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誕生日の夜会

44:夜会(5)

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 スッと差し出された彼の右手は微かに震えていた。
 ベルンシュタイン公爵は、その震える手を見て少し迷う。

 ニックに会ったと言われた時、彼から自分を説得する様に言われたのだろういうことは予測できた。
 だがギルベルトは予想外にも、この国の皇子として国を変えたいと言ってきた。
 彼は公爵に革命を丸投げするわけではなく、自ら率いるつもりでいる。
 そのスカイブルーの瞳には、7年前からは考えられないほどの強い意志が宿っていた。

「…殿下。私とて、本当はいますぐその手を取りたいのです。しかし、そうできない事情があります」
「それはミハエルが研究しているという、魔法具のことですか?」
「そうです…。主な理由はそれです。魔法具の研究がでれほど進んでいるのかで、こちらの対応が変わりますから…。それに研究のために、元魔塔の魔術師が数名、人質のように彼の研究室に縛られています。彼らと敵対したくはないという思いもあります」
「…では、主ではない理由とは何でしょう?」
「……」
「公爵を足踏みさせているほどの事情というと、もしや師匠のことでしょうか」
「……そうです」
 
 公爵は顔を両手で覆い、深く長いため息をこぼした。

「レクレツィアの亡骸が、この城のどこかにあるのです…」
「師匠の、亡骸…?」

 曰く、皇帝は7年前に死んだレクレツィアの体を特殊防腐加工をして保管しているらしい。
 皇帝が言うには、彼女の今までの功績を讃えてそうしているそうなのだが、それが本当かどうかは定かではない。
 魔塔は、彼女の体には通常の人間の何倍もの魔力が宿っていたことから、何らかの実験に遺体を使うつもりなのだと考えているのだとか。
 そして、彼女の遺体は現在、この城のどこかに保管されているのだが、それがどこなのかについては父親である公爵にすら教えられていないという。
    公爵は魔塔主の権限を使って探せる場所は全部探したそうだが、結局、レクレツィアを見つけることができないまま、長い時が過ぎてしまった。
 
「民のためを思うと、娘の亡骸は諦めるべきなのでしょう。しかし、親としてはきちんと埋葬してやりたいとも思うのです…」

 皇帝には幾度となく、亡骸の返却を要求した。
 だがその度に、よくわからない理由をつけては断られてきた。
 そう悔しそうに話す彼の手は、血が滲むほど強く握られていた。

 きっと皇帝は、レクレツィアの遺体が手元にある以上、魔塔が反旗を翻すことはできないと考えているのだろう。
 そして自分がまんまと、奴らの策にハマっていることを公爵は自覚している。
 
「娘の亡骸にこだわっても、良いことがないのは理解しています。けれど、どうしても……諦めきれなくて…」

 多分、民と娘の亡骸を天秤にかけ、娘の亡骸を選ぶような父を、きっとレクレツィアは許さない。
 彼女の尊敬していた師として、父として正しい選択をすべきだ。
 なのに、娘を諦めきれないのだと。愚かな自分を許してほしいと、公爵は静かに涙を流した。

「公爵…」

 ギルベルトは心が痛くなった。
 彼はどんな思いで今まで過ごしてきたのだろう。
 貴族としての責務と、父としての情の狭間でずっと苦しんできたに違いない。

 ギルベルトは公爵の両手を取り、ぎゅっと握った。

「俺が師匠を探します。皇帝の言うことが嘘でないのなら、おそらく師匠は皇族居住区にいる」

 公爵の持つ権限で探しつたも見当たらないのなら、残るは皇族に許された者しか入れない皇族居住区の中だ。
 ギルベルトは自分には心強い味方がいるから、必ず探し出してみせると、強い口調で約束した。

「実は俺ですら入れないところに忍び込める、優秀な仲間がいるんです」
「仲間…それは、妃殿下のことですかな?」
「いいえ?シャーロットよりもさらに可愛い刺客です」
「可愛い刺客ですか。ぜひ見てみたい」
「良ければ今度、紹介しますよ。だから、この件は俺に任せて、どうか俺と共に立ち上がってくれませんか?」
「……」
「ニックや街のみんなは、貴方が動いてくれるのを待っています」

   この国に平和と自由を、そして希望の光をたみにもたらしたいのだと、ギルベルトは強く語る。
   そう言われた公爵は同じくらいの握力で、彼の手を握り返した。

「殿下が我々を率いてくださるのなら、魔塔は帝国の安定のため、全力を尽くします」
「……ありがとう」

    
 

 こうして、ギルベルトは無事、公爵の説得に成功したのだった。

 
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