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誕生日の夜会

38:ベアトリスの嫌がらせ

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 その日の午後のこと。
 そろそろ届くであろう夜会服を待ちながら、当日の最終確認を行っていたシャーロットたちの元を訪れたのはマチルダだった。
 マチルダは真っ青な顔で息を切らせながら、シャーロットの部屋の扉を開けた。

「どうした?」
「お、奥様。大変です!!い、衣装が!!」
「落ち着け。順を追って説明しろ」

 シャーロットは彼女に水を飲ませると、ソファの方へと誘導した。
 そして、呼吸を整えるように促し、落ち着かせる。
 なんとか落ち着きを取り戻した彼女は、すうっと大きく息を吸い込むと、震える声で話し出した。

「ベアトリス皇女殿下が…、城に入った業者に命じて、奥様たちの夜会服を処分したと…」
「…え?」

 マチルダの密告に、ギルベルトは目を見開いて固まってしまう。
 夜会はもう二日後だ。衣装を仕立て直す時間も装花を手配する時間もない。

「ど、どうしますか、奥様」
「ピンチですよぉ、姫様ぁ…」

 アスランやイリスも焦りを隠せない様子だった。
 しかし、シャーロットは『ふーん』と他人事のように返事をして、紅茶を啜る。

「…なんでお前はそんなに余裕なんだよ」
「余裕じゃないぞ?結構焦っている」
「焦っているなら焦っていることをもう少し態度に出してくれ。わかりづらい」
「皇族たるもの、いつでも余裕を見せておくべきだ」
「言ってる場合か。どうするんだよ」

 早急に対処しなければ間に合わない。
 そう詰め寄るギルバルトを、シャーロットは左手で静止した。

「……来た」
「何が?」
「衣装だ」

    シャーロットは静かに席を立ち、テラスへと出る。
 するとそこには、大きな木箱とその上に乗るレティの姿があった。
 レティは箱の上で飛び跳ね、にゃあにゃあと鳴く。
 この箱を開けろと言っているみたいだった。

「何でこんなところに箱が?」
「転移してきたんだろう」
「どこから?」
「ヴァインライヒから」

     シャーロットは軽くそう返すと、レティを箱からおろし、蓋を開けた。
 そこに入っていたのは、今日届くはずだった物とよく似た二人の夜会服だった。

「…え?」
「なぜ……」

 自分の体にドレスを当て、『どうだ?』と微笑むシャーロット。
   そんな彼女にアスランは困惑する。
 マチルダは目を大きく見開き、キョトンとしていた。

「わ、私、本当にベアトリス殿下と業者が話してるのを聞いて…。もしかして、早とちりしてしまったたのでしょうか…?」
「いや?マチルダの聞いた話は本当だろう。現に届いていないしな。報告ありがとう」

 シャーロットはマチルダの頭を優しく撫でてやった。
 マチルダはうっすらと頬を染める。

「姫様…もしや…」
「そうだよ、イリス。実はこうなることを見越してヴァインライヒの仕立て屋に手配しておいたんだ」

    ベアトリスは元々、自分より他人が目立つことを嫌う性格だ。
 そんな彼女が各国の要人たちが注目するこの夜会を良く思うわけがない。
 そして、この前。薔薇園でベアトリスに遭遇した時。
 シャーロットは穏便に済ませるつもりだったが、公爵が彼女を刺激したことにより、彼女はシャーロットをかなり敵視していた。
 だから、こういう事態になることは最早必然だったとシャーロットは言う。

「衣装が無駄にならなくて良かったな」
「そういう問題ではないかと…」
「先に言っておいてくれよ。心臓止まるかと思っただろう。焦り損だ」

 若干呆れ顔のイリスとギルベルトに対し、シャーロットは誇らしげに鼻を鳴らした。
 
「予測して行動することは重要だ。覚えておくといい」
「…なんだろう。正しいこと言ってるのに、腹が立つな」
「姫様は態度が大きいですからね。仕方がありません」

 ギルベルトは仁王立ちで胸を張るシャーロットを半眼で眺めた。
 確かに予測して行動することは大事だが、報告連絡相談も大事だと思う。
 彼はそばで呆然とするアスランを見上げ、苦笑いを浮かべた。

