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2:猪突猛進のマーガレット
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アリスが食事をしていると、ガシャンッと、この優雅な場には似つかわしくない音がした。
彼女がふと顔を上げると、そこには勢いよくランチプレートを置き、怪訝な顔で自分を見てくるご令嬢が一人。
彼女の名はマーガレット・ワトソン。
ワトソン子爵の娘で、アリスの数少ない友人である。
「急に何の用かしら?」
「どういうつもりなの?」
「何のこと?」
「とぼけないで!ねえ、どういう事なの?婚約したって本当なの!?」
マーガレットは到底納得できないという顔をしながら、目の前の友人に詰め寄る。
その話題は、その場にいる皆が真相を知りたいと思っている話。けれども、彼女に直接噂の真偽を聞くこともできない話。
アリスは周囲が遠巻きに自分を見ているだけの状況で、真正面から突っ込んでくる友人に敬意を払う。
「貴女って本当にすごいわね。その猪突猛進な所、貴族女性としてはどうかと思うけれど、友人としては尊敬するわ」
「褒めていないことだけはよくわかるわ。ありがとう」
「どういたしまして。とりあえず座ってはいかが?」
アリスは興奮する彼女に、少し落ち着けと言わんばかりに着席を促す。
マーガレットは渋々それに従った。
「ねえ、本当なの?」
「婚約のこと?それなら本当よ」
「じゃあ、金と権力に物を言わせて買ったというのは?」
「政略的な婚約にその手の話は付き物でしょう?」
王侯貴族の婚約などギブアンドテイクだ。
利害関係が一致して初めて婚約が結ばれる。
その利害に、金銭的支援が含まれていてもおかしくはない。
故に『金で買った』と言われるのは少し心外でもある。
「自分から申し出たという話は?」
「それも本当よ。どうしても彼が欲しくてね」
「…何で、アレなの?」
「アレとか言わないでちょうだい」
「本当にどうして?だってお金出してまで手に入れる価値なんてアレにある!?ないでしょう!?」
マーガレットは偶然か必然か、近くに座っていたもう一人の噂の人物、キース・ダイルを指差した。
周囲は一斉に彼の方へと視線を向ける。しかし、当の本人は俯いたまま無反応を決め込んだ。
マーガレットの発言は彼にも聞こえているはずだが、アレ呼ばわりの婚約者はアリスの方を見向きもしない。
やはり金で買われたことが不満なのだろうか。
「指を差さないでちょうだい、マーガレット」
「…アリスならもっと上を狙えたでしょうに」
「そんな事ないわよ」
アリスは食後の紅茶を啜りながら、シレッと返す。
その態度に、友人思いのマーガレットは勢いよく立ち上がり、彼女に人差し指を突きつけて言い放った。
「何を言うか!知ってるんだからね!?この間、王太子殿下に言い寄られていたでしょう?」
「はしたないから座りなさい、マーガレット。その発言は不敬よ。お父様に聞きたいことがあるから約束を取り付けてくれ、と頼まれていただけなのだから、変なことを言わないで」
珍しく怒りをあらわにしたアリスは、淑女としてのマナーがなっていない友人に再び着席することを促した。
マーガレットは口を尖らせながらも、再び椅子に腰掛ける。
そして、近くに座る友人の婚約者に聞こえるような声で捲したてた。
「あなたは国王陛下の覚えめでたいルーグ伯爵の娘よ?」
「そうね」
「昨年のミス・アカデミーの美貌をもつ令嬢よ?」
「そうだったわね」
「なんなら、今年もミス・アカデミー確実よ?」
「それはどうかしら」
「魔法の才能にも恵まれているわ」
「ありがたいことね」
「おまけに筆記試験では学年首席」
「勉強しているもの」
「私だって勉強はしてるわよ!」
いくら勉強していようとそう簡単に取れないのが首席というものだ。
どれだけ勉強しようとも、マーガレットが首席になることはない。
それをわかっていないような返答に、彼女は声を荒げた。
「そんなハイスペック令嬢のアリスが、なんで!?どうして、わざわざお金出してまであんなもさっとした瓶底眼鏡男を選ぶのよ!」
マーガレットは人目も憚らず叫びながら、その瓶底眼鏡男を指差す。
