34 / 74
第一部
32:解雇処分(2)
しおりを挟む『ジャスパー・オーウェン。貴方を解雇します』
不敵な笑みを浮かべてハッキリとモニカはそう言った。
一瞬、何を言われているのか分からず、ジャスパーは中身が飛び出そうなほどに目を大きく見開いた。
「な、何を言ってるんですか?姫様。俺がいなきゃ誰が姫様を守るんですか?」
「アンダーソン伯爵にでもお任せするわ。彼は他と比べてわたしへの敵対心も少ないし」
「ですがっ!」
到底納得できないジャスパーは食い下がる。
するとモニカは小馬鹿にしたようにクスッと笑みをこぼした。
「歩けない騎士に何ができるのよ」
「…それは…」
「役に立たない護衛などいらないの」
「……それは、確かに、そうなんですけど…」
確かにこの状態の自分にできることなど何もないジャスパーは、それ以上何も言えなくなってしまった。
「元々、素行不良が過ぎるからそろそろ解雇しようかと思っていたの。良い機会だわ。今から騎士団に話をつけに行ってくるから、エリザはお兄様の荷物をまとめて差し上げて?大きいものは後から運ばせます」
「そんな!待ってください、姫様!」
「ちょっと、モニカ!?」
モニカはトドメの一言を付け加えると、エリザやノアの制止も聞かずに部屋を出て行ってしまった。
ジャスパーはノアに心配だからついて行って欲しいと頼む。
ノアは悲痛な表情をしながらも、モニカの後を追いかけた。
パタンと扉が閉まる。
ギリッと奥歯を噛み締めるジャスパーは、爪の痕がつくほど強く拳を握った。
「お兄様…。姫様は多分…」
「わかってる。大丈夫だ」
こんなもの、彼女の本心じゃない。
ずっと虐げられる生活をしてきたせいか、彼女は大事な人ほど遠ざける傾向にある。
自分のせいで傷つけるのが怖いから、自分から遠いところにいて欲しいのだ。
たまに元気にしている姿を遠くから眺めて、安心できればそれでいい。
ジャスパーのお姫様はそんな人だ。
(でも、痛いなぁ…)
それでも、自分だけはずっと手放さずにいてくれたのに。そう思うと胸が痛い。
ジャスパーは大きなため息をつくと、エリザに荷物をまとめるように言う。
「そんな!?このまま大人しく出て行かれるのですか!?」
「仕方ないだろう、全治1ヶ月だ。確かにその間、俺には何もできない」
添え木をして固定された足を見下ろし、ジャスパーは悔しそうにつぶやいた。
骨がくっつくまでは絶対安静だ。守るどころか、ここにいればモニカの世話にならねばならない。
彼女の言う通りだ。今の彼は何の役にも立たない。
「エリザは納得できません」
「俺だって納得はしてないさ。でも、どうすることもできないだろ」
「お兄様が歩けないのなら、その間はエリザがお兄様の足となります」
エリザは兄の前に跪き、真剣な目で彼を見上げた。
「お兄様。お兄様はホークスの正体に気づいておられるのではないですか?」
「…まあ、大体はな」
「昨夜張ってあった罠は一つではないのでしょう?」
「ああ」
「残りの罠はエリザが回収いたします。指示をください」
「だめだ」
「なぜですか」
「危険が伴う。お前に何かあれば姫様が悲しむだろう…」
ホークスの正体に近づくことは、昨日のあの間抜けを捉えた時とは危険度が格段に違う。
そう言われたエリザは、『そうですか』と呟くとふらりと立ち上がった。
そして…。
彼女は兄の背後を取り、どこから共なく取り出したナイフを彼の喉元に突きつける。
「エ、エリザ…?」
ジャスパーが油断していただけかもしれないが、それでも速すぎて見えなかった。
エリザは顎を上げ、強い殺気を纏って兄を見下ろす。
背後から感じるその殺気に、ジャスパーは思わず肩を震わせた。
「馬鹿にしないでくださる?姫様もお兄様もエリザのことを誤解しておられますわ」
双子姉妹に泣かされていたあの時から何年立っていると思っているのか。
あれあらずっと、いつか必ずモニカのそばに戻るため、ありとあらゆる訓練をしてきた。
剣は使えないが、音もなく敵の背後をとり、その喉元を掻き切ることくらい大したことではないのだと彼女は言う。
「お兄様が屋敷に帰らぬ間、エリザは軍の傭兵部隊に紛れ込み戦場に出たことすらあるのですよ?」
「うっそ…。マジで?」
「姫様をお守りするのはお兄様のお役目と思い黙っておりましたが、大勢での襲撃でない限りは身辺警護くらいできます」
「すげーな、お前…。逆に怖いぞ」
喉仏にあたるナイフの冷たさに、ジャスパーは両手をあげて降参のポーズと取った。
エリザはその反応に、満足げな笑みを浮かべるとナイフを下ろし、スカートの中にしまった。
「だって、お兄様の妹ですもの」
「ああ、そうだな。間違いなく俺の妹だ」
モニカへのその執着も含めて、容姿以外は本当にそっくりだ。
観念したジャスパーは彼女にペンと紙を取るよう言いつけると、サラサラと何かを書き始めた。
そしてそれを彼女に託す。
「これをお前の探偵みたいな友人に調べてもらって欲しい」
「かしこまりましたわ」
「調べるのに何日かかりそうだ?」
「一日もあれば十分かと」
「優秀だな。では頼む。それと、今すぐに焼却炉に向かって欲しい」
「焼却炉ですか?」
「ああ。俺の勘が正しければ、そこに決定的な証拠が転がっているはずだ」
まるで悪代官のような表情をして、焼却炉にあるはずのものを告げるジャスパー。
それは彼が仕掛けた二つ目の罠だ。
エリザは『怖い人』と満面の笑みでつぶやくと、急いで部屋を出た。
21
お気に入りに追加
811
あなたにおすすめの小説
私のお金が欲しい伯爵様は離婚してくれません
みみぢあん
恋愛
祖父の葬儀から帰ったアデルは、それまで優しかった夫のピエールに、愛人と暮らすから伯爵夫人の部屋を出ろと命令される。 急に変わった夫の裏切りに激怒したアデルは『離婚してあげる』と夫に言うが… 夫は裕福な祖父の遺産相続人となったアデルとは離婚しないと言いはなつ。
実家へ連れ帰ろうと護衛騎士のクロヴィスがアデルをむかえに来るが… 帰る途中で襲撃され、2人は命の危険にさらされる。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
君のためだと言われても、少しも嬉しくありません
みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は…… 暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓
ヒロインは辞退したいと思います。
三谷朱花
恋愛
リヴィアはソニエール男爵の庶子だった。15歳からファルギエール学園に入学し、第二王子のマクシム様との交流が始まり、そして、マクシム様の婚約者であるアンリエット様からいじめを受けるようになった……。
「あれ?アンリエット様の言ってることってまともじゃない?あれ?……どうして私、『ファルギエール学園の恋と魔法の花』のヒロインに転生してるんだっけ?」
前世の記憶を取り戻したリヴィアが、脱ヒロインを目指して四苦八苦する物語。
※アルファポリスのみの公開です。

