玉の天意・大奥大乱の巻

仮面の雪影

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【第二章】玉と蘭(二)

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   やがて万の病の快癒の祝いのため、蘭が訪ねてきた。両者はしばしとりとめのない話しをして、冗談を言いあったりしたが、いずれも目は笑っていなかった。
 この時、蘭は万に対して豪華な化粧道具をプレゼントする。一つ一つの道具には唐草に橋や五三桐、蝶の文様などが凝らされ、黒漆がぬられていた。
 一方の万もまた、蘭に対し饅頭や羊羹それにお茶の葉を贈呈した。しかし万は気づいていなかった。玉が密かにに菓子の中に、例の浪人新三郎からもらった六香仙を入れていたことを……。
 そして事件は数日の後、蘭が徳川の菩提寺である上野寛永寺に参詣におもむいた日におきた。

 蘭は、自らの長局の部屋に戻って驚愕する。部屋は家財道具一式が散乱し、形をとどめず、障子もぼろぼろになっていた。辺りには本などもちらかっており、まるで大地震でも来た後のようである。
「何事があったのです!」
 なんと蘭がいない間に、蘭の部屋方の者同士が、つかみ合いの喧嘩をしたというのである。喧嘩の理由は、本当に人を化かすのは狐であるか、狸であるかということだったらしい。
「そんなつまらないことで、ここまでの大喧嘩をしたというのですか?」
 あまりのことに蘭は、もしや狐に化かされているのは、己ではあるまいかとしばし疑ったほどである。喧嘩をした二人の部屋方の者は、一方は着ていた小袖がやぶれ、半ば肌がむきだしになっていた。一方も髪をふり乱し、顔も真っ青だった。 しかし異変はそれだけではなかった。
 
 その夜、蘭は一人寝床から起きて、ふらふらふらふらと部屋の外へ歩いていった。それに気づいた部屋方の者も、恐らく厠(トイレ)であろうとさして気にもとめなかった。
 蘭はこの時、夢うつつに何者かの声を聞いていた。最初は錯覚であろうと思った。しかし声は次第に大きくなる。ついには声に導かれるよう、部屋の外にとびだした。
「吉次様、吉次様ではありませんか!」
 蘭はかって愛した男の姿を追いかけた。やがてその姿においつくと、その場に転倒させてしまう。
「吉次様、もう放しませぬ。次に裏切ったら、その時は承知いたしませぬぞ」
 しかし、それは吉次ではなかった。大奥で終日火の気に目を光らせる「火の番」という、お目見え以下の者だった。もちろん女である。
 あの蘭が乱心した。男の名を呼びながら火の番の者に抱きついた。この噂もたちまち大奥中に広まることとなる。
 
 


 



 
 
 
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