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首都ボルマンの現実
29:街に降りる(2)
しおりを挟む魔力が存在するこの世界には、命あるほぼ全てのモノに魔力が宿っている。
ただ、魔力があるからと言って魔術が使えるというわけではなく、必要な魔力量や適正がないと術を使うことはできない。
そして多くの人類を含む大抵の生き物はその適性が無く、魔術は使えない。それが普通だ。
その中で適性があり、魔術が使える人間のことを魔術師と呼び、魔術が使える獣の事を魔獣と呼ぶ。
「ちなみに私に魔力適性はない」
「聞いてねーよと言いたいところだが、意外すぎる」
花壇の前で日向ぼっこする猫を眺めながら、唐突にそんな話をするシャーロットに、ギルベルトは少し驚いたような顔をした。
何でもできる完全無欠な女だと思っていたが、意外にもできないことがあるらしい。
彼女もちゃんと人間なのだなと、彼は謎に安心した。
「で?何の用だ?旦那様」
「別に…。そろそろ昼食にしようかと思って迎えにきた」
「…もうそんな時間か」
「お前は何してんだ?こんなところで」
「いや、猫が可愛いなと思って」
「猫、好きなのか?」
「好き」
「そういえば、猫飼ってたんだっけか?」
「ああ。父上がこっちに来る時、一緒に連れてきてくれるらしい。今度紹介するよ」
「猫を?」
「猫を。可愛いぞ。きっと其方も気に入ると思う」
シャーロットは目の前に寝転がる猫の腹を撫でると、フッと笑みをこぼした。
猫は気持ちよさそうに喉を鳴らす。
「なあ、ギルベルト」
「ん?」
「街に出てみないか?」
「………は?」
「今日のランチは城下で食べよう」
「何言ってんの?」
まさかのお誘いにギルベルトは顔を顰めた。
近々開かれる夜会の準備で忙しい中、街に出るなど何を考えているのやら。
そもそも、彼らに外出の自由はない。
ギルベルトがそう主張すると、シャーロットはニヤリと口角を上げた。
「イリス」
彼女が侍女の名を呼ぶと、便利なゴリラが一瞬のうちに姿を現した。
魔術でお互いを結んでいるらしいが、必要な時は名を呼ぶだけで良いとは本当に便利だ。
「呼ばれてすぐに駆けつけるとは最早ゴリラではなく、犬だろ」
「ゴリラよりは犬の方が嬉しいですが、私はいつ人間になれるのでしょう」
「其方は永遠に私の可愛い愛犬だよ、イリス」
「わんわんっ!」
「犬呼ばわりで喜ぶな。忠犬かよ」
「イリス・シュテルンは姫様に洗脳されてるのです。わんわん」
「怖…。え…、怖い」
イリスは差し出された主人の手に自分の手を乗せると、困ったように笑った。
見えないはずの彼女の尻尾が、ブンブンと揺れている気がする。
「イリス。ギルベルトと二人で城下に降りる。転移させてくれ。第一区の堺噴水前広場周辺がいい」
「…今から?」
「今から」
「2人で?」
「2人で」
「……」
「……」
「な、何をしに?」
「デートだ」
絶対嘘だ。ギルベルトの目が『は?何言ってんだこいつ』と言っている。
イリスは手で大きくバツを作り、断固拒否した。
「2人では危ないですよ。今の首都の治安をご存知ですよね?私も行きます」
「心配するな。幸いにも二人とも質素な服を着ているから大丈夫だ」
「そういう事を言ってるんじゃなくて…」
「危なくなったらすぐに帰ってくるから。な?」
シャーロットは上目遣いで可愛くおねだりしてみた。
絶世の美少女のあざとい仕草にギルベルトは呆れ顔だが、忠犬イリスには効果的面だったようだ。
イリスは『仕方がないなぁ』と彼女の腕に魔法具を装着した。チョロい。
「いいですか?帰りたくなったらこれに魔力を込めてください。一応姫様でも使えるとは思いますが、難しそうなら私を呼んでくださいね?」
「わかった」
「あと、試作品なので使えるのは一回限りです。それは覚えておいてください」
「了解」
「それと、もし御身に危険が迫ったときのためにこのネックレスも。これは3回まで使えます」
「助かる」
さらにイリスはシャーロットの首に革製の紐の先に丸い水晶がついたシンプルなネックレスをつける。
腕に付けられた虹色に輝く金属製の腕輪と、同じような輝きを持つ水晶のネックレス。
それらを眺め、シャーロットは満足げに微笑んだ。
「何だ?その腕輪と首輪」
「首輪って…。魔法具だよ」
「…魔法具?」
「また試作品段階だから詳しくは言えないが、魔力適性がない人でも魔術が使えるようにするために作られたものだ」
「へー。便利だな。さすがは魔術先進国ヴァインライヒ」
「もう昔ほど他国の先を行っているということはない。帝国だって、これの研究に着手しているはずだぞ?」
「そうなのか?」
「ああ。確かその研究の責任者は第3皇子だったと思う」
「…知らなかった」
レクレツィアが死んでからずっと、魔術から離れていたギルベルト。
彼は知らぬ間に発展した技術に感心すると同時に、自分の中の時間が7年前から止まっていることを実感した。
(…もう一度、魔術の勉強してみようかな?)
教えてくれる師はもういないけれど、このまま彼女が今まで教えてくれた事を無駄にして生きるのは何か違う気がする。
ギルベルトは再び魔術に手を伸ばす事を心に誓った。
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