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第二部
14:事件が起きた週末の話(1)
しおりを挟むとある週末のこと。突き抜けるような青空の下、賑やかな王都の商店街では、画家ブライアンの個展が開かれていた。
王都で一番大きな商店街にあるギャラリーを貸し切り開かれた個展には、多くのファンが訪れている。
もちろんのこと、モニカはエリザを連れてギャラリーへと足を運んだ。
彼はモニカたちに絵を買われるのを嫌がるが、モニカとて自分がモデルとなった絵は気になるのだ。仕方がない。
「いや、絵を買いに来たんじゃないのかよ。何してんだよ」
受け付けで、にこやかにチケットをもぎるモニカにブライアンは呆れ顔で声をかけた。
まさか公爵夫人がこんなところで受付をしているだなんて考えもしないのだろう。誰もモニカに気づかない。
「受付のお嬢さんが体調悪そうだったから変わってあげたのよ。お嬢さんは医務室にいるわ」
「ありがたいけど勝手なことすんな。お貴族様がするような仕事じゃないだろう」
「あら、知らないの?今時のお貴族様はするのよ。社交界では最近、美しくチケットをもぎれる女性がモテるの」
「嘘つくならもうマシな嘘をつけ。そんな社交界があったら逆に嫌だわ」
「そう?なかなか楽しそうだと思うけれど」
モニカは来場客にパンフレットを渡すとに爽やかな笑顔で頭を下げる。
傾国級の美貌を持つ受付嬢に、男どもの視線は釘付けだ。
「絵よりモニカの方が注目されているな」
「よかったわね。こんな素敵な看板娘がいて」
「別によくない」
「なんだったら客引きもしてあげてもいいわよ?」
「やらなくていい」
「あら、残念」
全然残念そうに見えない顔で、モニカは戯けてみせた。
今日は何だか返答が軽快である。ああ言えばこう言う、いつものモニカだ。
そう思うとブライアンは自然と顔が綻ぶ。
「解決したのか?」
「接近禁止令が出たわ」
「何だそれ。悪化してるじゃねーか」
「でも心は穏やかよ?」
ジャスパーに接近禁止令が出されて以降、モニカは心穏やかに過ごしていると言う。
少しの寂しさはあるものの、彼の心が自分にあり、自分の心が彼にあることを確認したので、もう不安はない。
それどころか、今は無駄に迫られることもないので、心臓を酷使することもないから寧ろ健康には良さそうだ。
「まあ、モニカが良いならいいけど…」
ブライアンは楽しそうにそう話すモニカの頭を軽く撫でた。
すると、その手をパシッと横から叩かれる。
「気安く触らないでいただけます?」
お手洗いから戻ってきたエリザは鋭い目つきでブライアンを睨みつける。
その視線はいつぞやの兄とそっくりだ。
「目が怖いんだよ。似た者兄妹め」
「お兄様と同じにされるのは気分が悪うございます」
「おかえり、エリザ」
「ただいま戻りました、姫様!」
ブライアンに対する態度とモニカに対する態度がまるで真逆だ。
あまりに露骨な違いに、彼は思わず吹き出した。
「変な兄妹に好かれたな、モニカ」
「素敵な兄妹よ」
「そうか。それならいい」
ブライアンはまた後でと、モニカに受付を任せると満足そうに会場へと戻っていった。
相変わらず不服そうに彼を見送るエリザに、モニカはわざとらしく咳払いをする。
「ところでエリザ」
「はい。なんでしょうか、姫様」
「今は姫様と呼ばないと約束したでしょう?」
「…そ、それは」
こんな往来で姫様なんて呼ばれたら皆が何事かと騒ぎ立ててしまう。
だからここではモニカと名前で呼ぶように伝えていたのだが、慣れないのか、エリザはなかなか彼女の名を呼ばない。
「エリザ。モニカよモニカ。さあ言ってみて」
「モ、モモモモ…」
「モ、二、カ」
「モモモモモモモモモ」
顔を真っ赤にしても、『モ』までしか出てこないエリザにモニカは呆れたようにため息をこぼす。前途多難だ。
「そんなに難しいかしら、名前で呼ぶのって」
「お、恐れ多いのですわ」
「私はそんなに崇高な人間ではないわよ?」
「何をおっしゃいますか。エリザにとっては女神様です」
「それこそ恐れ多いわ。女神様に失礼よ」
「お、奥様とかではダメですか?」
「ダメじゃないけれど…」
できれば名前で呼んでほしい。
エリザとは主従関係になってしまったけれど、本当に望んでいたのは友人のような関係だ。
しかし、もういっぱいいっぱいであるというような顔でこちらを見つめてくる彼女に、それ以上求めることができなくなったモニカは『まあいいか』とつぶやいた。
そして彼女の耳元に顔を近づけると、小さく囁く。
「私と姉妹になるつもりなら、いつかは呼んでね?エリザ」
「は、はひぃ…」
ふわりとその蜂蜜色の髪から漂うシトラスの香りと顔の近さ、甘い囁き声などが相まって限界を迎たエリザはその場にへたり込んだ。
金髪碧眼の美少女が平凡な少女を一人口説き落としたようにしか見えないその光景に、遠くからその様子を眺めていたブライアンは怪訝な表情を浮かべた。
「何やってんだ?あいつら」
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