【完結】3度婚約を破棄された皇女は護衛の騎士とともに隣国へ嫁ぐ

七瀬菜々

文字の大きさ
上 下
48 / 74
第二部

3:モニカと画家のブライアン(1)

しおりを挟む
   ギルマン王国に来てから、ノアはグロスター公爵邸の敷地内にある別棟を丸々、モニカに与えた。
 屋敷の人間には事情を説明してあるので、そこでオーウェン兄妹とモニカの三人で生活すればいいと言ってくれたのだ。
 本邸よりも規模は小さいが、それでもかなり立派なその屋敷はノアの前の彼氏が設計したらしい。
 煉瓦造りの二階建て。左右対称の造りになっているこのお屋敷には広間や画廊だけでなく図書室まできちんと完備されている。
 食事だけは本邸の食堂で取ることになっているがそれ以外は三人で住むには十分すぎる広さだった。

「ブライアンが別棟に住むのを嫌がってくれたおかげで、私たちはあそこに住めているわけだけど、本当に良かったの?」

 絵の具の匂いが充満する煩雑な部屋で、窓辺のソファに腰掛け窓の外を見つめるモニカは、そんな自分を凝視する画家ブライアンに声をかけた。
 チラリと彼の方に顔を向けると、動くなときつく怒られる。
 窓から差し込む光がモニカの金髪に反射してキラキラと輝く様は本当に絵になるだろうが、夢中になりすぎてモデルへと対応が雑になるのは彼の悪いくせだ。
 
 結局、ブライアンがモニカの質問に答えたのはそこから1時間後のことだった。

「何の話してたっけ?」

    画材を片付けながら、ブライアンは難しい顔でモニカに尋ねた。
 長時間のモデルで体が凝り固まったモニカは背伸びをしながら答える。

「だから、別邸の話。断ってよかったの?」
「ああ、そのことね。いいに決まってるだろう。なんで俺がアイツの昔の男が建てた屋敷に住まねばならんのか」

    形に残るもの、それも排除しにくいものを残すなんて、それだけ元彼との関係が深かった証拠だとブライアンは不貞腐れた。

「そういうの、気にする人だったんだ。意外」
「悪いかよ」
「いいえ、可愛くて良いと思うわ」
「うるせぇ。可愛いっていうな」

 ブライアンは少し恥ずかしそうに頬を染め、口を尖らせる。
 癖のある茶髪に灰色の瞳、そして幼い顔立ちの彼は仕草まで幼く見えて可愛い。モニカは目を細めた。  
 そんな彼女の優しい微笑みに、ブライアンは感嘆のため息をこぼす。

「やっぱ、モニカは絵になるな」
「そう?」
「ああ、性格は難ありだが見た目は国宝級に美しい」
「一言多いわ」
「本当のことだろ」

 相変わらず、可愛い顔をして口が悪い。 
 自分に対する遠慮のない態度はどこかの不遜な騎士を思い出す。

「そろそろ護衛が迎えにくる頃だろ?」
「そうね」
「あの騎士、いつもはすごく嫌そうにお前を置いていくのに、今日はやけにアッサリだったな。何かあったのか?」
「貴方が気が散るからと追い出したんでしょ?」
「そうだけどさ、もっと嫌がるかと思ってたのに、今日は気持ち悪いくらいあっさりと引いたから驚いた」

    カーディガンを羽織り、帽子をかぶったモニカは『確かに』と小さくつぶやいた。
 いつもはブライアンのアトリエまで送ったあと、すごく名残惜しそうに部屋を離れるのに、今日はやけにアッサリとモニカを置いて行った。
 何か用事でもあるのだろうか。彼女はコテンと首を傾げる。

「というか、ブライアンも屋敷に住めばこうして通う必要もなくなるのに」
「やだよ」
「どうして?ノア様が部屋を用意してたわよ?」
「いいんだよ、俺はこういう場所の方が合ってる」

 ブライアンは何かを誤魔化すような笑みを浮かべた。
 王都のハズレの古びたアパート。駆け出しの芸術家に貸し出された部屋の一室にブライアンのアトリエはある。
 ノアはずっと屋敷にブライアンを呼んでいるが、彼はなかなか首を縦には振らない。

「どうして嫌なの?」
「…大した理由じゃないよ。たださ、なんか惨めになるだろ?あの屋敷に住むと、身分の違いを痛感してさ…」
「そんなこと…」
「お前らがそういうことを気にしない人種なのは知ってる。けど、どうしても劣等感を抱いてしまう。俺は小さい男だからさ…」
「ブライアン…」

   王族のノアとブライアンの間にある壁は性別だけではない。
 結局、二人はどう足掻いても相容れない存在なのだ。
 モニカは悲痛な表情でブライアンの手を取った。
 すると、彼は彼女の頭を鷲掴みにして乱暴に撫で回す。

