玉の天意・大奥大乱の巻

仮面の雪影

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【第一章】白蛇の化身(一)

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 さて玉が十一歳、満子が十四歳になった年のことである。満子は玉と共に、母の妙子の実家戸田家での七夕の会に招かれた。夕食では鮎の塩焼き、鱧寿司、鱧の吸い物などの京料理を楽しみ、その後は花火を楽しんだ。
「今宵は織姫さんと彦星さんが、年に一度顔を合わせる日であらっしゃりますなあ」
 と三十六歳の妙子は、年がいものなく、顔を赤らめながらいった。
「けんど織姫さんも彦星はんも、一年も会わずにいたら、他に好きな人ができたりせんのやろうか?」
 満子と共に花火を楽しんでいた玉が、ふと顔をあげていった。
 妙子は思わず閉口した。十一歳にしてはずいぶんとませていると思った。恐らく母親の影響であろうか?
 すると、蝶の図柄が入った浴衣を着た満子が立ち上がった。
「うちは子供のころから、うちだけの彦星様の夢をよう見る」
 と何やら真顔でいった。
「そしてうちはその方と一緒に、御殿のような屋敷に住んでおるんや」
「まあ、それで相手はどういう方?」
「それが、うちと全然年が違う老けた殿方なんよ。それでいて、考えることといったらまるで子供やった。しかも時々癇癪をおこして刀を振り回すんや。ほんま面倒といったら……」
 妙子はまたしても閉口した。もちろん一体何を意味するのか、妙子にはわからない。満子自身にも、この時はまだわからなかった。

 その日、妙子は実家泊りであった。玉と満子だけが六條家にもどることとなった。ところがその帰り道事件はおこる。
 鴨川のほとりで、玉は簪を川に落としてしまった。拾おうとして手をのばしたところ、そのまま川に転落してしまう。
 玉は泳げない。満子が必死に手をさしのべるも、無常にも後わずかとどかず、玉は急流に流されていってしまう。やむなく満子も川に飛びこむも、実は満子も泳げなかった。
 その翌日明け方のことである。近在の百姓が、下流にうちあげられている二人の姿を発見する。
「これは? もう死んでおるのかな?」
 二人ともずぶぬれで、長い髪をふり乱し、浴衣の下から素肌が透けて見えていた。百姓は浴場にかられたのか、まず満子の浴衣から胸に手を通す。次に玉の太腿をまさぐってみようともした。ところがその時、異変がおきた。
 突如水柱があがったかと思うと、百姓の前に姿をあらわしたのは、二匹の巨大な白蛇だった。いずれも恐らく四メートルはあるだろう。百姓は恐れて、悲鳴をあげて逃げ去ってしまう。
 しばしの間、岩陰から様子を見守ると、そこにはすでに白蛇はいなかった。代わりに、この世のものとも思えないほど肌の透き通った、二人の若い女が立っていた。直感的に百姓は、二人が蛇の精霊であることを察した。
「姉さん、一体どうしたらいいかしらこの二人? いっそのこと丸のみにしてしまいましょか?」
 妹のほうが、牙をむきだしにし、眼光に獣だけがもつ魔性をにじませながらいった。
「いや、我らとて人の体を借りねば、あと数年しか魂を保てない身。ちょうどいい、この者たちの体を借りるとしよう」
 そういってこの妖しい姉妹は蛇の姿と化し、玉と満子の全身にまとわりつき、やがてその姿を消した。

 結局、玉と満子は奇跡的に命をながらえることとなった。そしてこの事件以後、命の恩人と思い違いして、玉の満子を見る目がかわった。いたずらも、ほとんど影を潜めることとなる。
 やがて満子は十五、玉は十二になる。成長するにつれ、満子は美貌の片りん徐々にではあるがのぞかせることとなる。まさに白蛇が憑依したかのような、透き通った、男を魅惑せずにはいられない美貌だった。
 玉もまた絶世の美女であったといわれるが、どうも後年の徳川幕府の資料にでてくる玉の容姿については、信憑性がとぼしいようである。後年女嫌いの家光の心を、瞬時にして射止めた満子に比べ、玉はそれほどでもなかったのかもしれない。
 行儀作法や琴や三味線などの稽古でも、玉は満子に及ばなかった。愚鈍と思われた満子は、成長するにつれ、隠された才能を開花しはじめる。

 そして満子と玉にとり運命の寛永十六年(一六三九)をむかえる。玉は十三歳、満子は十六歳になり平安だった両者の人生は、この一年で激変するのである。
 
 

 
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