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9:顔を上げたキース
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東屋付近に着いたアリスは非難の視線をマーガレットに送る。
「マーガレット、私は今とても怒っているわ」
つかつかと、東屋の方に近づいてくる彼女は強い怒気を纏っていた。
彼女が怒っている理由は勿論のこと、婚約者が他の女と逢引をしているからではない。
「先程は、私の婚約者に対して随分な言い草だったわね。別に貴女に認めてもらわなくとも構わないのだけれど、彼を侮辱することは許さないわ」
「…それは、この男が貴女の所有物だから?」
「ええ、そうよ?」
マーガレットは東屋を出て、アリスの前に立つと、相変わらず悪役令嬢を演じようとする彼女を睨んだ。
「私は本当の事を教えてあげただけよ」
「貴女は本当のことなど何も知らないじゃない」
「じゃあ教えてよ。どうしてこの男なのよ」
「マーガレット、しつこい女は嫌われるわよ?」
アリスは小さくため息をつくと、マーガレットを睨み返す
その迫力に今度はマーガレットの方が気圧され、彼女の視線に押されるように、一歩後ろに下がった。
「私の婚約に関して、貴女が口を出す権利なんてないはずよ」
アリスは低く、そして強く言い放った。
彼女の言うことは正論だ。他人の婚約に口を出す権利などマーガレットにはない。
「アリス!私は…、貴女が!貴女の名が傷つくなんて許せないのよ…」
「この程度のことで傷つく名なら、私の価値など所詮その程度ということよ。勝手に私を高いところまで押し上げて妄想で好き勝手に語らないでちょうだい。迷惑だわ」
険しい表情で辛辣な言葉を並べる彼女を見て、マーガレットは本気で怒らせたと内心焦っていた。
キースは二人の険悪な空気に耐えられなくなり、咄嗟に間に割り込んだ。
そしてマーガレットを庇うようにして立ち、ジッとアリスを見る。
相変わらず姿勢が悪く、声も小さいが、彼が真っ直ぐにアリスの目を見たのは初めてのことだった。
「あの!マ、マーガレットさんはアリス様を本当に大切に想っていらっしゃるのだと思います」
「だから?」
アリスは手に持っていた扇を開くと、口元を隠す。
「だ、だから、貴女のような素晴らしい方が、僕なんかと婚約するなんて許せないんです。僕だって、自分の大事な人が僕みたいな奴と婚約したなんて突然言われたら、怒ると思います…」
「だから?」
「だから!マーガレットさんを怒らないであげてください!!」
キースは、俯かずにハッキリと自分の気持ちをアリスに告げた。
アリスは怪訝な表情を返すが、マーガレットは後ろから彼の癖のあるもさっとした髪を見つめながら、少し頬を赤らめた。
普段見かける彼は、いつもオドオドとするだけの男だった。しかし今自分の前にいる男は、同一人物のはずなのに、自分を庇おうと前に出て、アリスに向かってハッキリと意見したのだ。
マーガレットはそんな彼に少し驚いた。そして、少し嬉しかった。
「あ、ありがとう…瓶底眼鏡…」
「…マーガレットさん。そこは名前で呼ぶところです…。多分」
キースは首だけで振り返りマーガレットの方みると、ジトっとした目を彼女に向けた。
ちょっといい雰囲気になりそうだったのに台無しだ。
「…アリス様、どうか話していただけませんか?何故僕なんか買ったのか」
気を取り直し、再びアリスの方を見ると、キースは真剣な目で尋ねた。
彼とて、なぜ自分がアリスのような優秀な令嬢に見そめられたのか知りたかったのだ。
アリスの扇に隠れた口元は、一瞬だけ微かに上がった。
彼女は扇を閉じて3歩前に出ると、閉じた扇でキースの顎をくいっと持ち上げる。
「いい加減、自分を卑下するのはおやめなさい。とても不愉快だわ」
彼女のアメジストの瞳が、彼を射抜く。
「も、申し訳ございません…」
「すぐに謝るのも不愉快よ」
アリスは少し怯えた様子のキースから、一歩下がると、今度は彼の臍の下あたりに扇を突きつけた。
「重心は少し前に、臍の下あたりに力を入れて、顎は引く。そしてしっかりと前を見据えなさい。決して目の前の相手から視線を逸らせてはダメよ。私の婿となり、伯爵家を継ぐのならば弱い人間だと思わせてはだめ」
「は、はい!」
キースは言われた通りに姿勢を正し、真っ直ぐアリスを見据えた。
アリスはにこっと微笑むと、後ろにいるマーガレットに視線を向ける。
