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第二章 悪魔退治
60:親友(2)
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しばらく、「もうもう」と鳴いていたシルヴィアは満足したのか、急にスンッとした顔で私を解放して、テーブルの上に用意されたロアナのチーズケーキを食べ始めた。
これはジェフリーがこの間のリベンジだと言って買ってきてくれたものだ。
「私もいただこうかな」
シルヴィアがあまりに美味しそうに頬張るので、私も一口いただくことにした。
「んー!やっぱり美味しいわね。このケーキ」
「ほんと。もう最高!幸せー!」
「ふふっ。本当に幸せそうに食べるよね。私、このケーキを食べている時のシルヴィアは世界で一番可愛いと思うわ」
私は満面の笑みを浮かべるシルヴィアの横顔を眺めながら、ケーキを完食した。
「そういえば殿下は?お元気?」
「元気なのは元気らしいわよ。来週までは謹慎だけど」
「ええ!?何で?」
「根回しもせずにヴァレリアで騒ぎを起こしたからね。ほら、あそこは各国の要人も使う場所でしょう?事情が事情なだけに仕方がなかったと言えばそうなんだけど、殿下は王家のペンダントを出しちゃったから。しかも楼主にちゃんと事情を説明することもなく、本当に正面から乗り込んだらしいし……。流石にね。一応各方面へのポーズとしてなんらかの処分は下さないといけなくなったのよ」
「まさか、私たちの代わりに責任をとってくれたの?」
「そゆこと。意外よね。あたし、あの人は警備隊か騎士団に責任を押し付けると思っていたわ」
「うん……」
「お兄様が殿下の謹慎について抗議しようとしたんだけど、その必要はないって突っぱねちゃって。お前はそんなことしてる暇ないだろって」
「そうなんだ……」
「まあでも、陛下も事情は理解してくれているから城の中では自由にできて居るみたいだし、何よりあの人は日頃の行いが悪いから謹慎なんて日常茶飯事らしいから気にしなくていいわ」
「いや、気にするでしょ。申し訳ないよ、流石に」
「じゃあ、今度王宮で行われる彼の誕生日パーティーで直接お礼を言ってあげて。きっと喜ぶわ」
シルヴィアは空になったお皿に手を合わせて、ご馳走様を言うと手荷物から招待状を取り出した。
「多分届いてると思うけど、これよ。行くでしょう?」
「うん。出席で返事を出したはず」
「良かった。今日はこのことで話があったのよ」
「何?あ、もしかして色々噂されてる?」
「まあ噂はされてるけど、そこはお兄様とエリアーナおばさまが頑張ってるから、あなたはドンと構えてればいいと思う」
私が今後、社交界で浮かないように色々と気を回してくれているらしい。そんなことまでしてくれているんだ。知らなかった。
守られていると思うと胸がジンとする。心が揺さぶられて、困る。
だから私はジェフリーとお義母さまの気遣いを『オーレンドルフの名誉のため』と思うことにした。
そうしたら心が少し軽くなった。我ながら歪んでいると思う。
「……それでね。髪をどうするかって話なんだけど」
「髪?どうするって?」
「いくら綺麗に整えたとしても、その短い髪は被害の象徴になるわ。髪が伸びるまできっと貴女に不躾な視線を向ける輩もいると思う。特に異性は」
実際は未遂なのに、夫以外の男に穢されたと女だと下世話な想像をする馬鹿な奴は一定数いるとシルヴィアは言う。
宗教上、上流階級の貴族ほど貞操観念が高く、そういう人ほどこういう話題には敏感だ。
だからこそ、シルヴィアはウィッグをつけてはどうかと提案してくれた。
だがその場合、私の髪色は珍しいため、同じ色のウィッグを用意することは難しく、必然的に本来の髪色と違う色のウィッグをかぶる必要があるらしい。
「ミュリエルのことを知っている人から見れば隠していることが丸わかりにはなるんだけどね……」
シルヴィアはそれでも被らないよりはマシではないかと思うと言って苦笑した。
「やっぱり、隠さないといけない?」
この髪、実はそんなに嫌いじゃない。だから本当は隠したくない。
私は手で短くなってしまった髪を梳いた。
すると、
「隠さないといけない、なんてことはないんじゃないですか?」
と、男性の声がした。私たちが扉の方に視線を向けると、気まずそうに苦笑いを浮かべるグレンがいた。
「グレン!」
「すみません。ノックはしたんですが、気づいてもらえなかったようで。セバスチャンさんに入れてもらいました」
私がセバスチャンに視線を送ると、彼は深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。気がつかなくて」
