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誕生日の夜会
47:夜会(8)
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部屋に戻ったシャーロットは指を鳴らした。
すると、イリスのように瞬間移動で二人の女が現れる。
血塗れのお仕着せを着た彼女らはシャーロットの前に跪くと首を垂れた。
「ご苦労だった。気分はどうだ?」
「悪くありません」
「そうか。顔を上げなさい」
「はい」
二人はゆっくりと顔を上げる。
二人の顔には火傷や、鞭で打たれた傷痕が生々しく残っていた。
シャーロットは二人の前に膝をつくと、その痛々しい頬に触れ、悲痛な表情を浮かべた。
「すまない。もう少し見つけるのが早ければ…」
「いいえ。命を救ってくださっただけで十分です」
「この御恩は決して忘れません。私たちは妃殿下の影として、あなた様に忠誠を誓います」
二人は涙を流し、シャーロットに忠誠を誓った。
*
この二人は先日、拷問の末に死んだとされるベアトリスのメイドだ。
彼女たちは牢に入れられたその日、死なない程度にひどい拷問を受けた。
いっそ殺してくれとさえ思ったという。
そんな彼女らの元に現れたのは一匹の白猫だった。
白猫は牢の鉄格子の前に現れると、格子の隙間から指輪を二人の元に転がした。
そしてジェスチャーでその指輪を身につけるよう伝える。
二人は怪訝に思いながらも、周りをキョロキョロ見て、見張りが戻ってこないかを気にするかのような猫の姿に、ベアトリスの手先の仕業ではないと判断し、最後の力を振り絞って指輪をはめた。
猫は二人が指輪をしたことを確認すると、大きな声で『にゃあ!』と鳴いた。
すると、二人はパアッと青白い光に包まれ、気がつくと場所を移動していた。
『瞬間移動だ…』
魔術師がそれをしているのを見たことがある。たが、魔術師でない自分が魔術を使えるわけじゃない。
頭ではそうわかるのに、体には体内の魔力を消費した感覚がある。
彼女たちは困惑の表情を浮かべた。
『どうして?私は魔力適性などないのに…』
『この指輪のおかげ?』
『それにしても、ここはどこなのかしら』
『応接室?』
辺りを見渡すと、おそらく二人がいるのは質素で古びた家具ばかりが並ぶ応接室のような場所。
使用感のある暖炉を見る限り、誰かがここに住んでいるのがわかる。
ここはどこだろうか。
二人がそう疑問に思っていると、背後から声をかけられた。
振り返ると、そこにいたのは第二皇子妃シャーロットと共に王国からやって来たという侍女。
イリスと名乗った彼女は二人をソファに座らせると、無言で治療を始めた。
消毒用アルコールの匂いが鼻をつく。テーブルに並べられた薬品はどれも平民では手に入らないものだ。
『あ、あの…ここは?』
『第二皇子殿下の離宮です』
『離宮?』
『シャーロットさまの意向で猫を牢に向かわせたのですが、遅かったようです。申し訳ありません…。よくぞ、生きていてくださいました…』
イリスが言うには、自分のことでベアトリスがメイドの二人を処罰したという噂を聞いたシャーロットが、そのメイドを保護しようと動いたらしい。
そして牢番にバレないよう、偽装した二人分の死体を代わりにその場に転移させたそうだ。
『なので、ここではお二人はもう亡くなったことになっています』
『……そんなっ!』
『お二人の身の安全のためです。死んだことにしないと、貴女方はミハエルの実験動物にされるところだったのです』
『……え?』
『ミハエルはお二人に精神を破壊する副作用のある魔法具を装着させ、操り人形を作るつもりでした…』
『な、なんて事を…』
到底人の所業ではない。二人は口元を抑え、絶句した。
そんな二人に、治療を終えたイリスは救急箱をパタンと閉じると、真剣な眼差してとある提案をした。
