上 下
22 / 58
駒の確保

20:マチルダの勘違い(1)

しおりを挟む
 アスランが騎士の誓いを立てて数日後。
 彼らの間に流れる雰囲気が少しだけ柔らかくなったことで、屋敷の中は穏やかな空気が流れていた。

 そのせいか、メイドの休憩室では、突然やって来た美しい姫シャーロットがギルベルトやアスランを変えてしまったのではないかと言う話で持ちきりだった。

「さっき、殿下にお会いしたけれど、とてもやわらかい雰囲気だったわ」
「やっぱり、奥様を迎えられたからかしら。たった数日であの殿下を変えてしまわれるだなんて」
「あの奥様、何者なのかしら」
「何故だか跪きたくなるような威厳を感じるのよね。まだ幼いのに」
「それにしても、私は殿下に今までのことを怒られるかと思ってのに、何も言われなかったことが驚きだわ」
「私もよ。女主人を迎えられたことだし、使用人の総入れ替えがあるかと思ってた」
「本当、絶対にクビを言い渡されるかと思っていたけど、お二人して『これからもよろしく』って…」
「ここをクビになれば路頭に迷うことになるって、みんな昨日は怖くて眠れなかったのに」

 あの2人が何を考え、自分たちに微笑みかけるのかはわからない。
 ただ間違いなく、心を入れ替えて働くべきだということはメイドたちにも理解できた。
 それが職を失いたくないという思いからなのか、もしくは彼らへの純粋な忠誠心なのか。それは人それぞれだが、その場にいたメイドたちは顔を見合わせて『これからはちゃんと頑張ろう』と誓い合った。

 ただ1人を除いては-----。

(ふんっ。かわいそうな子たち。使われる側の人間は哀れね)

    心の中で、騒ぐ彼女たちを嘲笑うのはマチルダ。肩くらいまであるプラチナブロンドの髪が特徴的な、その昔、男爵家のご令嬢だった女だ。
 昔から皆が休憩時間に内職に勤しむ中、彼女だけは優雅にお茶を嗜んでいた。
 彼女は他のメイドと違い、働かなくとも収入があるからだ。
 もちろん、その収入には少しずつ間引いた同僚の給料に、ギルベルトの動きを監視することでもらえるヒーリエ夫人からのお小遣いも含まれている。
 第二皇子がいかに不幸な生活を送っているのかを、少し誇張して話すだけで小遣いがもらえるのだ。楽な仕事だと思う。
 故に、半分は家族への仕送りに取られるとしても、マチルダには他のメイドと比べて生活に余裕があった。

(私は使う側の人間よ。この子達とは違う)

   ヒーリエ夫人が言っていた。
 ここでギルベルトを監視し続ければ、いずれは王子妃候補として推薦してくれると。
 マチルダはその言葉を信じて、姓を失った7年前からこの屋敷を管理している。
 一向に推薦してもらえないことに不安感が募る日もあるが、月に一度のお茶会では皇女も夫人も、皇后すらも自分によくしてくれるので、彼女はまだ希望を失っていない。

(王女の侍女は1人だけ。それもあんな頼りなさそうな女。きっと専属になれば、私が彼女の代わりとして重宝されるわ)

 そうして王女に可愛がってもらえれば、王女の宝石など、今の自分では手に入らない物を下賜してもらえるかもしれない。
 今の身分でも、昔のように着飾ることができるかも知れない。
 マチルダは紅茶を啜りながらほくそ笑んだ。



「何か良いことでもありました?マチルダさん」

 音もなく気配もなく、不意に声をかけられたマチルダは勢いよく振り返った。
 すると、そこにいたのはシャーロットの侍女イリス。
 マチルダは思わず大きな声を上げた。

「ちょっと!音もなく背後にたたないでよ!びっくりするじゃない!」
「す、すみませんっ!驚かせてしまったみたいですね…」

 私は影が薄いので、とイリスは困ったように笑った。
 影が薄いという問題なのだろうか。本当に気配が感じられなかった。
 他のメイドたちも、いつからそこにいたのかとザワザワしている。
 
(変な子ね)

    マチルダは大きなため息をこぼした。

「何が用事?」
「あ、はい。姫様がお呼びです。一緒に来ていただけますか?」
「わかったわ。行きましょう」

     シレッと澄ました顔で席を立つと、マチルダは近くにいたメイドに自分のティーセットを片付けておくよう命じた。
 命じられたメイドは嫌そうな顔でマチルダを睨むも、逆らうことができないのか、渋々了承する。
 給料を握られているが為に、何も言えないのだろう。
 
「専属メイドのお話かしら?」

   マチルダは休憩室の扉を開けると、他の皆に聞こえるような声でイリスに尋ねた。
 メイドたちは皆、一斉にイリスを見る。本当に嫌味なやつだ。
 イリスは『さあ?』と笑顔で誤魔化したが、この瞬間にマチルダとメイドたちとの間にある溝がさらにに深まったのを感じた。
 
 マチルダは勝ち誇った笑みを浮かべ、『急ぎましょう』と部屋を出た。
 

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

処理中です...