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第一部
6:新しい婚約者(2)
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謁見の間を出てすぐ、モニカはギリギリ走っていないと判断してもらえそうなくらいの速度で廊下を歩く。
「姫様、早い」
「うるさい。私は一刻も早くこの場から離れたいのよ」
早くしなければ、大臣や教会の司教たちに捕まってしまう。
「嫌味なんて言われてみなさいな。今の私なら動揺のあまり100倍返しで皮肉を連発しそうだわ」
「それは大変だ。是非ともそれは回避していただきたい。ほんと、切実に」
早足でついていくジャスパーは、うんうんと首を縦に振った。
モニカは基本的に、やられたらやり返す女だが、相手が大臣クラスとなると流石に弁える。
いつも彼らの小言や嫌味には、うっかり言い返してしまわぬよう、毎度歯を食いしばって耐えているらしい。
そうしないと、後ろ盾のない彼女はこの城では生きていけないのだ。
昔、コンコンとその事をジャスパーに教え込まれた。本来いるはずのない第二妃の娘という難しい立場だからこそ、賢く生きろと。
おかげで昔よりも脊髄反射で喧嘩はしなくなったと思う。
しかしながら、今はノアが新たな婚約者になったということで、いつもよりも冷静ではない。
その事を自覚している彼女は、冷静さを欠いた自分が、例えば宰相のカツラをもぎ取ってしまったりするのが怖いのだ。
だから二人は足早にモニカの部屋へと戻る。
だが、気がつくといつの間にか、早足で歩く二人の足音に加えて、何ともリズム感のない足音が聞こえ始めた。
ジャスパーは立ち止まり、後ろを振り返る。
すると、先ほどから挨拶をしたノアが、息を切らせながらフラフラとこちらに近づいて来ていた。
「姫様、ストップ。ノア様です」
ジャスパーは辺りに誰もいないことを確認すると、モニカを呼び止めた。
「モ、モニカ。あの…」
ちょっと早歩きしただけなのに、フルマラソンを走ったくらい息を切らせているノアに、モニカは思わず笑ってしまった。
「変わりませんね、ノア様は。相変わらず体力がない」
「ははは…。面目ない」
ノアは後頭部に手を当てて、ヘラッと微笑み返した。
童顔で可愛らしい顔立ちをしているからか、それとも彼のおっとりとした性格のせいか、相変わらず憎めない笑顔の持ち主だとジャスパーは思う。
「さっきはありがとう、モニカ」
「それを言うためだけに追いかけて来られたんですか?」
「うん。本当に助かったから」
「別に対したことはしておりませんのに」
「僕にとっては重要なことさ。何故だろうね、君が大丈夫と言ってくれると大丈夫な気がしてくるよ。自然と背筋が伸びる」
「ふふっ。昔、シャキッとしなさいと小言を言いすぎたせいかしら」
モニカは握手を求めて右手を差し出した。
「改めて、これからよろしくお願いしますね、ノア様」
「こちらこそよろしく。モニカ」
固く握手を交わした二人は互いに見つめ合い、穏やかに微笑み合った。
まるで、国の事情で引き裂かれた恋人が再会したみたいだ。
いや、まさにその通りなのだが、二人の間に流れる静かで穏やかな空気にジャスパーは疎外感を感じていた。
「姫様、早い」
「うるさい。私は一刻も早くこの場から離れたいのよ」
早くしなければ、大臣や教会の司教たちに捕まってしまう。
「嫌味なんて言われてみなさいな。今の私なら動揺のあまり100倍返しで皮肉を連発しそうだわ」
「それは大変だ。是非ともそれは回避していただきたい。ほんと、切実に」
早足でついていくジャスパーは、うんうんと首を縦に振った。
モニカは基本的に、やられたらやり返す女だが、相手が大臣クラスとなると流石に弁える。
いつも彼らの小言や嫌味には、うっかり言い返してしまわぬよう、毎度歯を食いしばって耐えているらしい。
そうしないと、後ろ盾のない彼女はこの城では生きていけないのだ。
昔、コンコンとその事をジャスパーに教え込まれた。本来いるはずのない第二妃の娘という難しい立場だからこそ、賢く生きろと。
おかげで昔よりも脊髄反射で喧嘩はしなくなったと思う。
しかしながら、今はノアが新たな婚約者になったということで、いつもよりも冷静ではない。
その事を自覚している彼女は、冷静さを欠いた自分が、例えば宰相のカツラをもぎ取ってしまったりするのが怖いのだ。
だから二人は足早にモニカの部屋へと戻る。
だが、気がつくといつの間にか、早足で歩く二人の足音に加えて、何ともリズム感のない足音が聞こえ始めた。
ジャスパーは立ち止まり、後ろを振り返る。
すると、先ほどから挨拶をしたノアが、息を切らせながらフラフラとこちらに近づいて来ていた。
「姫様、ストップ。ノア様です」
ジャスパーは辺りに誰もいないことを確認すると、モニカを呼び止めた。
「モ、モニカ。あの…」
ちょっと早歩きしただけなのに、フルマラソンを走ったくらい息を切らせているノアに、モニカは思わず笑ってしまった。
「変わりませんね、ノア様は。相変わらず体力がない」
「ははは…。面目ない」
ノアは後頭部に手を当てて、ヘラッと微笑み返した。
童顔で可愛らしい顔立ちをしているからか、それとも彼のおっとりとした性格のせいか、相変わらず憎めない笑顔の持ち主だとジャスパーは思う。
「さっきはありがとう、モニカ」
「それを言うためだけに追いかけて来られたんですか?」
「うん。本当に助かったから」
「別に対したことはしておりませんのに」
「僕にとっては重要なことさ。何故だろうね、君が大丈夫と言ってくれると大丈夫な気がしてくるよ。自然と背筋が伸びる」
「ふふっ。昔、シャキッとしなさいと小言を言いすぎたせいかしら」
モニカは握手を求めて右手を差し出した。
「改めて、これからよろしくお願いしますね、ノア様」
「こちらこそよろしく。モニカ」
固く握手を交わした二人は互いに見つめ合い、穏やかに微笑み合った。
まるで、国の事情で引き裂かれた恋人が再会したみたいだ。
いや、まさにその通りなのだが、二人の間に流れる静かで穏やかな空気にジャスパーは疎外感を感じていた。
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