【完結】初恋の伯爵は愛を求めない!買われた契約妻は恋心をひた隠す
白雨 音
恋愛
男爵令嬢のセリアは結婚を間近に控えていたが、両親の死により全てを失ってしまう。
残された負債の為、債権者の館で下女となるが、元貴族という事で、
風当たりも強く、辛い日々を送っていた。
そんなある夜、館のパーティで、セリアは一人の男性に目を奪われた。
三年前、密かに恋心を抱いた相手、伯爵レオナール___
伯爵は自分の事など記憶していないだろうが、今の姿を彼に見られたくない…
そんな気持ちとは裏腹に、セリアはパーティで目立ってしまう。
嫉妬した館の娘ルイーズの策謀で、盗人の汚名を着せられたセリア。
彼女の窮地に現れたのは、伯爵だった…
異世界恋愛 ※魔法要素はありません。《完結しました》
お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています
綾森れん
恋愛
「リラ・プリマヴェーラ、お前と交わした婚約を破棄させてもらう!」
公爵家主催の夜会にて、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢はグイード・ブライデン公爵令息から言い渡された。
「お前のような真面目くさった女はいらない!」
ギャンブルに財産を賭ける婚約者の姿に公爵家の将来を憂いたリラは、彼をいさめたのだが逆恨みされて婚約破棄されてしまったのだ。
リラとグイードの婚約は政略結婚であり、そこに愛はなかった。リラは今でも7歳のころ茶会で出会ったアルベルト王子の優しさと可愛らしさを覚えていた。しかしアルベルト王子はそのすぐあとに、毒殺されてしまった。
夜会で恥をさらし、居場所を失った彼女を救ったのは、美しい青年歌手アルカンジェロだった。
心優しいアルカンジェロに惹かれていくリラだが、彼は高い声を保つため、少年時代に残酷な手術を受けた「カストラート(去勢歌手)」と呼ばれる存在。教会は、子孫を残せない彼らに結婚を禁じていた。
禁断の恋に悩むリラのもとへ、父親が新たな婚約話をもってくる。相手の男性は親子ほども歳の離れた下級貴族で子だくさん。数年前に妻を亡くし、後妻に入ってくれる女性を探しているという、悪い条件の相手だった。
望まぬ婚姻を強いられ未来に希望を持てなくなったリラは、アルカンジェロと二人、教会の勢力が及ばない国外へ逃げ出す計画を立てる。
仮面舞踏会の夜、二人の愛は通じ合い、結ばれる。だがアルカンジェロが自身の秘密を打ち明けた。彼の正体は歌手などではなく、十年前に毒殺されたはずのアルベルト王子その人だった。
しかし再び、王権転覆を狙う暗殺者が迫りくる。
これは、愛し合うリラとアルベルト王子が二人で幸せをつかむまでの物語である。

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。
ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。
こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。
(本編、番外編、完結しました)

【完結】王太子妃候補の悪役令嬢は、どうしても野獣辺境伯を手に入れたい
たまこ
恋愛
公爵令嬢のアレクサンドラは優秀な王太子妃候補だと、誰も(一部関係者を除く)が認める完璧な淑女である。
王家が開く祝賀会にて、アレクサンドラは婚約者のクリストファー王太子によって婚約破棄を言い渡される。そして王太子の隣には義妹のマーガレットがにんまりと笑っていた。衆目の下、冤罪により婚約破棄されてしまったアレクサンドラを助けたのは野獣辺境伯の異名を持つアルバートだった。
しかし、この婚約破棄、どうも裏があったようで・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる