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第一部

27:婚約パーティー(1)

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 結局、ジョシュアとオフィーリアの件に関する報告を受けてから、何も起きないまま今日の婚約パーティーを迎えてしまった事に、ジャスパーは深く長いため息をついた。
 モニカに対して命に関わるような事を仕掛けてくる場合、まず狙われるのは夜会の席だ。
 護衛がずっと彼女に張り付いていられるわけではないため、隙ができやすい。

「毒と火薬ならやっぱり火薬だと思います?」

    ジャスパーはドレスに着替え、髪をセットするモニカに尋ねる。
 ジョシュアたちが例の闇組織と接触していることを考えると、彼らが取る手段はその二つ。
 だが、複数の人間が口に入れる可能性のあるビュッフェ方式に食事に毒を仕込ませることは難しく、またモニカは警戒心が強いため基本的に人前では食事をしないことは割と知られている事実。
 となると…。

「火薬に一票。爆発物でも仕掛けてきていると見た」

 彼女はそう答えた。多少事態が大ごとになっても、確実にモニカに危害を加えられるのは火薬を使う方法だ。
 
「やっぱ姫様もそう思います?」
「ええ。考えたくはないけど、そう思うわ」
「でも、一応信頼できる衛兵に調べさせましたが、会場近くには今の所何もなかったらしいです」
「その衛兵の言うことがどのくらい信頼できるのかわからないけれど、パーティーが始まってから行動に移す可能性も充分あるわ」
「そうですね。引き続き最後まで警戒を怠るなと伝えておきます」

 本当に嫌になる。婚約パーティーの会場で爆発騒ぎなど起きれば、たとえモニカ自身に被害が出なくとも会場や招待客には被害が出るだろう。
 そうなれば後処理に追われるのも、責められるのも全部モニカだ。ことを起こした犯人ではない。
 モニカは『はあー』と声に出してため息をついた。
 何度こういうことを経験すればいいのだろう。
 メンタルに関しては強い方だという自覚があるが、それでも傷つかないわけじゃない。

「やだなぁ…」

 モニカの頭を結う手は自然と止まっていた。
 ジャスパーはそんな彼女の背後に立つと、その艶やかな蜂蜜色の髪に触れる。
 
「…編み込みますか?」
「…うん」

 慣れた手つきで主人の髪を結うジャスパー。
 髪まで結える護衛の騎士など、世の中探してもこの男くらいだろう。
 背後に立つ彼の体温を感じ、モニカの心臓はまた早鐘を打つ。本当に、この間からずっと心臓が過労死しそうだ。

「姫様、意識しすぎだって」

 長い髪の隙間から覗く赤くなったうなじを見て、ジャスパーは思わず吹き出してしまった。

「わ、笑わないでよ!」
「だって、可愛いから」

 クスクスと堪えきれていない笑みをこぼしながら、彼は仕上げに銀製の髪留めをこめかみの辺りにつけた。
 
「できましたよ」
「…ありがと」

 モニカは口を尖らせながらもお礼を言うと、鏡に映る自分を確認した。
 右のこめかみに光る銀製の天使の羽。よく見ると、所々にピンクのダイヤが埋め込まれている。
 彼女は髪留めに触れ、嬉しそうに目を細めた。

「…ずるい」
「え?」
「…その顔はなしでしょ」
「何が?何の話?」

 キョトンと首を傾げるモニカ。
 何も分かってなさそうに見える彼女にジャスパーは顔を歪めた。
 これが無自覚なのだとしたら本当にタチが悪い。
 彼はこれ以上近くにいると手を出しそうだと判断し、距離をとった。
 すると、タイミングよく扉をノックする音が聞こえる。
 助かったような残念なような、複雑な心境になりつつもジャスパーは扉を開けた。

「早かったですね、ノア様」
「あ、ああ…」
「ノア様?どうかしましたか?」
「いや…あの…その…」

 準備を終えてモニカを迎えに来たノアは、キョロキョロと目を動かして辺りを見渡す。
 明らかに挙動不審な様子に、ジャスパーはすかさず扉を閉めた。

「何かありましたか?」
「…実はさっきエレノア様にお会いしたんだ」 
「エレノア様に?」

 下の双子姉妹に比べ、第一皇女はモニカに対して特に何もしてこない。
 徹底して関わりを経っていることで有名だ。
 その彼女が妹の婚約者に接触してきたとはどういうことだろうか。
 モニカはノアの方に駆け寄った。

「お姉様が何か?」
「イザベラ様とグレース様が僕の部屋に忍び込むのを見たと教えてくださったんだ。…それで…これ…」

 そう言って、ノアが申し訳なさそうにポケットから取り出したのは、壊されたネックレスとイヤリング。
 それを見たモニカは目を見開いた。

「こ、これは…」
「ごめん、モニカ。君が今日身につけるはずだったネックレスだ」

 エレノアの話が本当なら、これを壊したのはあの双子姉妹だろう。
 申し訳なさそうに口をへの字にするノアに、彼女は『大丈夫』と言って笑った。

「装飾品がなくても、私は問題ありませんわ」
「でも…」
「私は美しいので、ネックレスがなくても夜会では光るんです」

 モニカは舌を出して戯けて見せた。

「お部屋は大丈夫でしたか?」
「部屋は大丈夫だよ。ただ、ちょっと気になることがあって…」
「気になることですか?」
「うん。窓ガラスに赤い口紅で『不義の子に神の鉄槌を』と書かれていたんだ」

 それがイザベラとグレースの仕業なのか、それともジョシュア達の仕業なのかは不明だが、不気味だから伝えておくとノアは言う。
 その言葉に、ジャスパーは強く奥歯を噛み締めた。

「…姫様、今日は俺から離れないでくださいね」
「分かってるわ」

 モニカは名前も名乗らずに攻撃してくる人間など怖くないと、肩にかかった蜂蜜色の髪の後ろへ払う。
 そして性悪姉の仕業だろうが、浮気者の元婚約の仕業だろうが、証拠が見つかれば倍返しにしてやるわと力瘤を作って声高らかに宣言した。
 気丈に振る舞う彼女に、ノアもジャスパーも小さく笑みをこぼし、悲痛な表情をするのはやめた。

「写真は撮ったし、書かれた窓もそのままにしているから、夜会が終わったタイミングでいいので見にきて欲しい」
「お気遣い、ありがとうございます。本当にすみません」
「どうしてモニカが謝るのさ。君は何も悪くないだろう?」
「ええ、当たり前です。私は悪くありません。でも一応礼儀として謝っておきます」
「では一応それは受け取っておくよ」

 ノアは優しく微笑むとモニカにそっと手を差し出した。
 モニカは一瞬だけ俯き、皇族の笑みを張り付けるとグッと顔を上げ、差し出された彼の手を取った。

「行こうか」
「はい」

 本当は行きたくないけれど、行かねばならない。
 彼女は偽りの婚約者の手に引かれ、部屋を出た。
 
 
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