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第一部

20:エリザ・オーウェンの二つの話(1)

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 主人の講義が終わるまで、学園の中庭でのんびりくつろいでいたジャスパーの元へやってきたのは、あまり似ていない彼の妹エリザだった。
 紫の瞳は同じだが、髪は茶色で顔も平凡。彼女はどうやら父親似らしい。
 
 エリザは芝生の上で難しい顔をして寝そべっている兄を覗き込むようにして見下ろす。
 彼女の作る影で、ジャスパーの視界は暗くなった。

「お前、講義は?」
「サボりですわ。お伝えしたいことがございまして」

    エリザは兄の隣に座ると、ポケットからチョコレートの包みを取り出し、それを彼に渡した。

「…何?これは」
「難しい顔をしていらしたので、糖分不足かと」
「そういうわけじゃないけど、まあ受け取っておく」
「お兄様、そこは素直にありがとうと言うべきところかと思いますわ」
「…ありがとう」
「どういたしましてなのです」

 兄のお礼にエリザは満足げにニッコリと微笑んだ。
    モニカに憧れているせいか、エリザもなかなかに気が強く、有無を言わせぬ威圧感がある。
 故に彼女に礼を要求されると条件反射的にありがとうという言葉が口から出てしまう。
 女とは恐ろしい。ジャスパーは貰ったチョコレートの包みを剥がした。

「何かお悩みでも?お兄様」
「別に大したことじゃないけど…。なあ、好きな人がいるのに恋愛した事ないってどういう意味?」
「それは哲学的な問いでしょうか?そうでないのなら、その文章には矛盾が生じる気がいたしますわ」
「だよなぁ…」

    この間、図書館で彼女がポツリとつぶやいた言葉が頭から離れないジャスパーは、ポリポリと後頭部をかいた。
 あれはどういう意味なのだろうか。恋愛したことがないということはつまり、別にノアのことが好きなわけではないという事だろうか。

(…あんな顔するのに?単に自覚がないだけ?)

    理解できないジャスパーは眉間に皺を寄せた。
    好きじゃないかもしれないなんて、そんな馬鹿みたいな期待をしてしまう浅ましい自分が嫌になる。

「もう少し哲学的思考で考えた方がよろしいですか?」
「いや、いい。大丈夫だ。それより伝えたいことって何だ?」
「それが、二つございますの。AとBどちらから聞きたいですか?ちなみに捉え方次第ではAはお兄様にとって良い知らせかと思います」
「では、とりあえずBからで」
「かしこまりました。あまり長々と話すのは好みませんので端的に申し上げます」
「おう」
「ジョシュア・ションバーグとオフィーリア・ポートマンが学園に来ておりません」

 兄の耳に口元を寄せると、エリザは最近二人を学園で見かけていないのだと言った。

「居た堪れなくなっただけじゃないのか?色々とやらかしたんだから」
「エリザもはじめはそう思いましたわ。しかし、嫌な噂を耳にいたしまして…」

 エリザ曰く、あの事件以降しばらく学園に来ていた二人はものすごく恨めしそうな顔で彼女のことを睨みつけていたそうだ。
 エリザの友人の中には、彼らが必ず復讐してやると呟いている場面を見たことのある者がいるらしい。
 
「そしてこれですわ。このお店に最近二人が出入りしているらしいのですが、お兄様はこのお店を知っていますか?」
 
 そう言って、彼女が制服のポケットから取り出したのは、ファンシーな店にジョシュアが入っていく所を撮影した一枚の写真。
 
「私の友人がこの写真をくださったのですけれど…。このお店、実は街の噂では違法薬物や火薬を取り扱っているという話なんですの」
「ファンシーなショップに見せかけて、闇取引を行なっているということか」
「おそらくは。ただ、なぜか街の皆が知っている噂なのに摘発されないのだそうです」
「匂うな」
「ええ。かなり」
「でも、なぜそこにジョシュアが?」
「それはわかりません。そして重要な点が、もう一つ。このお店は基本的に紹介制をとっていて、取引してもらうには誰かから紹介を受けなければなりません」
「なるほど。誰かがアホ二人を操って姫様にちょっかいかけようとしているって訳ね」
「ご明察。その通りですわ、お兄様」

 今までもモニカにちょっかいを出そうとしてきたやつはいるが、直接的に命に関わるような事をしでかしたものは少ない。
 
(…違法薬物と火薬か)

   それは、場合によっては単なる嫌がらせで終わらない可能性がある代物。
 そして、物の出どころはかなり高貴な身の上の人物が何かを企んでいる可能性がある店。

「気のせいだと良いけどなぁ」
「エリザの勘は気のせいではないと申しております」
「俺もだ」

 眉間に皺を寄せて怖い顔をする兄に、エリザは警戒しておくに越したことはないから伝えておきたかったのだと言い、Bの話を終えた。

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