『シャーロット様はお二人を雇いたいと仰せです。少し危険が伴う仕事ですが、貴女方があの方に忠誠を誓うのであれば、給金は今までの倍の額をお出しします。また、市井に残るご家族の身の安全も保証いたします』
破格の待遇だ。イリスはどうだろうか、と手を差し出した。
選択肢など、あるわけがない。
命を救われたばかりではなく、家族まで守ってくれると言うのだ。
二人とも『よろしくお願いします』と差し出された手を握り返した。
*
それから二人はイリスのもとで特訓を受け、魔法具の使い方を覚えた。
元々センスがあったらしい。二人とも習得は早かった。
そんな二人に、一番最初に与えられた任務が今回の夜会だ。
イリスは二人に『ベアトリスが会場を出たら、おどろおどろしい姿で彼女の前に姿を見せろ』と言った。
瞬間移動を使い、物陰に現れては消え、現れては消えを繰り返し、彼女を暗闇へと誘い出す。
そして、ベアトリスに呪いをかけるのだ。
もちろん、呪いなんてものは本当には存在しない。
あくまでもフリだけだが、暗闇の中で魔法具の使い方を習得した2人に幻覚を見せられたベアトリスは、自分が呪いにかかったと信じ込んだ。
あとは先ほどの通り、ベアトリスは会場へと戻り、人々の前で取り乱すだけ。
シャーロットは部屋のバルコニーに出て、高い位置に登る月を眺めた。
「2人の演技がよほど怖かったらしい。かなり取り乱していたよ。きっと多くの人間から呪われるような事をした自覚があるのだろう。ベアトリスはしばらく、治療の名目で塔行きになるだろうな」
ベアトリスは浪費が過ぎる。彼女はいつも、ドレスや宝石を見せびらかすためにパーティーに出ていた。
(ならば、外に出られなくすれば良い話だ)
しばらくは、新しくシャーロットの駒となったこの2人がベアトリスに幻覚をみせるため、彼女の元に通う事となる。
きっと、ベアトリスはそのうち精神を病むだろう。
いずれギルベルトのものになったとき、少しでも経済面での負担を減らしておきたいシャーロットは彼女を処理したかった。
だからこその行動だったが、予想以上に上手くいったとシャーロットはほくそ笑んだ。
すると、イリスのように瞬間移動で二人の女が現れる。
血塗れのお仕着せを着た彼女らはシャーロットの前に跪くと首を垂れた。
「ご苦労だった。気分はどうだ?」
「悪くありません」
「そうか。顔を上げなさい」
「はい」
二人はゆっくりと顔を上げる。
二人の顔には火傷や、鞭で打たれた傷痕が生々しく残っていた。
シャーロットは二人の前に膝をつくと、その痛々しい頬に触れ、悲痛な表情を浮かべた。
「すまない。もう少し見つけるのが早ければ…」
「いいえ。命を救ってくださっただけで十分です」
「この御恩は決して忘れません。私たちは妃殿下の影として、あなた様に忠誠を誓います」
二人は涙を流し、シャーロットに忠誠を誓った。
*
この二人は先日、拷問の末に死んだとされるベアトリスのメイドだ。
彼女たちは牢に入れられたその日、死なない程度にひどい拷問を受けた。
いっそ殺してくれとさえ思ったという。
そんな彼女らの元に現れたのは一匹の白猫だった。
白猫は牢の鉄格子の前に現れると、格子の隙間から指輪を二人の元に転がした。
そしてジェスチャーでその指輪を身につけるよう伝える。
二人は怪訝に思いながらも、周りをキョロキョロ見て、見張りが戻ってこないかを気にするかのような猫の姿に、ベアトリスの手先の仕業ではないと判断し、最後の力を振り絞って指輪をはめた。
猫は二人が指輪をしたことを確認すると、大きな声で『にゃあ!』と鳴いた。
すると、二人はパアッと青白い光に包まれ、気がつくと場所を移動していた。
『瞬間移動だ…』
魔術師がそれをしているのを見たことがある。たが、魔術師でない自分が魔術を使えるわけじゃない。
頭ではそうわかるのに、体には体内の魔力を消費した感覚がある。
彼女たちは困惑の表情を浮かべた。
『どうして?私は魔力適性などないのに…』
『この指輪のおかげ?』
