【完結】完璧令嬢アリスは金で婚約者を買った

七瀬菜々

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10:宝を見つけたアリス(1)

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 その日、アリス・ルーグはダイル男爵家の邸宅にいた。

 父であるルーグ伯爵がダイル男爵領のカカオを買い付けに行くと言うので、後学のために同行したのだ。

「ようこそお越しくださいました、ルーグ伯爵様」
「すまない、ダイル男爵。突然娘も連れてきてしまって…」
「いえいえ、とんでもございません」

 下卑た笑みを浮かべながら、男爵は舐めるように美しいアリスを見る。
 その視線を不快に感じながらも、彼女も伯爵も眉一つ動かさず、完璧な笑顔を貼り付けたまま男爵と言葉を交わす。

「そういえば、お嬢様はアカデミーに通っていらっしゃるのでしたな?」

 男爵はチラリとアリスの方を見た。
 アリスは隣の父に促され、言葉を返す。

「はい。ご子息にもいつもお世話になっております」

 本当は会話をしたことも無いが、アリスは息を吐くように嘘をつく。

「ほう、アレの存在をご存知でしたか」
「もちろんですわ、学友ですもの」
「あのような容姿で、特に秀でた才能もない男を貴方のような方が気に留めてくださるなど、光栄な事です」 

 アリスは男爵の反応に首をかしげた。
 たしかに話した事はないが、彼女の認識ではキース・ダイルという男はかなり優秀な部類だ。

「ご子息の学園の成績は上から数えたほうが早いくらいに優秀ですよ?彼はいつも成績上位者の欄に名前が載りますし、彼を知らぬ者の方が少ないのではないでしょうか」
「いやいや、筆記試験の成績だけでしょう?」
「成績が貼り出されるのは筆記試験のみですので…」
「筆記試験の結果などいくら良かろうと、意味はないでしょう。アレは魔力があるというから一応アカデミーには入れましたが、あんなに魔法の才能がないとは恥ずかしい限りです」

 男爵は嘲笑うように言う。
 アリスは不快な気分になったものの、表情は崩さなかった。


 『魔法学園』と名乗っているせいか、アカデミーの外では、魔法の実技試験の成績が重要視されがちだ。
 だが、魔法の才能は持って生まれた魔力量に大きく左右される。勿論魔力量が多いに越した事はなく、魔法の才能に秀でたものは宮廷魔導士になることも夢ではない。
 しかしアカデミーでの成績の付け方は、公平を期すために、魔力量の差という本人の努力ではどうしようもない者に左右される実技試験の結果はさほど重要視されない。
 それよりも、本人と取り組み次第でどうとでもなる筆記試験の成績のほうが、よほど重要な項目だ。
 アカデミーで上から数えた方が早いほどの成績を修めるなどそう簡単にできることではない。
 きっと魔法の才能に恵まれなかったキースは、父の期待に応えようと努力していたのだろう。
 その彼の努力を見ようともしない父親に、アリスはまるで自分の努力まで否定されたような気分になった。

(…毒親か)

 アリスは心の中で悪態をついた。

***

 伯爵と男爵が暫く中身のない会話をした後、カカオの買い付けという本題に移ろうとしたところで突然、バンッと何かを叩くような大きな音がした。
 何やら部屋の外が騒がしい。 
 人が大声で叫ぶような声も聞こえる。

 怪訝な顔をする伯爵に気圧されたのか、男爵は慌てて二人に謝罪すると、外の様子を確認するため、断りを入れて一時退室した。


 アリスはその隙に、男爵に気づかれないよう【式】を飛ばした。
そして【式】を通じて廊下の様子見る。

『何故貴方が私のイヤリングを持っているのよ!盗んだのね!この泥棒!』
『ち、ちがいます!奥様!書庫の掃除をしていたときに見つけたのです!失くされたと沈んでいらっしゃったので、すぐにお届けせねばと…』
『わかりやすい嘘をつかないで!私は書庫になど行っておりませんわ!やはり蛙の子は蛙だわり!泥棒猫の息子は泥棒なのね!』
『や、やめてくださいお義母様!殴らないで…。痛い、痛いです』
『母と呼ばないでと何度言ったらわかるのよ!汚らわしい!』
『も、申し訳ありません奥様』

  もっさりとした髪型の少年が、奥方らしき女性に殴られていた。
 ヒステリックに叫ぶ奥方と、彼が殴られる様子を遠くから眺めるだけの使用人。
 そして、その奥には薄気味悪い笑みを浮かべた少年より少し年上に見える男がいた。

『やめないか!お前たち!お客様が来ているのだぞ!』

 そこに男爵が血相を変えて仲裁に入る。
 男爵は少年を気遣う事なく、奥方を奥の部屋へと連れて行く。
 薄気味悪い笑みを浮かべた男はいつの間にかいなくなり、使用人たちは散り散りに仕事に戻った。

 少年は一人、殴られた拍子に飛んだメガネを手探りで探す。
 そして、彼の虚ろな瞳はふと、宙を見た。

(キース・ダイル…)

 アリスは彼と【式】越しに視線が合ったような気がした。
 彼女はすぐに【式】戻すと、手元に戻ってきたそれを握りしめ、顔を伏せた。その肩は歓喜に震え、頬は少し赤く染まっていた。

「アリス、どうした?何を見た?」

 伯爵は、珍しく動揺を見せる娘に何か重要なことを見たのだと察する。

「…お父様。お願いがあります」

 アリスは小さく呟いた。

「お父様。私、キース・ダイルが欲しいです」


 その後、伯爵は珍しくおねだりをした娘の願いを叶えるため奔走し、最短で全ての手続きを終えた。
 アリスとキースの婚約はあっという間に成立したのだ。本人のあずかり知らぬところで。


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