージュはアレクシスの恋人なので痛くもかゆくもない。

「あるじあるじ! 嘘ですよね!? こいつに本当に惚れたなんて嘘ですよね!?」
「サラージュ様サラージュ様ぁ……! なんでアレクシス様なんですか!? もっと冷静でカッコいい人か大人っぽい人の方が似合いますよぅ……! でもできればずっとリル達だけのあるじ様でいてくださると嬉しいですぅ……!!」

 ちょこまかとサラージュの周りを小動物たちが動き回る。そこでようやくサラージュは姿勢を正した。
 すっと冷えた眼差しも美しく、胸が高鳴る。
 横でちょっときゅんとしているアレクシスのことなど露知らず、女主人は口を開いた。

「ザインは言葉遣い、リルは内容で双方減点。侍従長たちにお仕置きしてくれるよう頼んでおくわね」
「どうして!?」「そんなあ!!!!」
「どうしても何もない。害をなされたわけでもないのに他者に無礼を働けば罰則を受けるのは至極当然でしょう」
「だって」
「サラ。ぼくは気にしていないから、あまりひどく叱らないでやってくれ」

 躾けられるのは自分だけでいいとか思っていない。まったく。これっぽっちも。
 こちらを向いたベリー色の瞳に微笑みかけるが、サラージュは硬い表情のままゆるりと首を左右に振った。

「レクシアが優しいのを評価していますが甘いのは話が別よ。この子たちはヒト社会に馴染めていないから厳しくしないといけないのです」
「ん……?」

 ヒト社会。
 限りなく素人類プレーンに近い見た目の少年と、わかりやすくうさぎの耳が生えた少女。どちらも市井にありふれた容姿で未開の地のにおいなども特にしないが、そんなに社会に馴染めない原因でもあるのだろうか。

 首を傾げたアレクシスに、少年が鼻で笑う。

「ハッ どうやら『元』王太子殿下は御存じないようで」
「ザイン。……そういえば、レクシアには紹介がまだでしたね。男の子の方はザイン。名字はありません。ドラゴンなので。女の子の方はリル・ララン。うさぎの獣人種ですが諸事情あって武器への変化ができます。どちらもわたくしが引き取るまでヒトの世に組み込まれていなかったもので、常識や礼儀を教え込んでいる最中ですの」

 水を高地から流すようにさらりと告げられたが、とんでもない言葉が混ざっていなかったか。

 ドラゴン。ドラゴンの発現者は現在確認されていない。ヒトと交わることを疎むものが大半を占めるだからだ。そして、純正のドラゴンは半人半竜の姿は持たない為、ヒト型になる場合は大昔に彼らが見た素人類プレーンそっくりに化けるのだという。ザインと呼ばれた少年は体表に素人類プレーン以外の特徴を有していない。
 なにより、サラージュがアレクシスをこの場で謀る意味がない。

 武器への変化ができる、というのはいまいち理解が及ばないが――ドラゴンと、武器。この組み合わせには思い当たるものがある。
 目の前の恋人は、竜を駆り火器で敵を屠る竜騎士である。

「サラ、もしかしてこの子たち……」
「ええ。この子たちがわたくしが竜騎士として戦地に赴く際の乗騎竜と武器です」

 恋人が装備していたものの正体に思わずめまいがする。
 正直ちょっとこの子供たちが羨ましくなってきた。だって、彼らはアレクシスが共にいてやれない場所で彼女と共に在れるのだ。
 ちりりと悋気がくすぶったのを目の奥に見たのか、ザインとリルが揃ってにやりと口角を上げる。

「あるじを真に守れるのはオレたちってお分かりになりましたァ? 『元』王太子殿下」
「お城で帰りを待つだけのアレクシス様は知らない、サラージュ様のとっておき艶姿をリルたちこそが一番近くで見てきたんですぅ! 青二才は一昨日きやがれ! ですよぉ!」
「おまえたち!」

 きゃらきゃらと笑う声はひどく自慢げだ。
 サラージュの戦う姿を間近で見たことはない。根本的な闘争心に欠けていると散々剣術の師にも指摘されている身であるので、おそらく今後も見る機会はないだろう。
 よく手合わせをするらしい弟をはじめとして、戦場での彼女を見たことがある者たちが口を揃えて、『戦場で戦うサラージュこそが一番美しい』と言うので、気にならないと言ったら嘘になる。

(――でも、ぼくは多分、もっと美しいサラを知っている)

 ちらりと、ライトグリーンの瞳が動いた。その視線はサラージュの首に――己が噛みついた傷痕を真っすぐに見つめる。己の独占欲の成れの果てともいえる、醜い首輪を彼女にかけたあの日を思い出す。
 月白の髪と血の赤はたしかに美しいコントラストを描いていた。反射的に向けたのだろう警戒の眼差しも、その後追ってきたときの狩人の瞳も、どれも高潔な麗しさを携えていた。
 きっとあれらを足し合わせ、さらに苛烈にした様が彼女の戦場での華なのだろう。苛烈なそれが心を穿つことにも納得はできる。
 だが、アレクシス好みの美しさではない。

 彼女には鮮血よりも照れて上気した頬の赤の方がずっと似合う。

「ふふ、愛されているな、サラは」
「レクシア?」

 突然微笑ましいと言わんばかりの声を零したアレクシスを、サラージュが驚いた顔で振り返る。

「いやなに、戦場にサラが行くのは心配だが、こんなにも頼もしい脇侍がいるなら。と思って」

 そう思えば、くすぶったはずの悋気はするりと融け去った。あとに残るのはわずかな優越感とたしかな頼もしさだけだ。
 自分はサラージュを日常と生存に繋ぎとめる楔であって戦場に赴くことは出来ない。なれば、こうも彼女を慕うものが戦場で二人も傍にいることは好ましさが勝る。

 さて、アレクシスは近頃は悋気の勝るところが目立つ青年であったが、元来役割分担には躊躇がないタイプだ。そして、人たらしの才能があるのは王のお墨付きである。

 噂されがちな立ち位置であるというのに、多少の失態は笑って愛されてしまう『王子様』。
 老練な官僚にも効くその笑みを真正面から人間一年生が喰らえば――まあ、効果はお察しというものだろう。

「――ッぐぅ……!!」
「こんなのでほだされたりしない……しないんだからぁ……!」

 奥歯を噛み砕かんほどの形相だがどちらもその顔は首まで真っ赤になっている上に、ザインは影が踊っているわリルはその場でちょっと飛び跳ねているわで、喜ぶときにしがちな癖が前面に出ている。サラージュが褒めると武器として奮起しがちなのでこうはいかない。
 あと二、三回褒めればすっかりほだされてしまいそうだ。
 そんな従者と恋人の様子を眺めながら、サラージュはぽつりと呟いた。

「……この子たちの情操教育、レクシアにまかせたら上手くいくんじゃないかしら」

 この思い付きが発端となってアレクシスの意外な才能が発見されるのは、また別のお話。
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