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第二章 悪魔退治
61:パーティ(1)
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結論から言うと、グレンの言う通りだった。
王宮で開かれたオズウェル殿下の誕生日パーティで入場した私に向けられた視線はいつもの好奇の眼差しとは違い、羨望と敬慕の入り混じった、何とも理解し難い眼差しだった。
私はこの慣れない視線から身を隠すように、背中を小さく丸めてジェフリーの後ろに下がる。
けれどすぐにお義母さまに背中を押され、ジェフリーの隣に並ばざるを得なくなった。
「お、お義母さま……」
「ミュリエル、背筋を伸ばしなさい」
「は、はい」
「堂々としていれば良い」
「お義父さま……、頑張ります」
「別に頑張らなくても良いよ。気楽に楽しめばいい」
「ジェフリー、それは流石に無理です。楽しむとか無理……」
私は辺りを見渡した。
上を見上げれば、天井には天使の絵画と豪奢なシャンデリア。
横を見れば国一番の実力を誇る楽団が優美な音楽を奏でていて、正面を見れば色とりどりのドレスを着た令嬢たちがジッとこちらを見つめている。
もしかして、話しかけられるのを待っているのだろうか。
オーレンドルフ家の身分的に、あちらから私に声をかけることはできない。つまり、こちらから話しかけなければ誰とも話さずに済むのだが、どうしたものか。
私は助けを求めるようにジェフリーを見上げた。
するとジェフリーは私に優しく微笑みかけた。
「声をかけてあげたら?みんな君と話したがってる」
「うーん……」
今後もジェフリーの妻としてやっていくつもりなら、人脈を増やしておくに越したことはない。
だが、いきなりあの人数を相手にするのはちょっと勇気が出ない。歳は近そうだが、全員初対面だし何を話せば良いのかわからない。これが学園に通わなかった弊害だろうか。
私はコミュニケーション能力を鍛えることが今後の大きな課題となりそうだなと思った。
「話しかけるのは、まだちょっと緊張してしまいます」
臆病な私は一歩踏み出すのを躊躇してしまった。
すると、ジェフリーはそっと私の腰に手を回した。
「なら、先にあちらのご婦人に挨拶しないか?」
「……え?あの方は?」
「ベルツ伯爵夫人だ。亡くなられたカーライル子爵の姉君だよ。以前、君にお礼がしたいとおっしゃっていたんだ」
「お礼?」
私はジェフリーの視線の先にいる人物を見た。
お義母さまと同世代か少し年上の、お淑やかな雰囲気のあるその女性は私と目が合うと軽く会釈をした。
「私、何かお礼を言われるようなことをしましたか?」
記憶にない。私がしたのはカーライル子爵令息に銃口を向けて、飛び蹴りをして、お説教をしたくらいだ。
彼が無罪放免で釈放されたならまだしも、現在服役中で刑を免れたわけでもないのに。理解できない。
しかし私がそう言うと、ジェフリーは「君は何もわかっていないな」と苦笑した。
「母上。少し離れます」
「ええ、構わないわ」
「ほら、行こう。ミュリエル」
「は、はい」
ジェフリーはお義母さまたちの了承を得ると、私をベルツ伯爵夫人の元へ連れて行った。
「甥に更生の機会を与えてくださったこと、深く感謝いたします」
夫人は私を前に最上級の礼で敬意を表した。
本当に、こんな風に感謝されるようなことをした覚えなどない私は困惑するしかなかった。
「……えーっと?」
「ミュリエル様が甥を諭してくださらなければ、彼は弟夫妻と共にこの世を去っていたことでしょう」
「ベルツ夫人……」
「甥もミュリエル様に感謝しておりました。今はしっかりと罪と向き合い、そしていずれ外に出ることができた時には真っ当な人生を歩みたいと申しておりました」
「そう、ですか……。それは良かったです」
「私は甥が出所した際には、守ってあげられなかった弟夫妻の分まで彼をサポートするつもりです」
「夫人が味方をしてくださるなら彼も心強いでしょう」
「ミュリエル様。本当にありがとうございました」
「いえいえ。私なんてそんな、大したことはしていませんから」
「いいえ。大したことです。少なくとも私と甥にとっては。ですからもし今後、何かお困りのことがあればいつでもお声がけください。あなた様のお力になれるのならば、喜んで駆けつけますわ」
「あ、ありがとうございます」
私が「またその時はお願いします」と笑顔で返すと、夫人も柔らかく微笑んでくれた。
その微笑みに悪意などは全く感じられず、むしろ純粋に私に感謝しているようにも捉えられて、私は少し安心した。
無意識に社交界は敵だらけだと思っていたけれど、そうではないらしい。
「思わぬところで味方ができたな」
「ええ、そうですね」
ジェフリーは私が笑うと、嬉しそうに目を細めて私の背中をトントンと優しく叩いた。