「いえ。遅れた僕が悪いので」
「本当よ。遅いわ。今日はミュリエルの快気祝いだって言ったのに」
「ちょっと、シルヴィア!遅れるかもって聞いていたでしょう?」
「はは。僕も頑張って急いだのですが間に合いませんでした。すみません、バートン嬢」
「ふんっ」
シルヴィアは子供っぽくそっぽを向いた。
グレンはそんなシルヴィアの小言をさらりと受け流し、自然な動作で向かいのソファに座る。待機していたメイドがすかさずお茶とチーズケーキを用意した。
すると、グレンはお茶を一口飲んだあと、さりげなくケーキをシルヴィアの前に置いた。
「すみません、いま食欲がなくて。良かったら食べてください」
おそらくはただのご機嫌取りだろうが、シルヴィアはパァーッと花が開くような笑顔を見せ、二個目のケーキを頬張った。
……うう、シルヴィアが可愛い。
私はグレンに顔を近づけ、小声でありがとうと言った。
そして、ふと気がつく。彼の目の下のクマがひどいことに。
「……あの、もしかして寝不足ですか?」
「ああ。わかりますか?」
「わかりますよ。クマがすごいもの。何か悩み事でも?」
「いえ、仕事が立て込んでいるだけです。何とか終わらせたので、今日はぐっすり眠れそうです」
「そうですか。良かった」
私はほっと胸を撫で下ろした。
「ミュリエル、話を戻してもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
「髪のことですが、ミュリエルは恥ずべきことなんて何もしていませんよね?」
「もちろんです」
「ならば、なんの問題もありませんよ。自信を持って、その髪のままパーティに出席すればいいと思います」
「グレン……」
「ちょっと、適当なこと言わないでよ。実際に注目を浴びるのはミュリエルなのよ?」
「わかっていますよ、バートン嬢。でも多分大丈夫です。巷では今、短い髪は強く気高い女性の象徴となりつつあるので」
「どういうことですか?」
私もシルヴィアも怪訝に眉を顰めた。
するとグレンはとある舞台のパンフレットを私たちに見せた。
それはつい先日まで国立劇場で上演されていた、レディ・ローズ脚本の舞台のパンフレットだった。
タイトルは、『姉の夫』。突如、姉の代わりに姉の婚約者に嫁ぐことになった令嬢の波瀾万丈な人生を描いた作品らしい。
ーーーすごく既視感のある粗筋である。
「…………これ、もしかしてモデルって私ですか?」
「あはははは。どうでしょうねぇ」
「グレン。どうしてそんな風に渇いた笑みを浮かべるのですか」
「いやぁ、レディ・ローズの心は僕にはわからないもので」
「そりゃそうでしょうよ。貴方はレディ・ローズじゃないんだから。何言ってんの?」
「あはははは」
「だからそれ、何の笑いなんですか。グレン」
「怖いわよ?」
「まあとにかく!この舞台なんですけど、実は千秋楽だけ脚本が違っていたそうなんです」
「え?そんなことあるんですか?」
「あまりやらないですけど、たまにあるみたいです。公演中に評判が悪すぎるシーンはカットしたりとか」
「へぇ。そうなんですね」
「で、変更された脚本では事件に巻き込まれて髪を切られたヒロインがパーティで堂々と振る舞うシーンがあるのです。そこが結構評判良いらしくて」
事件に巻き込まれて髪を切られたって……。もう、それは完全に私をモデルにしているじゃないか。
レディ・ローズに抗議文を送ろうかな。勝手にネタにされるのはあまり気分が良くない。
「だから私も堂々としていればいいと?」
「ええ、そうです。きっと周囲は尊敬の眼差しで貴方を見るはずです」
「そんな簡単な話ですかね?」
「案外簡単な話なのですよ、ミュリエル」
グレンは人差し指輪を立て、ちっちっと舌を鳴らした。
「いいですか、ミュリエル。事件の詳細はその場にいた人以外は知らないし、プライバシー保護の観点から捜査の結果が開示されることもないでしょう。つまり人々は真実を知る術を持たないのです」
そんな中、伝聞によってのみ伝えられた事件の内容は、幾重にも尾鰭がついて何パターンもの物語が勝手に生まれる。
噂好きの人々はその複数の物語からより真実に近い物語に辿り着くため、色んな人が話す噂話に耳を傾け、多くの情報集めようとする。
「彼らは、それらをパズルのように繋ぎ合わせて真実に近い結末に辿り着こうとするのです」
「…………はあ。なるほど?」
噂話にはあまり興味がない私はこの説明にしっくりこなかったのだが、噂好きのシルヴィアは首を大きく縦に振って頷いた。
「センセーショナルな事件であればあるほど、人々は興味を持ちます。けれど閉鎖的な空間で起きた事件の真相は闇に包まれたまま。そんなふわふわとした状態の中で、ドンッと明確な答えが提示されれば人々はそれを信じやすい」
