【完結】完璧令嬢アリスは金で婚約者を買った

七瀬菜々

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4:信じるマーガレット

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 翌日のランチタイム。アリス・ルーグはまたも食堂にいた。

 その日の食堂は、『王の寵臣ルーグ伯爵の娘アリスが婚約者を奴隷のように扱っているらしい』という噂で持ちきりだった。
 いつの間にか盛大に尾鰭のついた噂話は、僅か1日で学園中へと広がったようだ。
 
 故に、昨日以上に、皆がアリスを遠巻きにする。

 皆が金で男を買い、権力で従わせる悪役令嬢の存在に侮蔑の目を向ける。
 つい先日、その噂が出てくる前までは皆、アリスを完璧令嬢と持て囃していたのに。


 どこに居ても同じ、と判断したアリスはテラスには出ず、食堂の中にいた。
 相変わらずの嫌な空気に包まれた食堂で、相変わらず不躾な視線が彼女に送られる。

 そんな中でも、マーガレットはアリスと相席していた。
 昨日、騒ぎを大きくしてしまったことを気にしている面もあるだろうが、彼女はそれ以上に友人思いなのだ。
 友人が針のむしろに座らされるのなら、自分も同じくそこに座る、そんな女性。
 複雑そうな顔をして俯くマーガレットに対し、アリスは優しく言う。

「マーガレット、あなたも居心地が悪いのではなくて?別に私に気を使って一緒にいてくれなくとも良いのよ?」
「別に、気を遣っている訳ではないわ」
「そう?なら良いけれど」
 
 そう言いつつも、明らかに顔色が悪いマーガレットに、アリスは困ったように笑った。

(…本当に貴族らしくない)

 見捨てれば良いのに、とアリスは思う。 
 普通の貴族ならきっと今の状況の彼女のことを見捨てるはずだ。
 しかし、マーガレットは義理人情に厚く、決して見捨てない。

 そんな友人の思いやりが、アリスには痛い。

「私はまだ納得していないわ」

 マーガレットは覚悟を決めたように、すうっと息を吸うと、顔を上げた。
 そして昨日とは違い、鋭い目線でアリスを見据える。

「貴女が納得してもしなくても、何も変わらないのだけれど」
「そうだけど、それの事じゃない」
「じゃあ、どれの事?」
「アリスが彼を奴隷のように扱っているという噂よ。そんな噂が蔓延るなんて納得できない」
「噂を信じるかどうかは貴女の自由だけれど、もう少し現実を見た方が良いわ。マーガレット」

 アリスがそう言うと、タイミングよくキースが彼女のランチプレートを運んできた。
 マーガレットは、俯いてよく見えないはずの彼の顔が、どこか怯えたような表情をしている気がした。

「ありがとう、キース。もう下がって結構よ。貴方もどうぞ、そちらで召し上がって?」
「…失礼、します」

 キースは婚約者に頭を下げると、言われた通りに側の席で食事を取り始める。
マーガレットは、使用人のようにアリスに使われる彼を見て、険しい顔をした。

「アリス、貴女はそんな人間ではないはずよ」
「私は元々こんな人間よ?」
「どうして悪ぶっているの」
「悪ぶってなどいないわ」
「何か理由があるんでしょう?」
「そんなものないわ」

 聴き分けようとしない彼女に、アリスは少し苛立つ。
 だから、尊大な態度で事実を告げた。

「アレは私のモノよ。私がお金で買ったの」
「そうかもしれないけど」
「ならば、私のモノに私の世話をさせるのは不思議なことではないでしょう?」
「アリス!」

 マーガレットは声を荒げた。
 周囲からは、ヒソヒソとアリスを非難する声が聞こえる。
 彼女はその声に、悔しそうに唇を噛み締め、スカートを強く握った。

「私は認めないわ」
「だから、認めるも何も貴女がどう言おうと…」
「アリスはそんな人間ではないわ!」

 マーガレットはアリスの言葉に被せるように言う。

「貴女は私の何を知っていると言うのかしら」

 対するアリスは嘲笑うように言った。
 その表情は、まるで昔見た演劇の悪役令嬢そのものだった。
 しかし、マーガレットは引かない。

「全部は知らないわ。けれど私は、アリスが『私を助けてくれたこと』くらいちゃんと知っている」


 そう言うと、彼女は悔しそうな顔をして立ち上がり、そのまま早めにランチタイムを切り上げた。
 去ってゆく友人の背中を見つめ、アリスは自嘲めいた笑みを浮かべた。

***

「絶対、目的を暴いてやるわ」

 マーガレットは大股で学内の廊下を歩く。
 ヒソヒソと自分の噂話をする生徒たち。
 相変わらず居心地の悪い、汚い場所だと彼女は思う。


 マーガレットがアリスに傾倒しているのは、容姿が美しいからではない。
 アリスほどではないが、なまじ容姿の良い彼女はそれを理由に過去、身分の上の令嬢たちから酷いいじめを受けていた。
 
 そして、その場面を目撃したアリスに助けられたのだ。

 その方法はその場で割って入る短絡的なやり方ではなく、裏から手を回し、いじめる側がいじめを行う気など無くすくらいに叩き潰すやり方。
 アリスはそんな方法で、最短で、いじめっ子令嬢たちを黙らせた。

 それも、マーガレットには何も言わずに。

 故に、マーガレットが彼女のしたことに気づいたのは、いじめがいつの間にか終わってから半年が経った頃だった。

(……アリスはそんな人間ではない。強引なところはあるけど、優しい人よ)

 マーガレットはアリスを信じている。
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