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駒の確保
20:マチルダの勘違い(1)
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アスランが騎士の誓いを立てて数日後。
彼らの間に流れる雰囲気が少しだけ柔らかくなったことで、屋敷の中は穏やかな空気が流れていた。
そのせいか、メイドの休憩室では、突然やって来た美しい姫シャーロットがギルベルトやアスランを変えてしまったのではないかと言う話で持ちきりだった。
「さっき、殿下にお会いしたけれど、とてもやわらかい雰囲気だったわ」
「やっぱり、奥様を迎えられたからかしら。たった数日であの殿下を変えてしまわれるだなんて」
「あの奥様、何者なのかしら」
「何故だか跪きたくなるような威厳を感じるのよね。まだ幼いのに」
「それにしても、私は殿下に今までのことを怒られるかと思ってのに、何も言われなかったことが驚きだわ」
「私もよ。女主人を迎えられたことだし、使用人の総入れ替えがあるかと思ってた」
「本当、絶対にクビを言い渡されるかと思っていたけど、お二人して『これからもよろしく』って…」
「ここをクビになれば路頭に迷うことになるって、みんな昨日は怖くて眠れなかったのに」
あの2人が何を考え、自分たちに微笑みかけるのかはわからない。
ただ間違いなく、心を入れ替えて働くべきだということはメイドたちにも理解できた。
それが職を失いたくないという思いからなのか、もしくは彼らへの純粋な忠誠心なのか。それは人それぞれだが、その場にいたメイドたちは顔を見合わせて『これからはちゃんと頑張ろう』と誓い合った。
ただ1人を除いては-----。
(ふんっ。かわいそうな子たち。使われる側の人間は哀れね)
心の中で、騒ぐ彼女たちを嘲笑うのはマチルダ。肩くらいまであるプラチナブロンドの髪が特徴的な、その昔、男爵家のご令嬢だった女だ。
昔から皆が休憩時間に内職に勤しむ中、彼女だけは優雅にお茶を嗜んでいた。
彼女は他のメイドと違い、働かなくとも収入があるからだ。
もちろん、その収入には少しずつ間引いた同僚の給料に、ギルベルトの動きを監視することでもらえるヒーリエ夫人からのお小遣いも含まれている。
第二皇子がいかに不幸な生活を送っているのかを、少し誇張して話すだけで小遣いがもらえるのだ。楽な仕事だと思う。
故に、半分は家族への仕送りに取られるとしても、マチルダには他のメイドと比べて生活に余裕があった。
(私は使う側の人間よ。この子達とは違う)
ヒーリエ夫人が言っていた。
ここでギルベルトを監視し続ければ、いずれは王子妃候補として推薦してくれると。
マチルダはその言葉を信じて、姓を失った7年前からこの屋敷を管理している。
一向に推薦してもらえないことに不安感が募る日もあるが、月に一度のお茶会では皇女も夫人も、皇后すらも自分によくしてくれるので、彼女はまだ希望を失っていない。
(王女の侍女は1人だけ。それもあんな頼りなさそうな女。きっと専属になれば、私が彼女の代わりとして重宝されるわ)
そうして王女に可愛がってもらえれば、王女の宝石など、今の自分では手に入らない物を下賜してもらえるかもしれない。
今の身分でも、昔のように着飾ることができるかも知れない。
マチルダは紅茶を啜りながらほくそ笑んだ。
「何か良いことでもありました?マチルダさん」
音もなく気配もなく、不意に声をかけられたマチルダは勢いよく振り返った。
すると、そこにいたのはシャーロットの侍女イリス。
マチルダは思わず大きな声を上げた。
「ちょっと!音もなく背後にたたないでよ!びっくりするじゃない!」
「す、すみませんっ!驚かせてしまったみたいですね…」
私は影が薄いので、とイリスは困ったように笑った。
影が薄いという問題なのだろうか。本当に気配が感じられなかった。
他のメイドたちも、いつからそこにいたのかとザワザワしている。
(変な子ね)
マチルダは大きなため息をこぼした。
「何が用事?」
「あ、はい。姫様がお呼びです。一緒に来ていただけますか?」
「わかったわ。行きましょう」
シレッと澄ました顔で席を立つと、マチルダは近くにいたメイドに自分のティーセットを片付けておくよう命じた。
命じられたメイドは嫌そうな顔でマチルダを睨むも、逆らうことができないのか、渋々了承する。
給料を握られているが為に、何も言えないのだろう。
「専属メイドのお話かしら?」
マチルダは休憩室の扉を開けると、他の皆に聞こえるような声でイリスに尋ねた。
メイドたちは皆、一斉にイリスを見る。本当に嫌味なやつだ。
イリスは『さあ?』と笑顔で誤魔化したが、この瞬間にマチルダとメイドたちとの間にある溝がさらにに深まったのを感じた。
