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駒の確保
15:レクレツィアが死んだ後の話(1)
しおりを挟む屋敷から少し歩いたところにある鬱蒼と茂る森。
アスランはその手前で一心不乱に剣を振るう。
毎朝の鍛錬。これが彼の日課だ。
「朝から精が出るな、アスラン」
「奥様!?」
アスランは、突然侍女を引き連れて現れたシャーロットに目を丸くした。
シャーロットはパタパタと近づいてきた彼にタオルを渡すと、ニコッと微笑む。
「どうしたんですか?こんなところまで」
「ん?散歩だ」
「散歩って…」
ここは散歩をするに適した場所ではない。何故なら草以外に何もないから。愛でるような野花すらない。
しかし、それを言ってしまうと、では何処を散歩すればよいのだという話になる。
アスランは苦笑いを浮かべた。
「この離宮に庭園とかあれば良いんですけどね…」
「あるにはあるだろう?さっきギルベルトに案内してもらった」
「まあ、あるにはありますが。あれは…」
「庭園と呼んで良いのかもわからぬくらいに草が生い茂っていたな!」
「ははは…。すみません、手入れが行き届いておらず…」
「仕方がない。この広さでこれだけの人数しかおらぬのだから」
シャーロットはあの、ある意味芸術的で刺激的な庭園を思い出し、肩をすくめた。
「奥様、殿下はどちらに?2人で屋敷を探検なさっていらしたのでは?」
「探検は終わりだ。ギルベルトならキッチンにいるぞ?」
「キッチン?」
「ああ。さっきオムレツを作ってもらったんだ。絶品だった」
「…殿下がお作りに?珍しいこともあるものですね」
「私は妻だからな。一瞬で胃袋を掴まれてしまった」
「ははっ。それは困りましたね。胃袋を掴まれては逃げられません」
「逃げるつもりなど元からないから、何の問題もない」
そう言うと、シャーロットなとても優しい目をしてキッチンのあるあたりを見上げた。
その眼差しは何処となく、昔アスランが愛したあの人に似ているような気がした。
彼女の彼を見る目も、こんなふうに優しかった。
「…奥様は、なぜギルベルト殿下をお選びになられたのですか?」
アスランは不意に尋ねた。
これだけの美貌に加え、王族としての威厳と聡明さを持ち合わせているのだ。呪われた皇子の妻には勿体ない。
第一皇子を選んでおけば、もっと贅沢な暮らしができるのにと思うと、彼は不思議で仕方がないのだ。
すると、シャーロットはフッと不敵な笑みを浮かべた。
「其方はなぜギルベルトを主人に選んだんだ?」
「…何故って」
「其方が答えるのなら、私も答えてやろう」
「えぇ…」
「答えないのなら、私も答えない」
「うーん…」
シャーロットのその顔は、明らかに質問には答える気のない顔だ。
アスランが答えたところで、きっと真面目に教えてはくれないだろう。
しかし、なんとなく。本当に何となく、レクレツィアに似た彼女に話してみたくなった彼は徐に口を開いた。
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