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第二部
16:事件が起きた週末の話(3)
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休日の昼下がり。何やら外が騒がしいと思い、受付を離れたのがいけなかったのかもしれない。
(視界に入ってしまっては気にせずにいることは難しい…)
モニカの視界には今、ギャラリーの外で帝国南部の系統の顔をした非常にグラマラスな女性が、人相の悪い男二人に捕まっている様子が映っている。
男たちはナイフを振り回して周囲を威嚇し、商店街の中央で何やら叫んでいた。薬物中毒者のような怒号にモニカは眉を顰めた。
「おい、アレ。浮気相手じゃん」
「浮気相手じゃなくて友人よ、ブライアン」
モニカとエリザの間からひょっこりと顔を出したブライアンは、彼女の顔を見て驚いた表情をした。
エリザは浮気相手という単語にピクリと反応するも、空気を読んで何も聞かない。
(ジャスパーの友人かぁ)
モニカの目に映るジャスパーの友人らしき彼女は、足を諤々と震わせて涙を流し、助けを求めている。
おそらくはこのままここで待機していても、すぐに騎士団が駆けつけて解決してくれることだろう。
しかし犯人の興奮した様子を見るに、その到着まで彼女が傷つけられない保証はどこにもない。
(捨て置くことはできるが、ジャスパーの友人、だもんなぁ…)
ジャスパーは人から好かれる素質はあるのにいつも周りを警戒しているせいか、彼が心から友人だと呼べる人間は意外と少ない。
それはモニカという特殊な生まれの主人を持ったせいでもあるだろう。
そのことに多少の罪悪感を持っているモニカは、ギャラリーの扉の前で大きなため息をこぼした。
「ブライアン。来場客とともにギャラリーに戻って、鍵を閉めて」
「そうだな。ほら、モニカも入って」
「私はすることがあるからここにいるわ」
「は?何だよ、する事って」
「いいから。あなたは主催者としてお客様を守る義務があります。早く」
「わ、わかったよ…」
貴族然とした目で強くそう言われた彼は、言われた通りにギャラリーに入り鍵を閉めた。
(…さて、どうしたものか)
モニカはチラリとエリザの方を見る。
エリザはキョトンと首を傾げた。本当にこの侍女はモニカ以外のためには動かない。
「エリザ。ここから彼女を助ける術はある?」
「そうですねぇ。できなくはないと思いますわ。けれど野次馬が多いですし、何よりも男とあの女性の距離が近すぎて100%無傷で救出できるかどうかは判断しかねます」
ワンピースの裾を捲り上げ、太ももに仕込んだ暗器を見せたエリザは、今日は武器がこれしかないのでと困ったように笑った。
エリザがコントロールをミスするとは思えないが、彼女を傷つけるリスクがあるのなら無茶は避けるべきだ。モニカは眉間に皺を寄せてうーんと考え込んだ。
「ねえ。それ、一つ貸してくれない?」
「これですか?」
エリザは太ももから一つ暗器を抜き取ると、それをモニカの手のひらに乗せた。
そしてそれを彼女が握りしめ、袖の中に隠したところでハッと気がつく。
「何をなさるおつもりですか!?」
「何って人質交換よ」
「ダメですよ!?ご自分がどれだけ尊い身の上であると思っていらっしゃるのですか!?」
「高貴な身の上であるからこそよ」
彼らの話をよくよく聞くと、仲間の解放を求めている。薬物中毒者にしては呂律もはっきりとしているから、おそらく今日ノア達が制圧したはずの組織の人間だろうとモニカは淡々と説明した。
「つまり、彼らは交渉をしたがっている。だとするならば、そこらへんの町娘より私の方が彼らにとっては都合がいいでしょう?」
交渉の材料になり得るなら、そう簡単に殺しもしないだろう。モニカは今捕まっている彼女よりも自分の方が生存確率は高いのだと話す。
「し、しかし…」
「あら、不安?私は、いざとなったら私の優秀な侍女が必ず助けてくれると思っているのだけれど?」
悪戯っぽい笑みを浮かべてモニカはエリザの額をツンと押した。
そんな彼女にエリザは額を抑えて、なんとも言えない表情をする。
それはもう殺し文句だ。そんなことを言われては拒否できない。
「隙が出来たら容赦なくお願い」
「隙と言われましても…」
なかなかに隙のない連中に見える。間違いなく、そこらへんのチンピラではない。
「隙は私が作ります。どうせ今頃、ノア様達が彼らを追っているだろうし、騎士団が駆けつければこちらの勝ちよ」
「そうかもですけど、お兄様に怒られてしまいますわ」
「その時は一緒に怒られましょう?」
モニカはエリザの横髪を耳にかけると、『大丈夫だから』と優しく囁いて彼らの前に出た。