「なるほど。つまり今回の事件はレディ・ローズが描いた物語を真実に最も近いと思い込むのですね」
「そういうことです。幸か不幸か、千秋楽には噂好きのご婦人やご令嬢が多く招待されていたようなので、レディ・ローズの舞台の話はじわじわと社交界へと広がっていることでしょう。だからミュリエルはその舞台のヒロインのように堂々としていれば良いのです。そうすれば人々は勝手にミュリエルを強く気高い女性だと思い込むはずだ。……まあ、実際のミュリエルもそういう女性ですしね」
グレンはそう言うとウインクをした。
まったく、サラッと恥ずかしいことを言う人である。困るじゃないか。
お世辞であるとわかっていても、強く気高い女性だと言われたことが嬉しかった私は素直に「ありがとう」と返した。
これはジェフリーがこの間のリベンジだと言って買ってきてくれたものだ。
「私もいただこうかな」
シルヴィアがあまりに美味しそうに頬張るので、私も一口いただくことにした。
「んー!やっぱり美味しいわね。このケーキ」
「ほんと。もう最高!幸せー!」
「ふふっ。本当に幸せそうに食べるよね。私、このケーキを食べている時のシルヴィアは世界で一番可愛いと思うわ」
私は満面の笑みを浮かべるシルヴィアの横顔を眺めながら、ケーキを完食した。
「そういえば殿下は?お元気?」
「元気なのは元気らしいわよ。来週までは謹慎だけど」
「ええ!?何で?」
「根回しもせずにヴァレリアで騒ぎを起こしたからね。ほら、あそこは各国の要人も使う場所でしょう?事情が事情なだけに仕方がなかったと言えばそうなんだけど、殿下は王家のペンダントを出しちゃったから。しかも楼主にちゃんと事情を説明することもなく、本当に正面から乗り込んだらしいし……。流石にね。一応各方面へのポーズとしてなんらかの処分は下さないといけなくなったのよ」
「まさか、私たちの代わりに責任をとってくれたの?」
「そゆこと。意外よね。あたし、あの人は警備隊か騎士団に責任を押し付けると思っていたわ」
「うん……」
「お兄様が殿下の謹慎について抗議しようとしたんだけど、その必要はないって突っぱねちゃって。お前はそんなことしてる暇ないだろって」
「そうなんだ……」
「まあでも、陛下も事情は理解してくれているから城の中では自由にできて居るみたいだし、何よりあの人は日頃の行いが悪いから謹慎なんて日常茶飯事らしいから気にしなくていいわ」
「いや、気にするでしょ。申し訳ないよ、流石に」
「じゃあ、今度王宮で行われる彼の誕生日パーティーで直接お礼を言ってあげて。きっと喜ぶわ」
シルヴィアは空になったお皿に手を合わせて、ご馳走様を言うと手荷物から招待状を取り出した。
「多分届いてると思うけど、これよ。行くでしょう?」
「うん。出席で返事を出したはず」
「良かった。今日はこのことで話があったのよ」
「何?あ、もしかして色々噂されてる?」
「まあ噂はされてるけど、そこはお兄様とエリアーナおばさまが頑張ってるから、あなたはドンと構えてればいいと思う」
私が今後、社交界で浮かないように色々と気を回してくれているらしい。そんなことまでしてくれているんだ。知らなかった。
守られていると思うと胸がジンとする。心が揺さぶられて、困る。
だから私はジェフリーとお義母さまの気遣いを『オーレンドルフの名誉のため』と思うことにした。
そうしたら心が少し軽くなった。我ながら歪んでいると思う。
「……それでね。髪をどうするかって話なんだけど」
「髪?どうするって?」
「いくら綺麗に整えたとしても、その短い髪は被害の象徴になるわ。髪が伸びるまできっと貴女に不躾な視線を向ける輩もいると思う。特に異性は」
実際は未遂なのに、夫以外の男に穢されたと女だと下世話な想像をする馬鹿な奴は一定数いるとシルヴィアは言う。
宗教上、上流階級の貴族ほど貞操観念が高く、そういう人ほどこういう話題には敏感だ。
だからこそ、シルヴィアはウィッグをつけてはどうかと提案してくれた。
だがその場合、私の髪色は珍しいため、同じ色のウィッグを用意することは難しく、必然的に本来の髪色と違う色のウィッグをかぶる必要があるらしい。
「ミュリエルのことを知っている人から見れば隠していることが丸わかりにはなるんだけどね……」
シルヴィアはそれでも被らないよりはマシではないかと思うと言って苦笑した。
「やっぱり、隠さないといけない?」
この髪、実はそんなに嫌いじゃない。だから本当は隠したくない。
私は手で短くなってしまった髪を梳いた。
すると、
「隠さないといけない、なんてことはないんじゃないですか?」
と、男性の声がした。私たちが扉の方に視線を向けると、気まずそうに苦笑いを浮かべるグレンがいた。
「グレン!」
