玉の天意・大奥大乱の巻

仮面の雪影

文字の大きさ
上 下
28 / 71

【第二章】宿命の出会い(三)

しおりを挟む
 食事の後は、神田川沿いを二人でゆく。ちょうど夏祭りがおこなわれ、花火が打ち上げられていた。
「そなたの仕えている主人というのは、どういう人間だ?」
 新三郎は、ほろ酔い気味の顔でたずねた。
「女だ。美しく教養もあり、気品もある。一生仕えるに値打ちのある人だと思っている。ただ、昔ある人物にいわれたことがある。所詮、私はその人の引き立て役にすぎないと……」
 その時、花火がまるで江戸の夜をいろどるかのようにうちあげられた。
「きれい……」
 玉は思わず驚嘆の声をあげた。そしてひと昔前、戸田邸でお万と花火を楽しんでいた時のことを思い出した。わずか数年前なのに、はるか遠い昔のように感じられた。
「そなたはどう思う? やはり己を、そなたの主の引き立て役にすぎぬと思うか?」
 新三郎は立ち上がったが、足元がおぼつかない。玉が支えようとしたが、その時事件はおこった。突如として、新三郎は玉の体に重心をかけてきて、そのまま馬乗りになったのである。
「何をする!」
「どうじゃ、そなたわしの妾にならぬか? 浪人をよそおってはいるが、これでもれっきとした旗本の跡取りじゃ。余もとにくれば、そなたも引き立て役どころか、相応の身分になれるぞ。
 次の瞬間、鈍い音と共に、平手打ちが新三郎の顔にあびせられた。
「失礼した。無理にとはいわぬ」
 と新三郎はあっさりと引き下がった。玉は自由の身になると、新三郎に背を向けて半ば露わになった胸を必死に隠す。
「とにかく今日は楽しませてもらった。玉よ、もしまたわしに会いたければ、先ほどの店に末尾に五がつく日に、同じ刻限に来るがよい。まあわしはこれで忙しい身であるから、必ず会えるとはかぎらんがな。そなたのことは店の者に申しておくので、新三郎と親しい者だと告げれば、金など払わずともうまい物を食うことができるぞ」
 それだけいうと新三郎は、夜の闇に小走りに姿を消した。もちろん玉はこの時は知るよしもなかった。浪人山中新三郎が、実は身分を隠して町をうろついていた将軍家光であることを……。

 さてお蘭は春日局の部屋子から、ようやく御三の間に昇進した。御三の間というのは、将軍御台所やお年寄りの部屋の清掃、湯水の運搬などをつかさどる役職である。お目見え以下の身分では最高位で、一種のエリートコースである。やがてこのお蘭が、手ごわい敵としてお万や玉の前に立ちはだかるのだった。





 


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:105,947pt お気に入り:2,247

生意気でsteadyな悪戯。

S
恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:198pt お気に入り:117

十時十分、十字路で。

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:44

視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:38

三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:47

無能なので辞めさせていただきます!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:24

臨床検査技師の『はるか』です!

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:1,841

俺の愉しい学園生活

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:64

処理中です...