エリザは顔を赤くして耳を押さえる。
「仕草がお兄様に似てきて厄介ですわ、姫様」
(視界に入ってしまっては気にせずにいることは難しい…)
モニカの視界には今、ギャラリーの外で帝国南部の系統の顔をした非常にグラマラスな女性が、人相の悪い男二人に捕まっている様子が映っている。
男たちはナイフを振り回して周囲を威嚇し、商店街の中央で何やら叫んでいた。薬物中毒者のような怒号にモニカは眉を顰めた。
「おい、アレ。浮気相手じゃん」
「浮気相手じゃなくて友人よ、ブライアン」
モニカとエリザの間からひょっこりと顔を出したブライアンは、彼女の顔を見て驚いた表情をした。
エリザは浮気相手という単語にピクリと反応するも、空気を読んで何も聞かない。
(ジャスパーの友人かぁ)
モニカの目に映るジャスパーの友人らしき彼女は、足を諤々と震わせて涙を流し、助けを求めている。
おそらくはこのままここで待機していても、すぐに騎士団が駆けつけて解決してくれることだろう。
しかし犯人の興奮した様子を見るに、その到着まで彼女が傷つけられない保証はどこにもない。
(捨て置くことはできるが、ジャスパーの友人、だもんなぁ…)
ジャスパーは人から好かれる素質はあるのにいつも周りを警戒しているせいか、彼が心から友人だと呼べる人間は意外と少ない。
それはモニカという特殊な生まれの主人を持ったせいでもあるだろう。
そのことに多少の罪悪感を持っているモニカは、ギャラリーの扉の前で大きなため息をこぼした。
「ブライアン。来場客とともにギャラリーに戻って、鍵を閉めて」
「そうだな。ほら、モニカも入って」
「私はすることがあるからここにいるわ」
「は?何だよ、する事って」
「いいから。あなたは主催者としてお客様を守る義務があります。早く」
「わ、わかったよ…」
貴族然とした目で強くそう言われた彼は、言われた通りにギャラリーに入り鍵を閉めた。
(…さて、どうしたものか)
モニカはチラリとエリザの方を見る。
エリザはキョトンと首を傾げた。本当にこの侍女はモニカ以外のためには動かない。
「エリザ。ここから彼女を助ける術はある?」
「そうですねぇ。できなくはないと思いますわ。けれど野次馬が多いですし、何よりも男とあの女性の距離が近すぎて100%無傷で救出できるかどうかは判断しかねます」
ワンピースの裾を捲り上げ、太ももに仕込んだ暗器を見せたエリザは、今日は武器がこれしかないのでと困ったように笑った。
エリザがコントロールをミスするとは思えないが、彼女を傷つけるリスクがあるのなら無茶は避けるべきだ。モニカは眉間に皺を寄せてうーんと考え込んだ。
「ねえ。それ、一つ貸してくれない?」
「これですか?」
エリザは太ももから一つ暗器を抜き取ると、それをモニカの手のひらに乗せた。
そしてそれを彼女が握りしめ、袖の中に隠したところでハッと気がつく。
「何をなさるおつもりですか!?」
「何って人質交換よ」
「ダメですよ!?ご自分がどれだけ尊い身の上であると思っていらっしゃるのですか!?」
「高貴な身の上であるからこそよ」
彼らの話をよくよく聞くと、仲間の解放を求めている。薬物中毒者にしては呂律もはっきりとしているから、おそらく今日ノア達が制圧したはずの組織の人間だろうとモニカは淡々と説明した。
「つまり、彼らは交渉をしたがっている。だとするならば、そこらへんの町娘より私の方が彼らにとっては都合がいいでしょう?」
交渉の材料になり得るなら、そう簡単に殺しもしないだろう。モニカは今捕まっている彼女よりも自分の方が生存確率は高いのだと話す。
「し、しかし…」
「あら、不安?私は、いざとなったら私の優秀な侍女が必ず助けてくれると思っているのだけれど?」
悪戯っぽい笑みを浮かべてモニカはエリザの額をツンと押した。
そんな彼女にエリザは額を抑えて、なんとも言えない表情をする。
それはもう殺し文句だ。そんなことを言われては拒否できない。
「隙が出来たら容赦なくお願い」
「隙と言われましても…」
なかなかに隙のない連中に見える。間違いなく、そこらへんのチンピラではない。
「隙は私が作ります。どうせ今頃、ノア様達が彼らを追っているだろうし、騎士団が駆けつければこちらの勝ちよ」
「そうかもですけど、お兄様に怒られてしまいますわ」
「その時は一緒に怒られましょう?」
モニカはエリザの横髪を耳にかけると、『大丈夫だから』と優しく囁いて彼らの前に出た。
エリザは顔を赤くして耳を押さえる。
「仕草がお兄様に似てきて厄介ですわ、姫様」
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