「マチルダ、離宮から針仕事ができる人間を呼んできておくれ。少し手直しが必要だろうから」
「か、かしこまりました」

 尊敬の眼差しでシャーロットを見ていたマチルダは、急いで部屋を飛び出した。



「着てみるか?」

 シャーロットは箱の中からギルベルトの燕尾服を取り出し、満足げな表情でそれを彼に当てる。

「あれ?微妙に違くないか?色とか」
「ん?そうか?」

    ギルベルトは服を手に取り、まじまじと眺めた。
    基本的なデザインは元々発注したものと変わらないが、よく見ると色が違っている。

「確か…濃紺に銀の刺繍だったような…」

    それなのに、今手元にあるのは漆黒の生地に袖口や裾には金の刺繍が施されている。
 ボタンだけがかろうじて銀だ。
 アスランはその服を見て、なんとも言えない表情をした。

「……奥さま。そういうのって、男性側がするものでは?」
「てへっ」

 シャーロットは舌を出して戯けて見せた。
 相手の衣装に、自分の髪の色と瞳の色を盛り込むのは大体、独占欲強めの男がやるものだ。
 ギルベルトはアスランの指摘でようやく気付いたのか、カッと顔を赤くした。

「おま…!よくこんな恥ずかしいこと…っ!」
「だって、ギルベルトは私のものだろ?はじめての大きな夜会では変な女に引っかかっては困る」
「誰が引っかかるかよ!俺に自分から近づいてくるやつなんかいねーよ。顔半分にある火傷の後で醜い容姿をしているのに」
「そんなことないぞ!ほら!」

    シャーロットは箱から燕尾服に合わせたデザインの眼帯を彼に装着する。
    半分顔が隠れたギルベルトは、そこそこに美しい顔立ちをしていた。
 特に、赤茶色の前髪の隙間から覗くスカイブルーの瞳は、汚れを知らない子どものように澄んでいる。
 シャーロットが嫁いで来た時よりも、生気に満ち溢れ、強い眼差しをするようになった。

「うん。かっこいい」

   薄く口角を上げ、母のような姉のような優しい微笑みを見せるシャーロット。
 彼女の笑顔にギルベルトは体が熱くなるのを感じ、思わず目を逸らす。

「うっせぇ」
「ふふっ。照れているのか?ん?」
「照れてねーよ!顔近づけてくんな!」
「えー?やだ」
「やだじゃねーって!ほんと、やめろっ!」

    ジリジリと擦り寄るシャーロットにギルベルトは後退り、視線でアスランに助けを求めた。
 だが、アスランは生暖かい微笑みを浮かべて首を横に振った。
 許すまじ、アスラン。
 見捨てられた彼は結局、一瞬の隙を突かれ、盛大に口付けられたのだった。



「…ベアトリス殿下の嫌がらせで、主人たちの中が深まりましたね」
「姫様が一方的に深めたようにも見えますけどね。いや、むしろそうなんでしょう…」
「あれ、奥様は揶揄ってるだけなのでしょうが、初心なギルベルト殿下には酷ですよね。ああやって迫られるたびに、どんどん奥様を意識するようになるんですから」
「多分それも姫様の計算のうちですよ。本当、恐ろしい女です」
「……」
「……」
「あの、イリス。気づいてしまったことを言っても良いでしょうか」
「小さな声でなら、どうぞ」

    何かに気づいたアスランはそっとイリスに耳打ちした。

「王国から届いた衣装って、実はこの事態を予測していたんじゃなくて、初めから注文したものとすり替えるつもりだったのでは?」

    イリスにも内緒で手配したところを見ると、その推測はあながち間違いではないのかもしれない。
 イリスは、ハハッと乾いた笑みをこぼした。
 
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