その手の優しさは私に少しの勇気をくれた。
「あちらのご令嬢に挨拶をしてきてもいいですか?」
「ああ、構わないよ。俺も一緒に行っていいか?」
「はい。ぜひお願いします」
私は勇気を出して、先ほどの令嬢たちに声をかけた。
結果としては、やはりまたしてもグレンの言う通りだった。
彼女たちは、あのレディ・ローズが描いた舞台のヒロインに私を重ねて見ていた。
「ヴァレリアでは屈強な男たちに勇猛果敢に立ち向かったのでしょう!?」
「そういえば、チェスター男爵令嬢が劇場の立てこもり事件では夫人に命を救われたと感謝していましたわ」
「ベルツ伯爵夫人も、甥に更生の機会を与えてくれた恩人だとおっしゃっていたし」
「人を助けるためならば自分の身が危険に晒されようとも一切躊躇しない所、素敵です」
「辛い境遇にあったのに、それを見せない強さ……。尊敬しますわ」
「……あ、あははは」
恋に恋する乙女のような純粋で、且つ強い眼差しに圧されて、愛想笑いを浮かべるしかできない自分が情けない。
普段はお義母さまと一緒にお茶会に参加するくらいしかしないから、この若者特有のテンションにはついていけない。
「公子様もそう思われませんか?」
「思われますよね!?」
「そうですね。ミュリエルは強くて優しく女性です。俺はそんな妻を尊敬しています」
「まあ!素敵!」
「でも欲を言えば、もう少し弱さを見せて欲しいなと思います。せめて俺の前でだけでも」
ジェフリーは私の方をチラリと見た。とても愛おしそうに。
その表情だけで、恋に恋する令嬢たちは湧く。
「じ、十分見せています」
「もっと、って事だよ。最近はちょっと甘えてくれるようになったけど、欲を言うならもっと頼って欲しいし甘えて欲しい」
「甘え?」
「星を見たいと、ケーキ食べたいとか」
「あれは甘えたわけじゃ……!」
「え?じゃあ、なんだったんだ?」
「……そ、それは」
ワガママを言って困らせて、ジェフリーのことを試そうとしていただけにすぎない、なんて言ったらどんな反応をするだろう。
呆れられるんだろうか。私は彼の反応が怖くて俯き、口を噤んだ。
「どうした?」
ジェフリーは私の顔を覗き込む。そしてニヤリの口角を上げた。
あ、これは私の真意をわかっているパターンだ。
私の試し行動を理解した上で、それは甘えているだけにすぎないと言ってくれているのだ。
私は私の複雑な心を理解されていることが恥ずかしくなり、彼の胸を叩いた。
するとやはり湧き立つ令嬢たち。
このやりとりに萌える要素などあっただろうか。
王宮で開かれたオズウェル殿下の誕生日パーティで入場した私に向けられた視線はいつもの好奇の眼差しとは違い、羨望と敬慕の入り混じった、何とも理解し難い眼差しだった。
私はこの慣れない視線から身を隠すように、背中を小さく丸めてジェフリーの後ろに下がる。
けれどすぐにお義母さまに背中を押され、ジェフリーの隣に並ばざるを得なくなった。
「お、お義母さま……」
「ミュリエル、背筋を伸ばしなさい」
「は、はい」
「堂々としていれば良い」
「お義父さま……、頑張ります」
「別に頑張らなくても良いよ。気楽に楽しめばいい」
「ジェフリー、それは流石に無理です。楽しむとか無理……」
私は辺りを見渡した。
上を見上げれば、天井には天使の絵画と豪奢なシャンデリア。
横を見れば国一番の実力を誇る楽団が優美な音楽を奏でていて、正面を見れば色とりどりのドレスを着た令嬢たちがジッとこちらを見つめている。
もしかして、話しかけられるのを待っているのだろうか。
オーレンドルフ家の身分的に、あちらから私に声をかけることはできない。つまり、こちらから話しかけなければ誰とも話さずに済むのだが、どうしたものか。
私は助けを求めるようにジェフリーを見上げた。
するとジェフリーは私に優しく微笑みかけた。
「声をかけてあげたら?みんな君と話したがってる」
「うーん……」
今後もジェフリーの妻としてやっていくつもりなら、人脈を増やしておくに越したことはない。
だが、いきなりあの人数を相手にするのはちょっと勇気が出ない。歳は近そうだが、全員初対面だし何を話せば良いのかわからない。これが学園に通わなかった弊害だろうか。
私はコミュニケーション能力を鍛えることが今後の大きな課題となりそうだなと思った。
「話しかけるのは、まだちょっと緊張してしまいます」
臆病な私は一歩踏み出すのを躊躇してしまった。
すると、ジェフリーはそっと私の腰に手を回した。
「なら、先にあちらのご婦人に挨拶しないか?」
「……え?あの方は?」
「ベルツ伯爵夫人だ。亡くなられたカーライル子爵の姉君だよ。以前、君にお礼がしたいとおっしゃっていたんだ」
「お礼?」
私はジェフリーの視線の先にいる人物を見た。
お義母さまと同世代か少し年上の、お淑やかな雰囲気のあるその女性は私と目が合うと軽く会釈をした。