確かに、キースは毛量の多い黒髪を特に整えもしていないし、実際にはどんな瞳をしているのかわからないほど分厚いメガネをしているので、間違ってはいない。
しかしマーガレットの言動はとても失礼なものだ。
アリスは、ふうっと小さく息を吐いて、興奮するマーガレットを叱る。
「だから声が大きいのよ、はしたない。あと指差さないでって言ってるでしょう。いい加減にしないと折るわよ」
「折らないでよ、物騒な女ね」
「何が不満なのよ。別に貴女が婚約するわけでもないのに」
「だって!私のアリスが!あんなもさっとした瓶底眼鏡男と結婚なんて!そんなの…私耐えられないよぉ!」
マーガレットは突然泣き出した。
これには流石のアリスもわかりやすく動揺する。
「な、泣かなくても…。ちょっとだけ、引くわ」
「引くとか言わないでよ!」
「私には貴女が何故そこまで私を信奉するのか理由がわからないわ」
「顔よ!」
「か、顔?」
「私はアリスの顔が好きなのよ!」
「…いっそ清々しいわね。さすがはマーガレット・ワトソンだわ」
腹芸もろくにできない、単純明快でわかりやすい世にも珍しい貴族令嬢。それがマーガレット・ワトソンだ。
アリスが呆れたように自分の顔が好きな友人を見ると、彼女は熱く語り出した。
「いいこと?アリス。貴女の顔は国宝級なの。白い肌にアメジストの瞳。シュッと通る鼻筋に小さな口。そしてまっすぐ伸びたプラチナブロンドの長い髪。完璧だわ。パーフェクトだわ。貴女の顔はこの国の宝なの。わかるでしょ?」
「貴女が少し危ない人物なのはわかるわ」
変質的な目で自分を見る友人を前に、アリスは身構えた。
マーガレットはそれを気に留めることもなく、続ける。
「そんなアリスの遺伝子に、もっさい瓶底眼鏡男の遺伝子が混ざるなんて、国への叛逆だわ。私には耐えられない」
「貴女が産むわけじゃないでしょうに」
「私は産まないけど、生まれた子の乳母をするのは私と決まっているから、貴女の子は私の子でもあるのよ」
「それは初耳だわ」
「今決めたもの」
「断固として拒否するわ」
この変態に任せては未来の我が子の貞操が危ないと、アリスは断固として拒否した。
そこを何とか!とマーガレットは食い下がるが無視だ。
アリスは彼女のテンションについて行けず、深くため息をついた。
彼女がふと顔を上げると、そこには勢いよくランチプレートを置き、怪訝な顔で自分を見てくるご令嬢が一人。
彼女の名はマーガレット・ワトソン。
ワトソン子爵の娘で、アリスの数少ない友人である。
「急に何の用かしら?」
「どういうつもりなの?」
「何のこと?」
「とぼけないで!ねえ、どういう事なの?婚約したって本当なの!?」
マーガレットは到底納得できないという顔をしながら、目の前の友人に詰め寄る。
その話題は、その場にいる皆が真相を知りたいと思っている話。けれども、彼女に直接噂の真偽を聞くこともできない話。
アリスは周囲が遠巻きに自分を見ているだけの状況で、真正面から突っ込んでくる友人に敬意を払う。
「貴女って本当にすごいわね。その猪突猛進な所、貴族女性としてはどうかと思うけれど、友人としては尊敬するわ」
「褒めていないことだけはよくわかるわ。ありがとう」
「どういたしまして。とりあえず座ってはいかが?」
アリスは興奮する彼女に、少し落ち着けと言わんばかりに着席を促す。
マーガレットは渋々それに従った。
「ねえ、本当なの?」
「婚約のこと?それなら本当よ」
「じゃあ、金と権力に物を言わせて買ったというのは?」
「政略的な婚約にその手の話は付き物でしょう?」
王侯貴族の婚約などギブアンドテイクだ。
利害関係が一致して初めて婚約が結ばれる。
その利害に、金銭的支援が含まれていてもおかしくはない。
故に『金で買った』と言われるのは少し心外でもある。
「自分から申し出たという話は?」
「それも本当よ。どうしても彼が欲しくてね」
「…何で、アレなの?」
「アレとか言わないでちょうだい」
「本当にどうして?だってお金出してまで手に入れる価値なんてアレにある!?ないでしょう!?」
マーガレットは偶然か必然か、近くに座っていたもう一人の噂の人物、キース・ダイルを指差した。