『それにしても、ここはどこなのかしら』
『応接室?』
辺りを見渡すと、おそらく二人がいるのは質素で古びた家具ばかりが並ぶ応接室のような場所。
使用感のある暖炉を見る限り、誰かがここに住んでいるのがわかる。
ここはどこだろうか。
二人がそう疑問に思っていると、背後から声をかけられた。
振り返ると、そこにいたのは第二皇子妃シャーロットと共に王国からやって来たという侍女。
イリスと名乗った彼女は二人をソファに座らせると、無言で治療を始めた。
消毒用アルコールの匂いが鼻をつく。テーブルに並べられた薬品はどれも平民では手に入らないものだ。
『あ、あの…ここは?』
『第二皇子殿下の離宮です』
『離宮?』
『シャーロットさまの意向で猫を牢に向かわせたのですが、遅かったようです。申し訳ありません…。よくぞ、生きていてくださいました…』
イリスが言うには、自分のことでベアトリスがメイドの二人を処罰したという噂を聞いたシャーロットが、そのメイドを保護しようと動いたらしい。
そして牢番にバレないよう、偽装した二人分の死体を代わりにその場に転移させたそうだ。
『なので、ここではお二人はもう亡くなったことになっています』
『……そんなっ!』
『お二人の身の安全のためです。死んだことにしないと、貴女方はミハエルの実験動物にされるところだったのです』
『……え?』
『ミハエルはお二人に精神を破壊する副作用のある魔法具を装着させ、操り人形を作るつもりでした…』
『な、なんて事を…』
到底人の所業ではない。二人は口元を抑え、絶句した。
そんな二人に、治療を終えたイリスは救急箱をパタンと閉じると、真剣な眼差してとある提案をした。
『シャーロット様はお二人を雇いたいと仰せです。少し危険が伴う仕事ですが、貴女方があの方に忠誠を誓うのであれば、給金は今までの倍の額をお出しします。また、市井に残るご家族の身の安全も保証いたします』
破格の待遇だ。イリスはどうだろうか、と手を差し出した。
選択肢など、あるわけがない。
命を救われたばかりではなく、家族まで守ってくれると言うのだ。
二人とも『よろしくお願いします』と差し出された手を握り返した。
*
それから二人はイリスのもとで特訓を受け、魔法具の使い方を覚えた。
元々センスがあったらしい。二人とも習得は早かった。
そんな二人に、一番最初に与えられた任務が今回の夜会だ。
イリスは二人に『ベアトリスが会場を出たら、おどろおどろしい姿で彼女の前に姿を見せろ』と言った。
瞬間移動を使い、物陰に現れては消え、現れては消えを繰り返し、彼女を暗闇へと誘い出す。
そして、ベアトリスに呪いをかけるのだ。
もちろん、呪いなんてものは本当には存在しない。
あくまでもフリだけだが、暗闇の中で魔法具の使い方を習得した2人に幻覚を見せられたベアトリスは、自分が呪いにかかったと信じ込んだ。
あとは先ほどの通り、ベアトリスは会場へと戻り、人々の前で取り乱すだけ。
シャーロットは部屋のバルコニーに出て、高い位置に登る月を眺めた。
「2人の演技がよほど怖かったらしい。かなり取り乱していたよ。きっと多くの人間から呪われるような事をした自覚があるのだろう。ベアトリスはしばらく、治療の名目で塔行きになるだろうな」
ベアトリスは浪費が過ぎる。彼女はいつも、ドレスや宝石を見せびらかすためにパーティーに出ていた。
(ならば、外に出られなくすれば良い話だ)
しばらくは、新しくシャーロットの駒となったこの2人がベアトリスに幻覚をみせるため、彼女の元に通う事となる。
きっと、ベアトリスはそのうち精神を病むだろう。
いずれギルベルトのものになったとき、少しでも経済面での負担を減らしておきたいシャーロットは彼女を処理したかった。
だからこその行動だったが、予想以上に上手くいったとシャーロットはほくそ笑んだ。
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