わんこ系王太子に婚約破棄を匂わせたら監禁されたので躾けます

冴西

文字の大きさ
上 下
27 / 43

27.アレクシスの星乙女

しおりを挟む
 その日は新月で、極北に輝く星が一等綺麗に見える夜だった。
 不眠症気味だったぼくは強制的に入眠効果のある魔法香で眠りに落とされるのが日課になっていて、その日も早々に寝台の中に押し込まれ、香りに促されるまま眠ろうとしていた。

 けれど、ぼくの意識が落ちることはなかった。
 ドクンと強く波打った心臓に、叩き起こされたからだ。

「――また、この感じ」

 東の空。今はとっくりと暗い夜の中に目を凝らす。
 何も見えない。けれど、気のせいと断ずるにはあまりにも強烈な思慕がぼくの胸を突いた。
 いかに狼人と言えど、ぽつりぽつりと灯された街灯だけを頼りにはたどり着けないほど遠いところ。きっと太陽が昇ったとしても視認するには難があるだろうほどに、遥か彼方。

「どうしたの。なにがつらいの」

 姿の見えない『あなた』が泣いている。
 名前も知らない。声も知らない。香りも、もちろん顔も。性別も、歳も、なにもわからない。

 それでも、その暗闇の先にいるその子が苦しんでいることだけは手に取るようにわかった。
 ――その子が、ぼくの『運命』なのだと、本能が叫んだ。

 ぼくのあなた。
 掛け替えのないあなた。
 魂の片割れたる、たった一人。

「泣かないで。泣くなら、ぼくの腕の中でだけにして」

 届くはずもない懇願を宙に歌う。
 そんな滑稽な自分を、幼いながらに聡明なヒトとしての自分が嗤った。
 見ず知らずの、誰とも知らぬもののために眠れなくなるなど愚か極まりない。お前は王の子だ。やがては民草のために生きねばならぬものだ。本能の一つ御せずどうするのか。

(わかっているよ。煩いな。別にいいだろう、想うくらい)

 ――この恋が叶うとは思っていない。
 致命的なまでに相性のいい相手である『運命の番』、それを迎え入れることの出来る確率の低さくらい理解している。
 父ようなハレム型であればまだしも、自分はおそらく一人しか愛せないタチだ。『運命』にこだわって他を跳ね除け続けられる期間はそう長くない。だが、一度こだわってしまえばきっとそれ以外見えなくなる。
 そうなれば、国は傾くだろう。
 それは望むところではない。ぼくは国を維持するために生まれたのだから。
 正直、向いているとは思えないけれど。そう生まれついてしまったのだから、仕方ない。

 だからせめて、幼い初恋くらいは楽しんだっていいだろう。虚像の相手だ。手が届くはずもない星への恋だ。
 そう、思っていたのに。

「――きみが、サラージュ?」

 ぼくの星は、突然像を結んでこの手が届く場所に落ちてきた。

 辺境伯の第三子にして長女。気高きエルフ種の末代。幼いながらに騎士としての鍛錬を積み、貴族令嬢としての基礎レッスンは当然習得済み。当人の頭脳も悪くなく、性格も実直。
 おまけに、辺境伯は父の親友だ。

 おあつらえ向きにも程がある。『運命』というのは相性だけじゃなかったのかと疑うほどに、王の子が手を伸ばすことを戸惑わずに済むものばかりで彼女は織られていた。
 それどころか。

(は? 可愛すぎない??)

 作り慣れた王子様の顔が思わず崩れかけるほど、サラージュぼくの運命はとんでもなく愛らしかった。『運命』のひいき目とかではなく、ただの事実として。

 肩口よりも上で切りそろえられた月白色の髪は貴族令嬢としては見慣れない長さだが、よく手入れされているおかげもあって軽やかに風に揺れては光を弾いて煌めく。可愛い。
 ぱっちりとした目は辺境伯と同じ色のはずだが、より不思議な赤色をしている。薔薇とベリーを朝焼けの空の下で煮詰めたらこんな色になるに違いない。可愛い。
 幼さを残す頬は柔らかそうで、騎士見習いとしての鍛錬を思えば相当に日光に当たっているはずなのに不思議と星明りのように透き通っている。可愛い。
 エルフ種の特徴であるしゅっと顔の横に伸びる長い耳も可愛い。感情が耳に出やすい体質なのだろう。こちらが少し褒めるとほんのり血色が透けてぴるぴると震える。可愛い。
 小さな唇も、つんと上向いた鼻も、緊張したようにきゅっと寄った眉も、どこもかしこも一級の職人が仕上げたように丁寧な造りをしている。それでいて小動物めいた生気がそこかしこに満ちているものだから一挙手一投足がずぐんと心臓を穿つくらいに可愛い。

 母親が親世代を虜にした傾国の美姫であることは聞き及んでいたけれど、それにしたってびっくりするほど可愛い。平静を装った顔の下で語彙が死滅するくらいに可愛かった。たぶん『運命』じゃなくても一目惚れしていたに違いない。そう確信できるくらいに幼いころからとんでもない美少女として完成されていた。

(あ、これ囲い込まなきゃ駄目だな)

 決断するのは早かった。
 こんなにも美しく愛らしい子だ。放っておいたらどこぞの馬の骨が寄ってくるに違いない。騎士団だって今は幼さと領主の娘という二点で『可愛い俺たちのお嬢さん』みたいな顔している連中ばかりだが、成長期に入るころには同年代も増えるだろう。そうなれば巷で流行っている恋愛小説めいた出会いもぐんと増えるはずだ。
 だから、まだ誰も彼もが微笑ましく思うだろう今のうちに、ぼくのものとして周知することにした。

 星のような君を穢すことになろうとも、欲する心を抑えることができなかった。
 今思えば、ひどく幼く自分勝手で、傲慢で、小賢しい行いだった。

 愛されなくても当然だ。
 サラージュの忠義心に付け込んで、断れない状況を作ったのだから。彼女は優しいから、ぼくを愛していると言ってくれるけれど――その目に熱が灯ったことは一度だってなかった。
 そんなことは、望んではいけないはずだった。

 なのに、どうして。

 どうして、今。
 きみの目に熱が見えるのだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...