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誕生日の夜会

42:夜会(3)

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 招待客の反応は、ギルベルトが思っていたよりもずっと良かった。
 不自然なほどに好意的なため、逆に不安になるくらいだ。
 きっと、先ほどからこちらをじっと見つめてくるシャーロットの父親のせいだろう。
 話しかければ穏やかに話してくれるし、目が合えばにこりと微笑むが、自分を見つめる視線は品定めをするようなものだ。
 加えて、その視線は最愛の娘の伴侶として相応しいかどうかを見極めているという感じではなく、もっと別の何か。
 
 おそらく、反乱軍を率いるだけの器があるかどうかを見ているのだろう。

 ギルベルトはおかげでずっと気が抜けない。

「つかれた。もう疲れた」

 一見華麗に見えるが実はかなり拙いステップを踏みながら、ギルベルトは思わずそうこぼしてしまった。
   笑顔を貼り付けるのも、好青年を装うのにも疲れたらしい。
 特に貴族の作法に慣れていない彼はもう帰りたかった。

「おい、こら。なぜ私は、また其方とダンスを踊らねばならんのだ」

 ファーストダンスは終えたあとは、挨拶回りなどもあるから踊らないと約束していたはずなのに、いつの間にかホールの中心でくるくると回るシャーロットはジトッとした目を、パートナーであるギルベルトに向けた。
  
「せっかく、公国の大公がダンスを申し込んでくれたのに。何が『申し訳ありません』だ」

   シャーロットがダンスを申し込まれた時、ギルベルトは大公の手を遮るようにして、彼女の前に立った。
 そしてニコッと笑ったのだ。
 その行動に周りは少し湧いたし、見ていた貴婦人たちは『あらまあ。他の男と踊らせたくないのね。愛が深いのね』と子の成長を見守る親のような視線を二人に向けていた。

「キッドレー大公も驚いていたぞ。私は恥ずかしくて仕方がなかった」
「仕方がないだろう。お前がダンスしている間、俺は一人になるんだぞ?」
「其方も他のご令嬢と踊れば良いではないか」
「無理だ。ダンスもそんなに上手くないのに。足踏んづけたらどうするんだよ」
「…それは、私の足なら踏んづけても良いと言うことか?」
「……」
「そういうことなんだな。よし、足を出せ。この8センチヒールの踵で踏んづけてやる」
「やめろ、こら!穴が開くだろうが!」
「開けば良いんだ!」

    二人は小声で言い合いながら、華麗にターンを決める。
 二人とも笑顔は貼り付けたままなので、側から見れば仲睦まじく談笑しているように見えることだろう。
 曲も終盤になり、シャーロットはすうっと息を吸い込むと、真剣な顔でギルベルトを見上げた。

「3曲目がそろそろ終わるぞ」
「わかってる。お前はどうするんだ?」
「とりあえずは会場にいるから。隙を見てベアトリスの様子を見に行く」
「まあ、報告がないということはイリスがうまくやっているのだろう」
「多分な」
「了解。ミハエルには気をつけろよ」
「任せておけ」

    タンっと靴を鳴らし、踊り終えた二人はハイタッチしてそれぞれの目的のため、一旦そばを離れた。


 ***

   『3曲目が終わったら、テラスで』

    数日前、シャーロットはそう言っていた。
 少し遅れて会場にやってきたベルンシュタイン公爵は柱の影で、メイドが差し出したワインを手に取り、会場の一番端のテラスに出た。
 柔らかい月明かりが彼を照らす。
 夜風は少し冷たく、考え事をするにはもってこいの環境だ。
 公爵はワインを一口含むと、ふうっと息をこぼした。


(皇女に何をしたんだろう?)

 彼はここに来るまでの廊下で、顔を真っ赤にして走り去るベアトリスを目撃した。
 あのプライドの高いベアトリスが、会場から逃げ出すように走り去って行ったと言うことは、何かあったのだろう。
 そして、それを仕掛けたのはおそらく、ギルベルトの隣に立つ彼女だ。

(シャーロット・ヴァインライヒ…)

    先ほど、彼女の父と話だが、彼は娘のことをとても高く評価していた。
 娘としては可愛げがないが、王女としてはこれ以上ないほどに優秀だと。

 どうやら、子どもだと侮ってはいけないらしい。
 
 そういえば、あの日。バラ園で、公爵はわざとベアトリスを怒らせるようなことを言った。
 そうする事で彼女はシャーロットに対して何か攻撃を仕掛る。
 公爵はシャーロットがそれをどう解決するのかを見たかった。
 しかし、結果は『無』だった。
 あれから2日。この城で特に何か騒ぎがあったという話は彼の耳に入って来なかった。

(皇女が何もしなかったのか、それとも騒ぎすら起こさずに解決したのか…)

    ただの小娘と侮ると痛い目を見ることになりそうだと公爵は苦笑いを浮かべた。

 
「…君の弟子の伴侶は普通の娘ではないようだよ、レティ」

    
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