周囲は一斉に彼の方へと視線を向ける。しかし、当の本人は俯いたまま無反応を決め込んだ。
マーガレットの発言は彼にも聞こえているはずだが、アレ呼ばわりの婚約者はアリスの方を見向きもしない。
やはり金で買われたことが不満なのだろうか。
「指を差さないでちょうだい、マーガレット」
「…アリスならもっと上を狙えたでしょうに」
「そんな事ないわよ」
アリスは食後の紅茶を啜りながら、シレッと返す。
その態度に、友人思いのマーガレットは勢いよく立ち上がり、彼女に人差し指を突きつけて言い放った。
「何を言うか!知ってるんだからね!?この間、王太子殿下に言い寄られていたでしょう?」
「はしたないから座りなさい、マーガレット。その発言は不敬よ。お父様に聞きたいことがあるから約束を取り付けてくれ、と頼まれていただけなのだから、変なことを言わないで」
珍しく怒りをあらわにしたアリスは、淑女としてのマナーがなっていない友人に再び着席することを促した。
マーガレットは口を尖らせながらも、再び椅子に腰掛ける。
そして、近くに座る友人の婚約者に聞こえるような声で捲したてた。
「あなたは国王陛下の覚えめでたいルーグ伯爵の娘よ?」
「そうね」
「昨年のミス・アカデミーの美貌をもつ令嬢よ?」
「そうだったわね」
「なんなら、今年もミス・アカデミー確実よ?」
「それはどうかしら」
「魔法の才能にも恵まれているわ」
「ありがたいことね」
「おまけに筆記試験では学年首席」
「勉強しているもの」
「私だって勉強はしてるわよ!」
いくら勉強していようとそう簡単に取れないのが首席というものだ。
どれだけ勉強しようとも、マーガレットが首席になることはない。
それをわかっていないような返答に、彼女は声を荒げた。
「そんなハイスペック令嬢のアリスが、なんで!?どうして、わざわざお金出してまであんなもさっとした瓶底眼鏡男を選ぶのよ!」
マーガレットは人目も憚らず叫びながら、その瓶底眼鏡男を指差す。
確かに、キースは毛量の多い黒髪を特に整えもしていないし、実際にはどんな瞳をしているのかわからないほど分厚いメガネをしているので、間違ってはいない。
しかしマーガレットの言動はとても失礼なものだ。
アリスは、ふうっと小さく息を吐いて、興奮するマーガレットを叱る。
「だから声が大きいのよ、はしたない。あと指差さないでって言ってるでしょう。いい加減にしないと折るわよ」
「折らないでよ、物騒な女ね」
「何が不満なのよ。別に貴女が婚約するわけでもないのに」
「だって!私のアリスが!あんなもさっとした瓶底眼鏡男と結婚なんて!そんなの…私耐えられないよぉ!」
マーガレットは突然泣き出した。
これには流石のアリスもわかりやすく動揺する。
「な、泣かなくても…。ちょっとだけ、引くわ」
「引くとか言わないでよ!」
「私には貴女が何故そこまで私を信奉するのか理由がわからないわ」
「顔よ!」
「か、顔?」
「私はアリスの顔が好きなのよ!」
「…いっそ清々しいわね。さすがはマーガレット・ワトソンだわ」
腹芸もろくにできない、単純明快でわかりやすい世にも珍しい貴族令嬢。それがマーガレット・ワトソンだ。
アリスが呆れたように自分の顔が好きな友人を見ると、彼女は熱く語り出した。
「いいこと?アリス。貴女の顔は国宝級なの。白い肌にアメジストの瞳。シュッと通る鼻筋に小さな口。そしてまっすぐ伸びたプラチナブロンドの長い髪。完璧だわ。パーフェクトだわ。貴女の顔はこの国の宝なの。わかるでしょ?」
「貴女が少し危ない人物なのはわかるわ」
変質的な目で自分を見る友人を前に、アリスは身構えた。
マーガレットはそれを気に留めることもなく、続ける。
「そんなアリスの遺伝子に、もっさい瓶底眼鏡男の遺伝子が混ざるなんて、国への叛逆だわ。私には耐えられない」
「貴女が産むわけじゃないでしょうに」
「私は産まないけど、生まれた子の乳母をするのは私と決まっているから、貴女の子は私の子でもあるのよ」
「それは初耳だわ」
「今決めたもの」
「断固として拒否するわ」
この変態に任せては未来の我が子の貞操が危ないと、アリスは断固として拒否した。
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