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第一部
14:姫様と騎士(5)
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学園に到着し、モニカに送られる視線は主に好奇の視線だ。
どこかから漏れたのか、まだ公表されていないノアとの再婚約の話や、この前の浮気騒動の話を聞こえるくらいの声で皆がヒソヒソと話している。
ちょっと睨んだだけで怯むくらいなら、せめて聞こえないところで話せば良いのにと、モニカはつくづくそう思う。
「ジョシュアもオフィーリアも普通に学園に来ているらしいわよ」
「図太いっすね」
噂話に耳を傾けながら歩く彼女は、さっき聞こえた話をジャスパーにする。
二人とも、今でも悪いのはモニカだと吹聴しているらしい。大半は相手にしていないが、中には彼らを突いて自分に報復させようと企んでいる奴もいそうだなと彼女はため息をついた。
「もう少し穏便にすませるべきだったわ」
「俺も止めるべきでした」
「笑い転げていたものね、貴方」
「いやぁ、流石に真っ昼間から、しかも学園で不貞行為だなんて面白過ぎたもので」
「普通に考えればありえないからね」
ジャスパーは思い出し笑いをしつつも、しばらく警戒するように気を張っておくとモニカに約束した。
「では、また後で」
「……」
教室の手前まで主人を送ったジャスパーはニコッと胡散臭い笑みを浮かべ、彼女に頭を下げて立ち去ろうとした。
しかし、モニカは彼の袖を掴むと『ちょっと来い』と強引に物陰まで連れ込む。
「何すか?遅れますよ?」
ジャスパーは険しい顔で自分の袖を掴む彼女の手をそっと払うと、二歩後ろに下り距離をとった。
さっき反省したばかりなので、『物陰に連れ込んで何をする気ですか』とは言わない。決して。
「ちょっと屈んで」
「なんで…」
「いいから」
モニカにそう命令され、ジャスパーは彼女に目線を合わせる。
すると、彼女は彼の右頬に左手を添え、右手の人差し指と中指で眉間の皺をほぐし始めた。
ぐりぐりと押される眉間は少し痛い。
「昨日からずっとここにシワが寄ってんのよ」
「痛いです、姫様」
「なんかあったの?」
「ちょっとお腹痛いだけっす」
「そういう嘘はいらない」
不機嫌の理由を言わないジャスパーに苛立ったモニカは、今度は両頬を掴み、無理矢理顔を上げさせてその紫の瞳を覗き込む。
「本当にどうしたの?」
「大したことではないので、姫様は気にしないでください」
「嘘よ。結構大した問題でしょう。貴方が顔に出すなんて」
「すみません、気をつけます」
「気をつけるとかじゃないの。それほど深刻な問題を抱えているのなら話してみてよ」
「いや、大丈夫です、本当。ちゃんとしますから」
「大丈夫じゃなさそうだから聞いているのよ。何か心配事?私にできることはある?」
嘘をつかせないためか、彼女は一瞬たりとも目を逸らすことなく、瞬きもせず彼の瞳をジッと見つめた。
多分、彼の様子が変な事を本気で心配しているのだろう。本当に誤魔化されてくれない人である。
逃げられないと思ったのか、ジャスパーは両手を上げて降参のポーズを取った。
「やっぱり、姫様には敵いませんね…」
その目で見つめられると弱い。
彼は自分の顔に触れるモニカの手を取ると、その甲に唇を落とす。
「姫様。ご婚約、おめでとうございます」
「何よ、今更ね」
「昨日言えていなかったので」
ジャスパーは『姫様の婚約が寂しかっただけです』と言って、本当に少し寂しそうに笑った。
決して嘘ではないけれど、大部分を省いたその言葉にモニカは一瞬だけ怪訝な顔をしたが、とりあえずは納得してくれたらしい。
彼女はジャスパーの銀髪をわしゃっと撫でまわして、『婚約しても私の一番は貴方よ』と花のように笑った。
残酷だと思う。
その言葉に深い意味はなく、ただ彼女の1番近くにいるのが自分であるというだけのこと。彼女の1番の理解者が自分であるというだけの、何の意味もない言葉。
頭ではわかっているのに、その一言でありもしない事を期待してしまう。
