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首都ボルマンの現実
28:街に降りる(1)
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シャーロットが嫁いできて4ヶ月が過ぎたころ。
ギルベルトの誕生日を祝う夜会を1週間後に控えた離宮の一行は本宮へと移動した。
皇帝が本宮の端の小さなホールを貸してくれたのだ。
それは今までのギルベルトの立場なら考えられない事だった。
そしてパーティーまでの仮住まいとして、本宮の東の一角を与えられたギルベルトたちは、侮蔑や嘲笑や憐憫といったさまざまな感情が込められた視線を浴びつつ、たどり着いた部屋で一斉に大きなため息をついた。
「わかってたことですけど、こうもあからさまにジロジロ見られると精神的にくるものがありますね、アスラン様」
「離宮の第二皇子が本宮に来るというだけでも異例なのに、毒を盛られた皇子妃も一緒となると、流石に目立ちすぎるね」
「しかも、その呪われた皇子様の誕生日パーティーが開かれるとなれば…。絶対何か起きると城の使用人たちはザワザワしてます」
これも全てギルベルトのせいだと、言わんばかりにイリスとアスランはジトっとした視線を彼に送る。
ギルベルトは『うるせぇ』と顔を隠した。
「…イリス。離宮を空けて大丈夫なのか?」
「マチルダがいますから。今の彼女は皇后からの命で離宮の実権を握るよう言われているみたいですし、ちょうど良いでしょう」
皇后は今、マチルダを自分の駒であると思い込んでいるらしい。
そんなわけで、マチルダは実質二重スパイ状態。
ギルベルトは彼女のメンタルが少し心配になった。
「あいつ、大丈夫か?」
「姫様に忠誠を誓った者はメンタルが強くなるのです。彼女もそのうち人を殺すことすら平気になるかと」
「そうならざるを得ないんだな。恐ろしい」
どう教育したらそんな、洗脳が得意な独裁者みたいな姫が出来上がるのか。
皇帝との会談のため、少し早めに到着する彼女の父親に、ぜひ聞いてみたいとギルベルトは思った。
「遅くなりましたぁ…」
「つ、疲れた…」
大きな荷物を抱えて後からやって来たのは離宮のメイド、リサとラン。
二人は大きなトランクを一つずつ抱えている。
ギルベルトは彼女たちの手からスッと荷物を受け取ると、『おつかれさま』と微笑んだ。
そのスマートな気遣いに年若い二人はポッと頬を染める。
アスランは無自覚にそういう事をする主人をジトッとした目で見つめた。
「……そのさりげない気遣いは奥様にして差し上げるべきかと」
シャーロットにそんな気遣いをしているところをアスランは見たことがない。
決して優しくないわけではないし、仲が悪いわけでもないのだが、ギルベルトのシャーロットに対する態度には何かが足りない。
「何が足りないんだろうか」
「姫様が女の子だという自覚が足りないのです」
「なるほど」
イリスの助言に、アスランは手を叩いて納得した。
「あいつを女扱いするとか、無理があるだろ。可愛げなんてあったものじゃない。容赦がなさすぎる」
「まあ、最近は皇子様専属の鬼教師と化してましたからね。嫁から先生にジョブチェンジ!」
「本当にな。作法とダンスに要人リストの暗記。詰め込み教育にも程がある」
「おつかれさまです」
夜会に向けて、必要な事をシャーロットからみっちりと叩き込まれたギルベルトは、まだ何も始まってもいないのに疲労困憊だ。
イリスは彼に向かって静かに手を合わせた。
「こら、手を合わせるな。まだ死んでない」
「これから死ぬかもしれませんから。夜会で」
「怖いこと言うな。死ぬかもしれない夜会とか殺伐とし過ぎだろう。誕生日だぞ」
「誕生日の夜会がデスゲームと化する可哀想な皇子様」
「だから手を合わせるなってば!つか、シャーロットは?」
「近くを散策に行かれました」
「護衛もつけずに何やってんだよ」
「私、瞬間移動できるので大丈夫ですよ。名前を呼びさえすればすぐに駆けつけることができます」
「お前、すげぇ便利だな。便利ゴリラ」
「首捻りますよ」
「やっぱゴリラだ」
怖い怖いと、ギルベルトは窓を開けた。
後ろで『ゴリラ言うな!』と中指を立てるメスゴリラは無視だ。
(あ、シャーロットだ)
窓から外を見下ろすと、近くの庭園を散策するシャーロットが見えた。
美しい庭園の景色を楽しんでいると言うよりは、何かを探しているような仕草をしている。
きっと、また何か企んでいるのだろう。そしてまた、彼は何も聞かされないのだ。
ギルベルトは窓のサンに頬杖をついて、小さく息をこぼした。
「殿下」
「何だ?アスラン」
「ここは迎えに行くべきかと」
「……なぜ?」
「最近、お二人が時間を共にする時は大抵何かのレッスンをいている時か、今後のことに関する甘さが一ミリもない会話をしている時でしたし…」
「……」
「奥様は離宮に来たことにより、自由に外出することもできていないし…」
「……」
「2人一緒に本宮に来るなんて、次はいつになるかわかりませんし…」
「……」
「そもそも、政治的な理由はあれど、自分の誕生日のためにせかせかと働いてくれた奥様にお礼とか言いました?どうせ言ってないんでしょう?そういうのはちゃんと伝えないといけませんよ?」
「……」
「殿下?」