「そんな顔するなよ。お前がノアと結婚してくれたおかげで、俺たちは堂々と会えるんだから」

    以前は中々結婚しないノアに男色疑惑が持ち上がった事もあったらしい。そう考えると、今は既婚者だから会いやすいのだとブライアンは笑った。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

私のお金が欲しい伯爵様は離婚してくれません

みみぢあん
恋愛
祖父の葬儀から帰ったアデルは、それまで優しかった夫のピエールに、愛人と暮らすから伯爵夫人の部屋を出ろと命令される。 急に変わった夫の裏切りに激怒したアデルは『離婚してあげる』と夫に言うが… 夫は裕福な祖父の遺産相続人となったアデルとは離婚しないと言いはなつ。 実家へ連れ帰ろうと護衛騎士のクロヴィスがアデルをむかえに来るが… 帰る途中で襲撃され、2人は命の危険にさらされる。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

ヒロインは辞退したいと思います。

三谷朱花
恋愛
リヴィアはソニエール男爵の庶子だった。15歳からファルギエール学園に入学し、第二王子のマクシム様との交流が始まり、そして、マクシム様の婚約者であるアンリエット様からいじめを受けるようになった……。 「あれ?アンリエット様の言ってることってまともじゃない?あれ?……どうして私、『ファルギエール学園の恋と魔法の花』のヒロインに転生してるんだっけ?」 前世の記憶を取り戻したリヴィアが、脱ヒロインを目指して四苦八苦する物語。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】初恋の伯爵は愛を求めない!買われた契約妻は恋心をひた隠す

白雨 音
恋愛
男爵令嬢のセリアは結婚を間近に控えていたが、両親の死により全てを失ってしまう。 残された負債の為、債権者の館で下女となるが、元貴族という事で、 風当たりも強く、辛い日々を送っていた。 そんなある夜、館のパーティで、セリアは一人の男性に目を奪われた。 三年前、密かに恋心を抱いた相手、伯爵レオナール___ 伯爵は自分の事など記憶していないだろうが、今の姿を彼に見られたくない… そんな気持ちとは裏腹に、セリアはパーティで目立ってしまう。 嫉妬した館の娘ルイーズの策謀で、盗人の汚名を着せられたセリア。 彼女の窮地に現れたのは、伯爵だった…  異世界恋愛 ※魔法要素はありません。《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています

綾森れん
恋愛
「リラ・プリマヴェーラ、お前と交わした婚約を破棄させてもらう!」 公爵家主催の夜会にて、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢はグイード・ブライデン公爵令息から言い渡された。 「お前のような真面目くさった女はいらない!」 ギャンブルに財産を賭ける婚約者の姿に公爵家の将来を憂いたリラは、彼をいさめたのだが逆恨みされて婚約破棄されてしまったのだ。 リラとグイードの婚約は政略結婚であり、そこに愛はなかった。リラは今でも7歳のころ茶会で出会ったアルベルト王子の優しさと可愛らしさを覚えていた。しかしアルベルト王子はそのすぐあとに、毒殺されてしまった。 夜会で恥をさらし、居場所を失った彼女を救ったのは、美しい青年歌手アルカンジェロだった。 心優しいアルカンジェロに惹かれていくリラだが、彼は高い声を保つため、少年時代に残酷な手術を受けた「カストラート(去勢歌手)」と呼ばれる存在。教会は、子孫を残せない彼らに結婚を禁じていた。 禁断の恋に悩むリラのもとへ、父親が新たな婚約話をもってくる。相手の男性は親子ほども歳の離れた下級貴族で子だくさん。数年前に妻を亡くし、後妻に入ってくれる女性を探しているという、悪い条件の相手だった。 望まぬ婚姻を強いられ未来に希望を持てなくなったリラは、アルカンジェロと二人、教会の勢力が及ばない国外へ逃げ出す計画を立てる。 仮面舞踏会の夜、二人の愛は通じ合い、結ばれる。だがアルカンジェロが自身の秘密を打ち明けた。彼の正体は歌手などではなく、十年前に毒殺されたはずのアルベルト王子その人だった。 しかし再び、王権転覆を狙う暗殺者が迫りくる。 これは、愛し合うリラとアルベルト王子が二人で幸せをつかむまでの物語である。

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

【完結】王太子妃候補の悪役令嬢は、どうしても野獣辺境伯を手に入れたい

たまこ
恋愛
公爵令嬢のアレクサンドラは優秀な王太子妃候補だと、誰も(一部関係者を除く)が認める完璧な淑女である。 王家が開く祝賀会にて、アレクサンドラは婚約者のクリストファー王太子によって婚約破棄を言い渡される。そして王太子の隣には義妹のマーガレットがにんまりと笑っていた。衆目の下、冤罪により婚約破棄されてしまったアレクサンドラを助けたのは野獣辺境伯の異名を持つアルバートだった。 しかし、この婚約破棄、どうも裏があったようで・・・。

処理中です...