マチルダは勝ち誇った笑みを浮かべ、『急ぎましょう』と部屋を出た。
彼らの間に流れる雰囲気が少しだけ柔らかくなったことで、屋敷の中は穏やかな空気が流れていた。
そのせいか、メイドの休憩室では、突然やって来た美しい姫シャーロットがギルベルトやアスランを変えてしまったのではないかと言う話で持ちきりだった。
「さっき、殿下にお会いしたけれど、とてもやわらかい雰囲気だったわ」
「やっぱり、奥様を迎えられたからかしら。たった数日であの殿下を変えてしまわれるだなんて」
「あの奥様、何者なのかしら」
「何故だか跪きたくなるような威厳を感じるのよね。まだ幼いのに」
「それにしても、私は殿下に今までのことを怒られるかと思ってのに、何も言われなかったことが驚きだわ」
「私もよ。女主人を迎えられたことだし、使用人の総入れ替えがあるかと思ってた」
「本当、絶対にクビを言い渡されるかと思っていたけど、お二人して『これからもよろしく』って…」
「ここをクビになれば路頭に迷うことになるって、みんな昨日は怖くて眠れなかったのに」
あの2人が何を考え、自分たちに微笑みかけるのかはわからない。
ただ間違いなく、心を入れ替えて働くべきだということはメイドたちにも理解できた。
それが職を失いたくないという思いからなのか、もしくは彼らへの純粋な忠誠心なのか。それは人それぞれだが、その場にいたメイドたちは顔を見合わせて『これからはちゃんと頑張ろう』と誓い合った。
ただ1人を除いては-----。
(ふんっ。かわいそうな子たち。使われる側の人間は哀れね)
心の中で、騒ぐ彼女たちを嘲笑うのはマチルダ。肩くらいまであるプラチナブロンドの髪が特徴的な、その昔、男爵家のご令嬢だった女だ。
昔から皆が休憩時間に内職に勤しむ中、彼女だけは優雅にお茶を嗜んでいた。
彼女は他のメイドと違い、働かなくとも収入があるからだ。
もちろん、その収入には少しずつ間引いた同僚の給料に、ギルベルトの動きを監視することでもらえるヒーリエ夫人からのお小遣いも含まれている。
第二皇子がいかに不幸な生活を送っているのかを、少し誇張して話すだけで小遣いがもらえるのだ。楽な仕事だと思う。
故に、半分は家族への仕送りに取られるとしても、マチルダには他のメイドと比べて生活に余裕があった。
(私は使う側の人間よ。この子達とは違う)
ヒーリエ夫人が言っていた。
ここでギルベルトを監視し続ければ、いずれは王子妃候補として推薦してくれると。
マチルダはその言葉を信じて、姓を失った7年前からこの屋敷を管理している。
一向に推薦してもらえないことに不安感が募る日もあるが、月に一度のお茶会では皇女も夫人も、皇后すらも自分によくしてくれるので、彼女はまだ希望を失っていない。
(王女の侍女は1人だけ。それもあんな頼りなさそうな女。きっと専属になれば、私が彼女の代わりとして重宝されるわ)
そうして王女に可愛がってもらえれば、王女の宝石など、今の自分では手に入らない物を下賜してもらえるかもしれない。
今の身分でも、昔のように着飾ることができるかも知れない。
マチルダは紅茶を啜りながらほくそ笑んだ。
「何か良いことでもありました?マチルダさん」
音もなく気配もなく、不意に声をかけられたマチルダは勢いよく振り返った。
すると、そこにいたのはシャーロットの侍女イリス。
マチルダは思わず大きな声を上げた。
「ちょっと!音もなく背後にたたないでよ!びっくりするじゃない!」
「す、すみませんっ!驚かせてしまったみたいですね…」
私は影が薄いので、とイリスは困ったように笑った。
影が薄いという問題なのだろうか。本当に気配が感じられなかった。
他のメイドたちも、いつからそこにいたのかとザワザワしている。
(変な子ね)
マチルダは大きなため息をこぼした。
「何が用事?」
「あ、はい。姫様がお呼びです。一緒に来ていただけますか?」
「わかったわ。行きましょう」
シレッと澄ました顔で席を立つと、マチルダは近くにいたメイドに自分のティーセットを片付けておくよう命じた。
命じられたメイドは嫌そうな顔でマチルダを睨むも、逆らうことができないのか、渋々了承する。
給料を握られているが為に、何も言えないのだろう。
「専属メイドのお話かしら?」
マチルダは休憩室の扉を開けると、他の皆に聞こえるような声でイリスに尋ねた。
メイドたちは皆、一斉にイリスを見る。本当に嫌味なやつだ。
イリスは『さあ?』と笑顔で誤魔化したが、この瞬間にマチルダとメイドたちとの間にある溝がさらにに深まったのを感じた。
マチルダは勝ち誇った笑みを浮かべ、『急ぎましょう』と部屋を出た。
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