ジャスパーは咳払いをするふりをして、赤くなった顔を手で隠した。
どこかから漏れたのか、まだ公表されていないノアとの再婚約の話や、この前の浮気騒動の話を聞こえるくらいの声で皆がヒソヒソと話している。
ちょっと睨んだだけで怯むくらいなら、せめて聞こえないところで話せば良いのにと、モニカはつくづくそう思う。
「ジョシュアもオフィーリアも普通に学園に来ているらしいわよ」
「図太いっすね」
噂話に耳を傾けながら歩く彼女は、さっき聞こえた話をジャスパーにする。
二人とも、今でも悪いのはモニカだと吹聴しているらしい。大半は相手にしていないが、中には彼らを突いて自分に報復させようと企んでいる奴もいそうだなと彼女はため息をついた。
「もう少し穏便にすませるべきだったわ」
「俺も止めるべきでした」
「笑い転げていたものね、貴方」
「いやぁ、流石に真っ昼間から、しかも学園で不貞行為だなんて面白過ぎたもので」
「普通に考えればありえないからね」
ジャスパーは思い出し笑いをしつつも、しばらく警戒するように気を張っておくとモニカに約束した。
「では、また後で」
「……」
教室の手前まで主人を送ったジャスパーはニコッと胡散臭い笑みを浮かべ、彼女に頭を下げて立ち去ろうとした。
しかし、モニカは彼の袖を掴むと『ちょっと来い』と強引に物陰まで連れ込む。
「何すか?遅れますよ?」
ジャスパーは険しい顔で自分の袖を掴む彼女の手をそっと払うと、二歩後ろに下り距離をとった。
さっき反省したばかりなので、『物陰に連れ込んで何をする気ですか』とは言わない。決して。
「ちょっと屈んで」
「なんで…」
「いいから」
モニカにそう命令され、ジャスパーは彼女に目線を合わせる。
すると、彼女は彼の右頬に左手を添え、右手の人差し指と中指で眉間の皺をほぐし始めた。
ぐりぐりと押される眉間は少し痛い。
「昨日からずっとここにシワが寄ってんのよ」
「痛いです、姫様」
「なんかあったの?」
「ちょっとお腹痛いだけっす」
「そういう嘘はいらない」
不機嫌の理由を言わないジャスパーに苛立ったモニカは、今度は両頬を掴み、無理矢理顔を上げさせてその紫の瞳を覗き込む。
「本当にどうしたの?」
「大したことではないので、姫様は気にしないでください」
「嘘よ。結構大した問題でしょう。貴方が顔に出すなんて」
「すみません、気をつけます」
「気をつけるとかじゃないの。それほど深刻な問題を抱えているのなら話してみてよ」
「いや、大丈夫です、本当。ちゃんとしますから」
「大丈夫じゃなさそうだから聞いているのよ。何か心配事?私にできることはある?」
嘘をつかせないためか、彼女は一瞬たりとも目を逸らすことなく、瞬きもせず彼の瞳をジッと見つめた。
多分、彼の様子が変な事を本気で心配しているのだろう。本当に誤魔化されてくれない人である。
逃げられないと思ったのか、ジャスパーは両手を上げて降参のポーズを取った。
「やっぱり、姫様には敵いませんね…」
その目で見つめられると弱い。
彼は自分の顔に触れるモニカの手を取ると、その甲に唇を落とす。
「姫様。ご婚約、おめでとうございます」
「何よ、今更ね」
「昨日言えていなかったので」
ジャスパーは『姫様の婚約が寂しかっただけです』と言って、本当に少し寂しそうに笑った。
決して嘘ではないけれど、大部分を省いたその言葉にモニカは一瞬だけ怪訝な顔をしたが、とりあえずは納得してくれたらしい。
彼女はジャスパーの銀髪をわしゃっと撫でまわして、『婚約しても私の一番は貴方よ』と花のように笑った。
残酷だと思う。
その言葉に深い意味はなく、ただ彼女の1番近くにいるのが自分であるというだけのこと。彼女の1番の理解者が自分であるというだけの、何の意味もない言葉。
頭ではわかっているのに、その一言でありもしない事を期待してしまう。
ジャスパーは咳払いをするふりをして、赤くなった顔を手で隠した。
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