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第一部
12:姫様と騎士(3)
しおりを挟む『見た目だけは天使』
はじめてモニカの前に跪き、騎士としての誓いを立てたその日。自分を見下ろす彼女見てジャスパーはそう思った。
左右対称の整った顔に、艶があり緩やかに波打つ長い蜂蜜色の髪、微笑みを浮かべれば後光が差しているかのように錯覚するその美貌は、将来が楽しみなほどだ。
だがしかし、モニカは性格に難ありだった。
生い立ちのせいもあり、そうならざるを得なかったのかも知れないが、彼女はとにかく気が強い。
誰かに悪口を言われれば、それを100倍にして返し、誰かに嫌がらせをされれば、同じ手段でやり返す。
まさに、目には目を歯には歯を、である。
彼女決して誰かに助けを求めることもせず、かと言って泣き寝入りすることもない。そんな常に好戦的な姿勢を貫くその性格は、護衛騎士としては少し厄介だった。
いっそのこと、自分に泣きついてくれれば代わりに穏便な方法で処理してやるのにと、ジャスパーは常日頃から思っていた。
何故なら、やり返せばやり返すほど、報復を恐れた令嬢やメイドたちの嫌がらせがより陰湿に、そして巧妙になっていくのだ。
ジャスパーの予感は的中し、モニカが大きくなるにつれて嫌がらせは形を変え、必要な物資を届けなかったり、手紙に剃刀の刃を仕込ませたり、挙げ句の果てには食事に毒を盛るやつすら出て来始めた。
このままではまずい。
そう思ったジャスパーは、悩んだ末に、嫌がらせする奴らをモニカの代わりに相手してやることにした。
上辺だけの女の集団は恋愛事で簡単に壊れると、彼はモニカに嫌がらせをしてくるグループにちょっかいを出しては、グループをそのものを潰すようになった。
奴らは基本的に単独行動はしない。それは何故かと言うと、何があった時に共犯者がいればアリバイを作ることもできるし、最悪責任を押し付けることもできるからだ。
相手は腐っても第四皇女。皇族だ。本気の報復が怖いのだろう。
故に奴らはグループを潰してしまえばそう簡単には手を出してこない。
ジャスパーはそこを突いたのだ。
結果としては、そんな彼の苦労を知らないモニカから『軽薄な男』という烙印を押される羽目になっているのだが、彼はそれでも良いと思い、特に弁解もしなかった。
別にモニカとどうこうなることないから彼女がそう思っていても問題はないし、たとえ軽薄な男であろうと、ずっと行動を共にしてきた二人の絆はそう簡単には無くならない。
むしろ、軽薄な男であるからこそ、気安くこの美少女に触れることができる。ある意味役得だ。
彼はずっとそう思っていた。
それは彼女が10歳の誕生日を迎え、婚約した時も変わらなかった。
定期的に開かれるノアとのお茶会を見ても、毎度お説教される彼がかわいそうだなとしか思わなかった。
嫉妬どころか、むしろ、自分以外の前であんなに穏やかに微笑む彼女を見たことがなかったから、ノアの元で幸せになってくれたらいいなとさえ思った。
けれど、ノアとの婚約が解消されてすぐの頃。
ジャスパーは見てしまった。ノアからの手紙を受けとったモニカが、今までに見たことがないくらいに女の顔をして頬を赤らめている場面を。
(どうしてそんな顔をするのか。まるで恋をしているみたいじゃないか)
なんとも言えない焦燥感。
彼は心のどこかで驕っていたのかもしれない。
自分が一番彼女の近くにいて、自分が一番彼女を理解している。だから、たとえノアと婚約しようとも彼女の心の中で一番大きな部分を占めているのが自分だと、無意識にそう思っていたのかもしれない。
その手紙を覗き見ると、そこにはこう書かれていた。
『次に会ったときに誰のものでもなかったら、その時は遠慮なく奪いに行くよ』
『立派な男になって必ず迎えに行く。待っていてくれると良いな』
熱烈な求婚だと思った。
23の男が13の小娘に送るにしては本気が伺える内容。それを読んで嬉しそうに頬を赤らめるモニカ。
ついこの間まで、恋なんて知らないような顔をしていたのに、いつからそんな表情をするようになったのだろう。
どうしてその表情をさせているのは自分ではないのだろう。
心の奥底からふつふつと湧いてくる暗い感情。
ジャスパーはこの時、確かに嫉妬した。
*
あれから3年。
彼女が唯一、心を開いた男が帰ってきた。
本当にあの誓いを果たすために舞い戻ってきたのだ。
それも今回は国に連れて帰るその日まで城にいると言うではないか。
仲睦まじく過ごす二人を間近で見ながら、彼女が嫁ぐその日まで、彼はずっと彼女のそばにいなければならない。
どうすることもできないけれど、ジャスパーにはそう簡単に割り切ることもできなかった。
ジャスパーはその日の夜、緊急時以外開けることが許されていない隣の部屋へと続く扉の鍵を開けた。
「また窓を開けっ放しにして…」
この近くに衛兵は配置されていない。何があってもすぐに駆けつけてはくれないのだ。
だから、寝るときは必ず窓は閉めろといつも口を酸っぱくして言っているのに、ちっとも聞きやしない。
ジャスパーは小さくため息をこぼしながら窓を閉めた。
「好きな男いるくせに、そんな簡単に触れさせんなよ」
キスしてなんて茶化してみたけど、本当にキスされると悲しくなる。
何故なら、彼女が自分のことを何とも思っていないのだということを実感するからだ。
モニカにとってのジャスパーはただの兄だ。それがとてつもなく虚しい。
ジャスパーはベッドで寝息を立てるモニカの肩口に座った。
月明かりに照らされて眠る彼女は本当に美しい。
その美しさに惑わされたのか、彼は吸い寄せられるように、彼女の血色の良い唇に自分のそれを近づけた。
そして、あと数センチと言うところでフッと笑みをこぼす。
「何やってんだか…」
許されるはずがない。他国の王族を婚約者に持つ姫君に、恋愛感情を持ってキスなんてすれば最悪の場合、首を切られてもおかしくない。
けれど、これで自分が死ねば、義理堅いモニカは一生自分を思って生きてくれるかも知れない。
そんなことまで考えてしまう。
「病んでるなぁ…」
ジャスパーは夜空に登る半分の月を見上げて、自嘲するように笑った。
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