「……わかったよ!!」
アスランの圧に負けたギルベルトは仕方なく、シャーロットの下に向かった。
ギルベルトの誕生日を祝う夜会を1週間後に控えた離宮の一行は本宮へと移動した。
皇帝が本宮の端の小さなホールを貸してくれたのだ。
それは今までのギルベルトの立場なら考えられない事だった。
そしてパーティーまでの仮住まいとして、本宮の東の一角を与えられたギルベルトたちは、侮蔑や嘲笑や憐憫といったさまざまな感情が込められた視線を浴びつつ、たどり着いた部屋で一斉に大きなため息をついた。
「わかってたことですけど、こうもあからさまにジロジロ見られると精神的にくるものがありますね、アスラン様」
「離宮の第二皇子が本宮に来るというだけでも異例なのに、毒を盛られた皇子妃も一緒となると、流石に目立ちすぎるね」
「しかも、その呪われた皇子様の誕生日パーティーが開かれるとなれば…。絶対何か起きると城の使用人たちはザワザワしてます」
これも全てギルベルトのせいだと、言わんばかりにイリスとアスランはジトっとした視線を彼に送る。
ギルベルトは『うるせぇ』と顔を隠した。
「…イリス。離宮を空けて大丈夫なのか?」
「マチルダがいますから。今の彼女は皇后からの命で離宮の実権を握るよう言われているみたいですし、ちょうど良いでしょう」
皇后は今、マチルダを自分の駒であると思い込んでいるらしい。
そんなわけで、マチルダは実質二重スパイ状態。
ギルベルトは彼女のメンタルが少し心配になった。
「あいつ、大丈夫か?」
「姫様に忠誠を誓った者はメンタルが強くなるのです。彼女もそのうち人を殺すことすら平気になるかと」
「そうならざるを得ないんだな。恐ろしい」
どう教育したらそんな、洗脳が得意な独裁者みたいな姫が出来上がるのか。
皇帝との会談のため、少し早めに到着する彼女の父親に、ぜひ聞いてみたいとギルベルトは思った。
「遅くなりましたぁ…」
「つ、疲れた…」
大きな荷物を抱えて後からやって来たのは離宮のメイド、リサとラン。
二人は大きなトランクを一つずつ抱えている。
ギルベルトは彼女たちの手からスッと荷物を受け取ると、『おつかれさま』と微笑んだ。
そのスマートな気遣いに年若い二人はポッと頬を染める。
アスランは無自覚にそういう事をする主人をジトッとした目で見つめた。
「……そのさりげない気遣いは奥様にして差し上げるべきかと」
シャーロットにそんな気遣いをしているところをアスランは見たことがない。
決して優しくないわけではないし、仲が悪いわけでもないのだが、ギルベルトのシャーロットに対する態度には何かが足りない。
「何が足りないんだろうか」
「姫様が女の子だという自覚が足りないのです」
「なるほど」
イリスの助言に、アスランは手を叩いて納得した。
「あいつを女扱いするとか、無理があるだろ。可愛げなんてあったものじゃない。容赦がなさすぎる」
「まあ、最近は皇子様専属の鬼教師と化してましたからね。嫁から先生にジョブチェンジ!」
「本当にな。作法とダンスに要人リストの暗記。詰め込み教育にも程がある」
「おつかれさまです」
夜会に向けて、必要な事をシャーロットからみっちりと叩き込まれたギルベルトは、まだ何も始まってもいないのに疲労困憊だ。
イリスは彼に向かって静かに手を合わせた。
「こら、手を合わせるな。まだ死んでない」
「これから死ぬかもしれませんから。夜会で」
「怖いこと言うな。死ぬかもしれない夜会とか殺伐とし過ぎだろう。誕生日だぞ」
「誕生日の夜会がデスゲームと化する可哀想な皇子様」
「だから手を合わせるなってば!つか、シャーロットは?」
「近くを散策に行かれました」
「護衛もつけずに何やってんだよ」
「私、瞬間移動できるので大丈夫ですよ。名前を呼びさえすればすぐに駆けつけることができます」
「お前、すげぇ便利だな。便利ゴリラ」
「首捻りますよ」
「やっぱゴリラだ」
怖い怖いと、ギルベルトは窓を開けた。
後ろで『ゴリラ言うな!』と中指を立てるメスゴリラは無視だ。
(あ、シャーロットだ)
窓から外を見下ろすと、近くの庭園を散策するシャーロットが見えた。
美しい庭園の景色を楽しんでいると言うよりは、何かを探しているような仕草をしている。
きっと、また何か企んでいるのだろう。そしてまた、彼は何も聞かされないのだ。
ギルベルトは窓のサンに頬杖をついて、小さく息をこぼした。
「殿下」
「何だ?アスラン」
「ここは迎えに行くべきかと」
「……なぜ?」
「最近、お二人が時間を共にする時は大抵何かのレッスンをいている時か、今後のことに関する甘さが一ミリもない会話をしている時でしたし…」
「……」
「奥様は離宮に来たことにより、自由に外出することもできていないし…」
「……」
「2人一緒に本宮に来るなんて、次はいつになるかわかりませんし…」
「……」
「そもそも、政治的な理由はあれど、自分の誕生日のためにせかせかと働いてくれた奥様にお礼とか言いました?どうせ言ってないんでしょう?そういうのはちゃんと伝えないといけませんよ?」
「……」
「殿下?」
「……わかったよ!!」
アスランの圧に負けたギルベルトは仕方なく、シャーロットの下に向かった。
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