ダーク・プリンセス

ノリック

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「始まり、そして旅立ち」1

ミシェル7

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「ふうっ」

ニッシュとの電話を終えると、私は〈電話〉を机に置いて、またベッドに座り込んだ。

(―――ずいぶん、はしゃいだわね……十七歳の女の子って、こんなものかな……)

私はベッドに座ったまま、ちょっと考え込んだ。レイピア術は好きだけれど、人生の自由な時間の大半をレイピア術に注ぎ込んできた私は〈普通の女の子〉を少し想像で捉えているところがある。――まぁ私は、自分は普通だとは思っているけれど……。

「――さぁ、デートの準備をしないと―――ふふ、朝ご飯、食べなきゃね!」

私はニッシュとの会話を思い出しながら、朝ご飯を食べるために一階へ下りようとドアを開けた。そこには、

「――!―――ちょっと、何してるの!!ビル!」

ビルがいた。ビルは(しまった!逃げ遅れた!!)という顔をしたけれど、でもすぐにからかうようにして喋りだした。

「いや、ちょっと気になってさ―――でも姉ちゃんとニッシュ、なんかいい感じで盛り上がってたんじゃない?」

「って、コラ!!どこから聞いてたの!―――まったく、油断も隙もないんだから!」

「デートのプランは、ニッシュが考えてくるんだったな。さっきのデートプラン、けっこういいプランっぽかったけど。ニッシュ、なんか言葉に詰まってたな。怪しいなぁ、大丈夫かなぁ」

「何言ってるの、ビル!しかも、あなた、普段の会話まで盗み聞きしてるわね!!」

人が怒っているというのに、ビルは平然と私のプライベートに侵入してくる。まったくこの子は……

「姉ちゃん、まぁ、まぁ。抑えて抑えて――ところでよう、今日は何時位に帰ってくるんだ?俺さぁ、今日は姉ちゃんとレイピア術の鍛錬ができないから、学校のレイピア術部のやつらと学校の武術館で稽古付けようと思ってさ。だから今日は遅くなるんだよな」

「ビル、話を摩り替えたわね―――もう、しょうがない子ね……ところで、中等学校のレイピア部は、休日の稽古は付けてなかったと思ったけれど?」

「俺が、学校に休日も稽古付けてもらえるように頼み込んだ」

「へぇ、ずいぶんと熱心ね……でもビル、休日に私と稽古付けてるときと、家から大会に出るとき、そのときはどうしてるの?」

「そのときは、学校の友達に、皆で協力して頑張ってもらうよう説得した」

「あら、そこまでしたのね。それはそれで感心するわ。ビルあなた、レイピア部の部長になった方が良かったんじゃないの?」

「うるさいな。俺は家の道場があるから、副部長ってことで納得したんだよ。姉ちゃんだって部長じゃなく副部長だったんだろ?」

「まぁ、それはそうね……でも私は、そこまでやったら疲れちゃうわ」

「――ってよぉ、そんなことより、今日は何時位に帰ってくるんだ?夕飯は食べてくるか、家で食べるのか、母さんに聞いてくるように言われたからよう」

「―――そうね、考えてなかったわ――ニッシュに全部任せることにしてたからな―――まぁ、何かあったら〈電話〉で何とかなるでしょう」

「……まぁ、それもそうだな」

私も普段使っている〈電話〉は、最近開発された超小型の通信ツール。発売してからあっという間に大ヒットした優れものである。家庭にある電話よりずっと小さくて、通話をするにはとても使いやすい。だけれど、文章を手紙にして送る機能もあるのだけれど、消しゴム並みに小さくてちょっと使いづらいし、生産メーカーでなんとかっていう名前もあるのだけれど、使用者のほとんどが通話機能をよく使うので、みんな単に〈電話〉と呼んでいる。

「父さんと母さんは、今日は日曜日だけれど、何してるって?」

「母さんは今日は本を読んで、テレビドラマを見て紅茶を飲んで……優雅に過ごしてるってさ――父さんは、今日は俺の稽古は付けないで、塾生も呼ばないで、一人で鍛錬と――余った時間に、〈機械いじり〉するってよ……姉ちゃんとニッシュのデートが、相当利いてんじゃないの?」

母は学生時代から本を読むのが好きである。本なら何でも読むのだけれど、特に小説や物語を好んで読む。その影響か、最近では「この頃のドラマって、よく出来てて面白いわぁ」と言って、テレビドラマもよく見るようになった。根っからの物語好きである。

父は家でやっている道場で、父の休日の日、私とビルに稽古を付ける他に塾生を呼んで、レイピア術の稽古を付けている……のだけれど、父は何か悩み事や考え事があったりすると、一人でレイピア術の鍛錬をする。

レイピア術の武術館の一当主である、それだけならまだ分かるのだが、父は機械系の組み立てや動力を使う機械の開発、精密機器のチップの改造など……。要するに〈機械いじり〉が趣味なのだ。しかし、父の〈機械いじり〉は、ちょっと凄くて、小型の飛行機や冷暖房器具を作ったり、この間なんか自分で〈電話〉を作って使っていた。

父曰く、なんでも「父さんは、ソフトウェア関係よりもハードウェア関係の方が得意なんだけれど、画面と文章を作るとこと通話をするところがあれば、後はチップとか固体識別をするカードとか電池、それからセキュリティーがしっかりしていて、通信機能などがあれば、〈電話〉を作ることは可能だから……それよりもこんなシンプルじゃなく、通信機能をもっと強化するとか、ネットワークをもっとずっと上手く利用して、さらに〈電話〉の性能を上げるとか、あとは……」などと言っていたのだけれど、高等学校生の私にはチンプンカンプンである。

父は大学時代に農業工学を学び、レイピア術の鍛錬をしていたのだけれど、なんでも友人に誘われ、違う学部の機械工学の講義を受けたことに火を付けて、前々から興味のあった機械にどっぷり漬かったそうだ。

父は機械への興味が爆発して、本来学んでいる農業工学を取るか、機械工学を取るか。ちょっと悩んだのだそうだけれど、母や友人達に諭されて本人も我に返り、無事に農業工学を取ったそうだ。

しかしその後も、父はたまに機械工学の講義や実技に顔を出していたそうだ。

それ以来、私にはよく分からないのだけれど、父は何か悩み事があったりすると、機械を組み立てたり、機械の組み立てやコンピューターの開発をする。――そして父の〈機械いじり〉が始まった……と、前に母が語っていた。

「そう……私の心配をしてくれるのはいいけれど、父さんも困ったものね……まぁ、いいわ。そろそろ母さんも朝ご飯を作り終えた頃だろうから、私、下に行ってご飯を食べてくるわね」

私が朝ごはんを食べると言ったその時、ビルが何かに気付いたように「はっ」とした。そして、

グ~~~ッッ、
ビルのお腹が鳴った。

「――腹が鳴ったな……」

「お腹が空いたのね、ビル。あなたも朝ごはん食べなさい」

その時タイミング良く、下から母の声が聞こえてきた。

「ミシェルー、ビルー。ご飯よ~~、下りてらっしゃ~い」

「グッドタイミングね、ビル」

「くっ……なんか、かっこ悪いな」

「まぁ、いいじゃないの。母さんのご飯は美味しいわ。食べに行きましょう」

トットットットッ

私たちは一階に降りた。一階では、母さんの作った料理の匂いが香ばしくリビングを包んでいた。
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