【完結】3度婚約を破棄された皇女は護衛の騎士とともに隣国へ嫁ぐ

七瀬菜々

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第二部

12:これ以上は見過ごせないので

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 その日の夜。公爵邸の執務室で、一人がけのソファに腰掛けて足を組むノアの姿はいつもとは随分と雰囲気が違っていた。
 いつもの、のほほんとした人畜無害な雰囲気とは打って変わって、背後に大蛇を背負っていそうなそんなどす黒いオーラが見える。
 彼の前で正座させられているジャスパーは、怖くて顔をあげることができない。
 部屋の隅でその様子を眺めているモニカは、ブライアンが言っていた彼の好きなところとはこういうところなのかと初めて理解できた気がしていた。やはり趣味が悪い。

「僕さぁ、思うんだよね」
「な、何をでしょう」
「護衛もできる優秀な侍女が妻のそばにいるのに、わざわざ騎士を雇う必要なんてあるのかなーって。ねえ、エリザ?」

 にっこりと黒い笑顔で微笑みかけられたエリザは、同じような笑顔を返す。

「エリザも、姫様にはエリザがいれば十分だと思いますわ」
「なら、君の兄は解雇しようか?」
「それが良いかもしれません」
「そ、それだけはご勘弁をっ!!」

 ジャスパーは床に額を擦り付けて懇願した。
 そんな彼が居た堪れなくなったモニカは、彼を庇うようにノアと彼の間に入る。

「ノア様、その辺で…いや、私もほら、悪かったというか…。流されかけたというか…」

 身振り手振りでジャスパーだけが悪いわけではないと弁明するモニカ。
 ノアはそんな彼女にも先ほどと同じような黒い笑みを浮かべる。
 その笑顔があまりに怖くて、モニカは自主的にジャスパーの横に正座した。

「そうだね、その件についてはもちろんモニカにも責任はあるね」
「…はい」
「君たち二人には自制心が足りないようだ」
「…おっしゃる通りで」
「多分距離が近すぎるのがいけないんだろうね」
「…そうかもしれません」
「よって、明日からの7日間。接近禁止令を出します」
「「えっ!?」」

 二人は声を揃えて顔を上げた。

「ちょうどジャスパーに頼みたい仕事があったんだ。ついでだし、しばらくは僕と動いて欲しい」
「いやいやいや。無理です、嫌です」
「君に拒否権があると思うのかい?誰が君を雇っていると思っているのかな?」
「それは…」

 主人はモニカだが、雇い主はノアだ。彼がジャスパーに給料を払っている。
 よって、それを出されるとジャスパーは何も言えない。

「二人とも、少し距離をおいて頭を冷やしなさい。いい加減にしないと今までの1年半が無駄になるぞ?特にジャスパー」
「ういっす…」
「僕はモニカを連れ出すために彼女を迎えに行ったの出あって、君の欲望を叶えるために彼女を連れ出したわけではない」
「…ホームに帰ると強いっすね、ノア様は」

 帝国ではビクビクして頼りなかったくせに。ジャスパーは恨めしそうにノアを見上げた。

「なんとでも言うがいい。さあ、夕食の時間だ。食堂へ行こうか」

 ノアはモニカに手を差し伸べると、彼女をぐいっと引き上げて立ち上がらせる。
 そしてそのまま、彼女をエスコートして部屋を出ようとした。
 
「………」

 その様子を半眼で見ていたジャスパーは、ノアとともに部屋を出ようとするモニカの手を後ろから掴むと、勢いをつけて自分の方へと引き寄せた。
 
「えっ?何…」

 突然のことに困惑するモニカが顔を上げると、彼は唐突に彼女の口を塞ぐ。
 その場にいた一同はジャスパーの暴挙に呆気に取られてしばらく動けなかった。
 しばしの沈黙は時が止まったように長く感じた。

「……な、なななな何で!?」

 最初に口火を切ったのはモニカだった。
 なぜキスされたのかもわからないモニカは、口を押さえてただただ赤面する。
 エリザはそんな彼女を抱きしめてキッと鋭い目つきで兄を睨みつけた。

「接近禁止!!」
「明日からでしょ?まだセーフだ」
「本当、お兄様は!!油断も隙もない!!」

 妹の叱責を軽く受け流すジャスパー。
 ノアは額を抑えて大きくため息をついた。

「ジャスパーは夕食抜き!!」

 接近禁止令を彼はちゃんと守れるのだろうか。不安だ。
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