上 下
32 / 58
首都ボルマンの現実

28:街に降りる(1)

しおりを挟む
 シャーロットが嫁いできて4ヶ月が過ぎたころ。
 ギルベルトの誕生日を祝う夜会を1週間後に控えた離宮の一行は本宮へと移動した。
 皇帝が本宮の端の小さなホールを貸してくれたのだ。
 それは今までのギルベルトの立場なら考えられない事だった。

 そしてパーティーまでの仮住まいとして、本宮の東の一角を与えられたギルベルトたちは、侮蔑や嘲笑や憐憫といったさまざまな感情が込められた視線を浴びつつ、たどり着いた部屋で一斉に大きなため息をついた。

「わかってたことですけど、こうもあからさまにジロジロ見られると精神的にくるものがありますね、アスラン様」
「離宮の第二皇子が本宮に来るというだけでも異例なのに、毒を盛られた皇子妃も一緒となると、流石に目立ちすぎるね」
「しかも、その呪われた皇子様の誕生日パーティーが開かれるとなれば…。絶対何か起きると城の使用人たちはザワザワしてます」

 これも全てギルベルトのせいだと、言わんばかりにイリスとアスランはジトっとした視線を彼に送る。
 ギルベルトは『うるせぇ』と顔を隠した。
 
「…イリス。離宮を空けて大丈夫なのか?」
「マチルダがいますから。今の彼女は皇后からの命で離宮の実権を握るよう言われているみたいですし、ちょうど良いでしょう」

 皇后は今、マチルダを自分の駒であると思い込んでいるらしい。
 そんなわけで、マチルダは実質二重スパイ状態。
 ギルベルトは彼女のメンタルが少し心配になった。

「あいつ、大丈夫か?」
「姫様に忠誠を誓った者はメンタルが強くなるのです。彼女もそのうち人を殺すことすら平気になるかと」
「そうならざるを得ないんだな。恐ろしい」

    どう教育したらそんな、洗脳が得意な独裁者みたいな姫が出来上がるのか。  
 皇帝との会談のため、少し早めに到着する彼女の父親に、ぜひ聞いてみたいとギルベルトは思った。

「遅くなりましたぁ…」
「つ、疲れた…」

    大きな荷物を抱えて後からやって来たのは離宮のメイド、リサとラン。
 二人は大きなトランクを一つずつ抱えている。
 ギルベルトは彼女たちの手からスッと荷物を受け取ると、『おつかれさま』と微笑んだ。
    そのスマートな気遣いに年若い二人はポッと頬を染める。
 アスランは無自覚にそういう事をする主人をジトッとした目で見つめた。

「……そのさりげない気遣いは奥様にして差し上げるべきかと」

 シャーロットにそんな気遣いをしているところをアスランは見たことがない。
 決して優しくないわけではないし、仲が悪いわけでもないのだが、ギルベルトのシャーロットに対する態度には何かが足りない。

「何が足りないんだろうか」
「姫様が女の子だという自覚が足りないのです」
「なるほど」

    イリスの助言に、アスランは手を叩いて納得した。

「あいつを女扱いするとか、無理があるだろ。可愛げなんてあったものじゃない。容赦がなさすぎる」
「まあ、最近は皇子様専属の鬼教師と化してましたからね。嫁から先生にジョブチェンジ!」
「本当にな。作法とダンスに要人リストの暗記。詰め込み教育にも程がある」
「おつかれさまです」

 夜会に向けて、必要な事をシャーロットからみっちりと叩き込まれたギルベルトは、まだ何も始まってもいないのに疲労困憊だ。
 イリスは彼に向かって静かに手を合わせた。

「こら、手を合わせるな。まだ死んでない」
「これから死ぬかもしれませんから。夜会で」
「怖いこと言うな。死ぬかもしれない夜会とか殺伐とし過ぎだろう。誕生日だぞ」
「誕生日の夜会がデスゲームと化する可哀想な皇子様」
「だから手を合わせるなってば!つか、シャーロットは?」
「近くを散策に行かれました」
「護衛もつけずに何やってんだよ」
「私、瞬間移動できるので大丈夫ですよ。名前を呼びさえすればすぐに駆けつけることができます」
「お前、すげぇ便利だな。便利ゴリラ」
「首捻りますよ」
「やっぱゴリラだ」

 怖い怖いと、ギルベルトは窓を開けた。
 後ろで『ゴリラ言うな!』と中指を立てるメスゴリラは無視だ。
 
(あ、シャーロットだ)

   窓から外を見下ろすと、近くの庭園を散策するシャーロットが見えた。
 美しい庭園の景色を楽しんでいると言うよりは、何かを探しているような仕草をしている。
 きっと、また何か企んでいるのだろう。そしてまた、彼は何も聞かされないのだ。
 ギルベルトは窓のサンに頬杖をついて、小さく息をこぼした。
 
「殿下」
「何だ?アスラン」
「ここは迎えに行くべきかと」
「……なぜ?」
「最近、お二人が時間を共にする時は大抵何かのレッスンをいている時か、今後のことに関する甘さが一ミリもない会話をしている時でしたし…」
「……」
「奥様は離宮に来たことにより、自由に外出することもできていないし…」
「……」
「2人一緒に本宮に来るなんて、次はいつになるかわかりませんし…」
「……」
「そもそも、政治的な理由はあれど、自分の誕生日のためにせかせかと働いてくれた奥様にお礼とか言いました?どうせ言ってないんでしょう?そういうのはちゃんと伝えないといけませんよ?」
「……」
「殿下?」
「……わかったよ!!」

 アスランの圧に負けたギルベルトは仕方なく、シャーロットの下に向かった。

    
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

物語の悪役らしいが自由にします

名無シング
ファンタジー
5歳でギフトとしてスキルを得る世界 スキル付与の儀式の時に前世の記憶を思い出したケヴィン・ペントレーは『吸収』のスキルを与えられ、使い方が分からずにペントレー伯爵家から見放され、勇者に立ちはだかって散る物語の序盤中ボスとして終わる役割を当てられていた。 ーどうせ見放されるなら、好きにしますかー スキルを授かって数年後、ケヴィンは継承を放棄して従者である男爵令嬢と共に体を鍛えながらスキルを極める形で自由に生きることにした。 ※カクヨムにも投稿してます。

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

処理中です...