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決断の日

5:ギルベルトの妻(1)

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 シャーロットは応接室に案内させたメイドに『王国から連れてき侍女にこの宮をひと通り案内してやってほしい』と命じ、イリスを紹介した。
 その説明の中でシャーロットは、このイリスという女が『王国で過ごしていた時から自分に支えている侍女だが、その中でも侍女である』ということを示唆した。
 イリスはその設定に合うように、おどおどとした態度でメイドにペコリと頭を下げる。
 その時点で案内役のメイドは、自分の方が立場が上だと錯覚したかのような表情を浮かべた。実に浅はかな女である。

 ーーーーきっと、先輩ヅラして色んなことをベラベラと喋ってくれることだろう。

「イリス。しっかりと見て覚えてこい」
「はい、かしこまりました。姫様」

 イリスは主人の言葉の意味を正確に読み取ると、案内役のメイドの後について応接室を後にした。
 室内には一気に静寂に包まれる。

「さて、どこから始めようかな」

 シャーロットは応接室の1番大きな窓を開け、そこから身を乗り出した。
 気持ちの良い風が、彼女の頬を撫でる。
 その窓の下は離宮の裏側で、城壁までの間には鬱蒼と茂る森が広がっており、まるでそこだけが別世界のようにも見えた。 

「…うむ。素晴らしい」

 明らかに手入れされていない宮の周囲。それはそこには誰も近づかないということを表している。
 多少好き勝手してもバレない場所ということだ。シャーロットはほくそ笑んだ。
 
 
 ***

「さあ!話の続きだ!」

 速攻で身なりを整えたギルベルトは、ノックもせずに応接室の扉を開けた。
 そして、シャーロットの顔を見るや否や、先程の話の続きをしようとする。
 あまりに性急な振る舞いに、優雅に紅茶を飲んでいたシャーロットは呆れたようにふぅ、と息を吐き出した。

「部屋に来て早々に……随分とせっかちな男だな。まずは座れば良いだろう」
「うるさい。大事な事だから早く話をすべきじゃないか」
「大事な事だからこそ、落ち着いて、冷静にきちんと順を追って話さねばならないのではないか?」

 シャーロットは顎をくいっと動かして、自分の対面に座るよう促す。
 その仕草が実に偉そうで、ギルベルトは鼻についた。

「偉そうに…」

 とても13の小娘の態度ではない。
 もう少しそれらしく、か弱いフリでもすれば可愛げがあるのに。
 ギルベルトはそんな思いを込めて、怪訝な視線を彼女に送った。

(……傲慢だが、兄たちのように不快でないことがより鼻につく)

    いっそ、嫌味なやつなら扱いやすかったのに。不満気にしつつも、ソファに腰掛けた。
 シャーロットは明らかに不機嫌な様子の彼の態度に、なぜか嬉しそうに微笑む。 

「其方のことはどう呼べばいい?」
「…は?」
「いつまでも其方と呼ぶのはあまりにもそっけないだろう?旦那様?それともギルベルト?もしくは何か愛称で呼んだ方が良いか?」
「別に、好きに呼べばいいだろ。わざわざ聞くな」
「そんなことを言っていいのか?では引きこもりと呼んでやるぞ?」
「…ギルベルト。そう呼べ」

 適当な返事をするのは許さないと言わんばかりに、明確な答えを言わせようと誘導するシャーロットにギルベルトは心底嫌そうに舌打ちした。
 彼女が寝室に入ってきた時からずっと、主導権を握られている気がする。
 ギルベルトは納得できないとシャーロットを睨みつけた。
 だが彼女はずっと余裕の微笑みを浮かべている。

「…呼び名とか、どうでもいいからさっさと話をしろ」
「はいはい。だが、その話をする前に…」

    シャーロットは両手を挙げると、チラリと扉口に視線を向けた。
 そしてニコッと笑い、アスランに話しかけた。

「とりあえず、そこの騎士は少し席を外してくれないか?」
「え?」
「これから話すことは機密事項ゆえ、其方がいると話がし辛い」
「し、しかし王女様。自分は殿下の護衛でして…」
「其方は私が自分の夫に危害を加えるとでも思っているのか?」
「いえ…そういうわけでは…」
「先ほどの寝室での会話や態度を見る限り、普段は護衛らしい仕事はしていないのだろう?」
「…それは…その…」

 彼女の指摘に、アスランは言葉を詰まらせる。
 当たり前だ。その指摘は事実なのだから。
 するとギルベルトは片手を上げて、『下がれ』と彼を追い払うように手を振った。
 主人に拒絶されてはどうすることもできないアスランは渋々扉の外へと出た。
 
「随分と警戒されているらしい」
「当然だろう。お前は怪しすぎる」
「そうか?ごく普通のか弱い姫だと思うが…」
「どこがだ。か弱い姫ならば、そもそもこの宮に来た時点でシクシク泣いているはずだ」
「それは其方が呪われているからか?ギルベルト」
「そうだ。呪われた男に嫁ぐなんて、普通は嫌だろう?」
「生憎と、私はリアリストでな。呪いなんて非現実的なものは信じていない。呪術と呼ばれるものが存在していたとされるのだって500年も前の話だ。故に其方に呪いがかけられているなんて、あり得ない」

 シャーロットは呪いの噂話を小馬鹿にするように、あり得ないと断言した。

「変なやつだな。可愛げがない」
「褒め言葉として受けとっておこう」
「別に褒めてない」
「変なやつということは、一般的でないと言うことだ。他人と違うということを私は誇りに思うタイプなものでね」
「ポジティブかよ」
「人生、悲観していても仕方がない。何ごともポジティブに考えねばな」
「まあ、それは確かに一理あるな」

 ああ言えばこう言う。
 ギルベルトは強気なシャーロットが少しだけ羨ましく思った。

   そんな風に、強く生きられたらどれだけ良かったことだろう。
 ずっと後ろ向きに生きてきた彼には、彼女のポジティブさは眩しい。

(…似てるな)

 ギルベルトはふと、そう思った。
   ずっと過去に囚われているせいだろうか。それとも、窓から差し込む陽の光に照らされた黒髪が、白く光ったように見えたせいだろうか。
 シャーロットのしゃんと伸びた背筋、凛とした眼差しと余裕のある微笑みが、どことなく、レクレツィアを彷彿とさせる気がした。
    
(師匠も、態度がでかくて、こんなふうに強い眼差しをしていた…)

 自分にはない高潔さに憧れた。
 あんな風になりたいと強く思った。

 ギルベルトはシャーロットにかつての師匠を重ねるように、彼女をジッと見つめた。

「……」
「…ん?」

   何故見つめられているのかわからないシャーロットはキョトンと小首を傾げるも、次の瞬間には『ああ』と何かを思いついたように席を立つ。
 そして、ぼーっと前を見つめるギルベルトの左横に座ると彼の胸ぐらをつかむと襟元を掴んで、グイッと自分の方に引き寄せた。

「…んっ!?」

   ギルベルトは気がつくと唇を唇で塞がれていた。
 経験したことのない柔らかな感触が唇に伝わる。
 一瞬何が起きたか分からなかった彼は、数秒思考が停止してしまったが、ニヤリの不敵に笑うシャーロットの口元を見てすぐに状況を理解した。
 
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