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第一部
28:婚約パーティー(3)
しおりを挟む形だけの挨拶と、嫌味や皮肉を言うためだけにモニカに近づいてくる招待客。
3年ぶりの嫌味攻撃に疲れてきたノアを庇いつつ、笑顔を貼り付けていたモニカは有象無象の中に救世主を見つけてフッと顔を緩めた。
その穏やかな微笑みを向けられた救世主ことジャスパーは、色々と溢れ出しそうな感情を抑えて彼女に近づく。
「変わったところは?」
「特にないわ」
「了解です」
後ろから小声で声をかけられ、モニカは同じように小声で返した。
今の所はいつも通りの居心地の悪い夜会が問題なく進行している。
疲れた様子のモニカとノアを見て、ジャスパーは会場の端にいる車椅子の男に視線を向けた。
「姫様。申し訳ございません。実はあちらで父と母が姫様にご挨拶申し上げたいと…」
「…え?」
一瞬、キョトンとするモニカにジャスパーは視線で合図する。
その意図に気づいた彼女は小さく頷いた。
「ですが父は足が悪い物ですから…その…」
「あら、そうなの?構わないわ、私がそちらに向かいます」
わざとらしくない程度の自然な演技で彼は主人を誘導する。
モニカはその場にいた者たちに軽く会釈して、しばらく外すことを伝えた。
「ありがとう。助かったわ」
「いえいえ。父がご挨拶したがっているのは本当のことですから」
「僕はもう胃に穴が開きそうだよ…」
「ノア様、頑張ってください。まだまだこれからですよ」
「うう…」
精神的に疲れているノアの背中を軽く叩くと、ジャスパーは両親を彼に紹介した。
この後、ノーセス子爵夫妻、ジャクソン侯爵夫人、エリザの2番目の兄。この後、数少ない味方の元を渡り歩いた彼らは、ダンスの開始を告げる音楽が鳴り響くのを待った。
***
一方その頃、会場を抜け出したエリザはドレスの無駄な装飾を取り除き、一人庭へと出る。
月のない夜。会場から漏れる明かりだけを頼りに、彼女は噴水の前を通り、その向こうの生垣を抜けた。
「…この辺りかな?罠って」
暗闇の中、目を細めながらエリザは兄の仕掛けた罠を探す。
実は彼女の兄ジャスパーはこの日のために、前日の夜から予めいくつか罠を仕掛けておいたらしい。
そのうちの一つは獣用の罠。
これに掛かる阿保はいないと思いつつ、容疑者の阿保さに万が一を考えて一応設置した物だ。
「獣用の罠に引っかかるお間抜けさんなんているのかしら」
兄はジョシュアやオフィーリアを馬鹿にしているが、あれでジョシュアの方は学年主席の秀才だ。
獣用の罠に引っかかって木にぶら下がっている姿など想像できない。
しかし、フッと目の前を横切る何かを目撃した時、彼女は自分もまだまだだなと思った。
「ご機嫌麗しゅうございます。バートン公子様、そしてポートマン嬢」
木にぶら下がる網の中に、お間抜けさんことジョシュアとオフィーリアにエリザは軽蔑と憐れみの視線を向ける。
「あなた方は此処で何をなさっておいでなのです?今この広間で行われているのは第四皇女殿下の婚約パーティーですが?」
浮気者の元婚約者とその浮気相手は呼ばれていないはずだと、エリザは暗に指摘する。
その指摘に二人は気まずそうに顔を伏せた。やはり無断で忍び込んだようだ。
「そ、そんなことはどうでも良いだろう!?それより早く助けろよ!」
「何処のどなたか知りませんけれど、普通は困っている人を見たら助けるものでしょう!?」
ジョシュアとオフィーリアは、自分たちを見上げるエリザをキツく怒鳴りつけた。
それが人にものを頼む態度だろうか。エリザは二人に聞こえるように舌打ちする。
「なっ!貴女、今舌打ちしたわね!?」
「ええ。しましたが?」
「ぼ、僕は次期バートン公爵だぞ!?そんな態度を取っても良いと思っているのか!?」
「廃嫡されたと伺いましたが?あ、元公子様とお呼びした方がよろしいですか?」
「な、何を言うか!!僕は今日のこのパーティーをぶち壊せば、廃嫡は取り消されるんだよ!」
「あら、そうなのですか?それはおめでとうございます」
「だから降ろせ!」
「だからと言われましても…。廃嫡がなかったことになるから降ろせ、という理屈はよくわかりません」
「う、うるさい!とにかく助けろよ!」
「お願い!助けて!」
網の中から叫ぶジョシュアとオフィーリア。互いに脱出しようと身動ぐために複雑に折り重なってしまい、どこかの国の雑技団のようになっている。
ピーチクパーチクうるさい奴らだ。エリザは指を耳の穴に突っ込んで顔を顰めた。
(…とりあえず、お兄様のお言いつけ通りにすればよろしいのかしら?)
先程の『パーティーをぶち壊す』という言葉の真意が気になるところだが、彼女は一先ず、兄の言いつけを守るためにニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「公子様。そして、ポートマン嬢。おろして欲しければ、わたくしの質問に答えてください」
「なっ!なぜお前のいうことなど聞かねばならない!?」
「わたくしの言うことを聞かなければ、このままあなた方は豚箱行きですのよ?なんたって、王城の奥に不法侵入しているわけですから」
許可なくこのエリアに立ち入ることは禁止されている。そして、王城への不法侵入は立派な犯罪だ。
色々とやらかしている彼らにとって、これ以上罪を重ねるのは困るだろうとエリザは言う。
「取引ですわ。わたくしは情報さえ頂ければ、あなた方を騎士団に見つからぬようこの城から出して差し上げるとお約束致します」
どうしますか、と不敵な笑みを浮かべて問う彼女に、ジョシュアは悔しそうにギリっと奥歯を鳴らしつつも、その提案を受け入れた。
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