「マーガレット。貴女の望むような話など何もないけれど、良いかしら?」
「マーガレット、私は今とても怒っているわ」
つかつかと、東屋の方に近づいてくる彼女は強い怒気を纏っていた。
彼女が怒っている理由は勿論のこと、婚約者が他の女と逢引をしているからではない。
「先程は、私の婚約者に対して随分な言い草だったわね。別に貴女に認めてもらわなくとも構わないのだけれど、彼を侮辱することは許さないわ」
「…それは、この男が貴女の所有物だから?」
「ええ、そうよ?」
マーガレットは東屋を出て、アリスの前に立つと、相変わらず悪役令嬢を演じようとする彼女を睨んだ。
「私は本当の事を教えてあげただけよ」
「貴女は本当のことなど何も知らないじゃない」
「じゃあ教えてよ。どうしてこの男なのよ」
「マーガレット、しつこい女は嫌われるわよ?」
アリスは小さくため息をつくと、マーガレットを睨み返す
その迫力に今度はマーガレットの方が気圧され、彼女の視線に押されるように、一歩後ろに下がった。
「私の婚約に関して、貴女が口を出す権利なんてないはずよ」
アリスは低く、そして強く言い放った。
彼女の言うことは正論だ。他人の婚約に口を出す権利などマーガレットにはない。
「アリス!私は…、貴女が!貴女の名が傷つくなんて許せないのよ…」
「この程度のことで傷つく名なら、私の価値など所詮その程度ということよ。勝手に私を高いところまで押し上げて妄想で好き勝手に語らないでちょうだい。迷惑だわ」
険しい表情で辛辣な言葉を並べる彼女を見て、マーガレットは本気で怒らせたと内心焦っていた。
キースは二人の険悪な空気に耐えられなくなり、咄嗟に間に割り込んだ。
そしてマーガレットを庇うようにして立ち、ジッとアリスを見る。
相変わらず姿勢が悪く、声も小さいが、彼が真っ直ぐにアリスの目を見たのは初めてのことだった。
「あの!マ、マーガレットさんはアリス様を本当に大切に想っていらっしゃるのだと思います」
「だから?」
アリスは手に持っていた扇を開くと、口元を隠す。
「だ、だから、貴女のような素晴らしい方が、僕なんかと婚約するなんて許せないんです。僕だって、自分の大事な人が僕みたいな奴と婚約したなんて突然言われたら、怒ると思います…」
「だから?」
「だから!マーガレットさんを怒らないであげてください!!」
キースは、俯かずにハッキリと自分の気持ちをアリスに告げた。
アリスは怪訝な表情を返すが、マーガレットは後ろから彼の癖のあるもさっとした髪を見つめながら、少し頬を赤らめた。
普段見かける彼は、いつもオドオドとするだけの男だった。しかし今自分の前にいる男は、同一人物のはずなのに、自分を庇おうと前に出て、アリスに向かってハッキリと意見したのだ。
マーガレットはそんな彼に少し驚いた。そして、少し嬉しかった。
「あ、ありがとう…瓶底眼鏡…」
「…マーガレットさん。そこは名前で呼ぶところです…。多分」
キースは首だけで振り返りマーガレットの方みると、ジトっとした目を彼女に向けた。
ちょっといい雰囲気になりそうだったのに台無しだ。
「…アリス様、どうか話していただけませんか?何故僕なんか買ったのか」
気を取り直し、再びアリスの方を見ると、キースは真剣な目で尋ねた。
彼とて、なぜ自分がアリスのような優秀な令嬢に見そめられたのか知りたかったのだ。
アリスの扇に隠れた口元は、一瞬だけ微かに上がった。
彼女は扇を閉じて3歩前に出ると、閉じた扇でキースの顎をくいっと持ち上げる。
「いい加減、自分を卑下するのはおやめなさい。とても不愉快だわ」
彼女のアメジストの瞳が、彼を射抜く。
「も、申し訳ございません…」
「すぐに謝るのも不愉快よ」
アリスは少し怯えた様子のキースから、一歩下がると、今度は彼の臍の下あたりに扇を突きつけた。
「重心は少し前に、臍の下あたりに力を入れて、顎は引く。そしてしっかりと前を見据えなさい。決して目の前の相手から視線を逸らせてはダメよ。私の婿となり、伯爵家を継ぐのならば弱い人間だと思わせてはだめ」
「は、はい!」
キースは言われた通りに姿勢を正し、真っ直ぐアリスを見据えた。
アリスはにこっと微笑むと、後ろにいるマーガレットに視線を向ける。
「マーガレット。貴女の望むような話など何もないけれど、良いかしら?」
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