「私、何かお礼を言われるようなことをしましたか?」
記憶にない。私がしたのはカーライル子爵令息に銃口を向けて、飛び蹴りをして、お説教をしたくらいだ。
彼が無罪放免で釈放されたならまだしも、現在服役中で刑を免れたわけでもないのに。理解できない。
しかし私がそう言うと、ジェフリーは「君は何もわかっていないな」と苦笑した。
「母上。少し離れます」
「ええ、構わないわ」
「ほら、行こう。ミュリエル」
「は、はい」
ジェフリーはお義母さまたちの了承を得ると、私をベルツ伯爵夫人の元へ連れて行った。
「甥に更生の機会を与えてくださったこと、深く感謝いたします」
夫人は私を前に最上級の礼で敬意を表した。
本当に、こんな風に感謝されるようなことをした覚えなどない私は困惑するしかなかった。
「……えーっと?」
「ミュリエル様が甥を諭してくださらなければ、彼は弟夫妻と共にこの世を去っていたことでしょう」
「ベルツ夫人……」
「甥もミュリエル様に感謝しておりました。今はしっかりと罪と向き合い、そしていずれ外に出ることができた時には真っ当な人生を歩みたいと申しておりました」
「そう、ですか……。それは良かったです」
「私は甥が出所した際には、守ってあげられなかった弟夫妻の分まで彼をサポートするつもりです」
「夫人が味方をしてくださるなら彼も心強いでしょう」
「ミュリエル様。本当にありがとうございました」
「いえいえ。私なんてそんな、大したことはしていませんから」
「いいえ。大したことです。少なくとも私と甥にとっては。ですからもし今後、何かお困りのことがあればいつでもお声がけください。あなた様のお力になれるのならば、喜んで駆けつけますわ」
「あ、ありがとうございます」
私が「またその時はお願いします」と笑顔で返すと、夫人も柔らかく微笑んでくれた。
その微笑みに悪意などは全く感じられず、むしろ純粋に私に感謝しているようにも捉えられて、私は少し安心した。
無意識に社交界は敵だらけだと思っていたけれど、そうではないらしい。
「思わぬところで味方ができたな」
「ええ、そうですね」
ジェフリーは私が笑うと、嬉しそうに目を細めて私の背中をトントンと優しく叩いた。
その手の優しさは私に少しの勇気をくれた。
「あちらのご令嬢に挨拶をしてきてもいいですか?」
「ああ、構わないよ。俺も一緒に行っていいか?」
「はい。ぜひお願いします」
私は勇気を出して、先ほどの令嬢たちに声をかけた。
結果としては、やはりまたしてもグレンの言う通りだった。
彼女たちは、あのレディ・ローズが描いた舞台のヒロインに私を重ねて見ていた。
「ヴァレリアでは屈強な男たちに勇猛果敢に立ち向かったのでしょう!?」
「そういえば、チェスター男爵令嬢が劇場の立てこもり事件では夫人に命を救われたと感謝していましたわ」
「ベルツ伯爵夫人も、甥に更生の機会を与えてくれた恩人だとおっしゃっていたし」
「人を助けるためならば自分の身が危険に晒されようとも一切躊躇しない所、素敵です」
「辛い境遇にあったのに、それを見せない強さ……。尊敬しますわ」
「……あ、あははは」
恋に恋する乙女のような純粋で、且つ強い眼差しに圧されて、愛想笑いを浮かべるしかできない自分が情けない。
普段はお義母さまと一緒にお茶会に参加するくらいしかしないから、この若者特有のテンションにはついていけない。
「公子様もそう思われませんか?」
「思われますよね!?」
「そうですね。ミュリエルは強くて優しく女性です。俺はそんな妻を尊敬しています」
「まあ!素敵!」
「でも欲を言えば、もう少し弱さを見せて欲しいなと思います。せめて俺の前でだけでも」
ジェフリーは私の方をチラリと見た。とても愛おしそうに。
その表情だけで、恋に恋する令嬢たちは湧く。
「じ、十分見せています」
「もっと、って事だよ。最近はちょっと甘えてくれるようになったけど、欲を言うならもっと頼って欲しいし甘えて欲しい」
「甘え?」
「星を見たいと、ケーキ食べたいとか」
「あれは甘えたわけじゃ……!」
「え?じゃあ、なんだったんだ?」
「……そ、それは」
ワガママを言って困らせて、ジェフリーのことを試そうとしていただけにすぎない、なんて言ったらどんな反応をするだろう。
呆れられるんだろうか。私は彼の反応が怖くて俯き、口を噤んだ。
「どうした?」
ジェフリーは私の顔を覗き込む。そしてニヤリの口角を上げた。
あ、これは私の真意をわかっているパターンだ。
私の試し行動を理解した上で、それは甘えているだけにすぎないと言ってくれているのだ。
私は私の複雑な心を理解されていることが恥ずかしくなり、彼の胸を叩いた。
するとやはり湧き立つ令嬢たち。
このやりとりに萌える要素などあっただろうか。
応援ありがとうございます!
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