「すみません。ノックはしたんですが、気づいてもらえなかったようで。セバスチャンさんに入れてもらいました」
私がセバスチャンに視線を送ると、彼は深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。気がつかなくて」
「いえ。遅れた僕が悪いので」
「本当よ。遅いわ。今日はミュリエルの快気祝いだって言ったのに」
「ちょっと、シルヴィア!遅れるかもって聞いていたでしょう?」
「はは。僕も頑張って急いだのですが間に合いませんでした。すみません、バートン嬢」
「ふんっ」
シルヴィアは子供っぽくそっぽを向いた。
グレンはそんなシルヴィアの小言をさらりと受け流し、自然な動作で向かいのソファに座る。待機していたメイドがすかさずお茶とチーズケーキを用意した。
すると、グレンはお茶を一口飲んだあと、さりげなくケーキをシルヴィアの前に置いた。
「すみません、いま食欲がなくて。良かったら食べてください」
おそらくはただのご機嫌取りだろうが、シルヴィアはパァーッと花が開くような笑顔を見せ、二個目のケーキを頬張った。
……うう、シルヴィアが可愛い。
私はグレンに顔を近づけ、小声でありがとうと言った。
そして、ふと気がつく。彼の目の下のクマがひどいことに。
「……あの、もしかして寝不足ですか?」
「ああ。わかりますか?」
「わかりますよ。クマがすごいもの。何か悩み事でも?」
「いえ、仕事が立て込んでいるだけです。何とか終わらせたので、今日はぐっすり眠れそうです」
「そうですか。良かった」
私はほっと胸を撫で下ろした。
「ミュリエル、話を戻してもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
「髪のことですが、ミュリエルは恥ずべきことなんて何もしていませんよね?」
「もちろんです」
「ならば、なんの問題もありませんよ。自信を持って、その髪のままパーティに出席すればいいと思います」
「グレン……」
「ちょっと、適当なこと言わないでよ。実際に注目を浴びるのはミュリエルなのよ?」
「わかっていますよ、バートン嬢。でも多分大丈夫です。巷では今、短い髪は強く気高い女性の象徴となりつつあるので」
「どういうことですか?」
私もシルヴィアも怪訝に眉を顰めた。
するとグレンはとある舞台のパンフレットを私たちに見せた。
それはつい先日まで国立劇場で上演されていた、レディ・ローズ脚本の舞台のパンフレットだった。
タイトルは、『姉の夫』。突如、姉の代わりに姉の婚約者に嫁ぐことになった令嬢の波瀾万丈な人生を描いた作品らしい。
ーーーすごく既視感のある粗筋である。
「…………これ、もしかしてモデルって私ですか?」
「あはははは。どうでしょうねぇ」
「グレン。どうしてそんな風に渇いた笑みを浮かべるのですか」
「いやぁ、レディ・ローズの心は僕にはわからないもので」
「そりゃそうでしょうよ。貴方はレディ・ローズじゃないんだから。何言ってんの?」
「あはははは」
「だからそれ、何の笑いなんですか。グレン」
「怖いわよ?」
「まあとにかく!この舞台なんですけど、実は千秋楽だけ脚本が違っていたそうなんです」
「え?そんなことあるんですか?」
「あまりやらないですけど、たまにあるみたいです。公演中に評判が悪すぎるシーンはカットしたりとか」
「へぇ。そうなんですね」
「で、変更された脚本では事件に巻き込まれて髪を切られたヒロインがパーティで堂々と振る舞うシーンがあるのです。そこが結構評判良いらしくて」
事件に巻き込まれて髪を切られたって……。もう、それは完全に私をモデルにしているじゃないか。
レディ・ローズに抗議文を送ろうかな。勝手にネタにされるのはあまり気分が良くない。
「だから私も堂々としていればいいと?」
「ええ、そうです。きっと周囲は尊敬の眼差しで貴方を見るはずです」
「そんな簡単な話ですかね?」
「案外簡単な話なのですよ、ミュリエル」
グレンは人差し指輪を立て、ちっちっと舌を鳴らした。
「いいですか、ミュリエル。事件の詳細はその場にいた人以外は知らないし、プライバシー保護の観点から捜査の結果が開示されることもないでしょう。つまり人々は真実を知る術を持たないのです」
そんな中、伝聞によってのみ伝えられた事件の内容は、幾重にも尾鰭がついて何パターンもの物語が勝手に生まれる。
噂好きの人々はその複数の物語からより真実に近い物語に辿り着くため、色んな人が話す噂話に耳を傾け、多くの情報集めようとする。
「彼らは、それらをパズルのように繋ぎ合わせて真実に近い結末に辿り着こうとするのです」
「…………はあ。なるほど?」
噂話にはあまり興味がない私はこの説明にしっくりこなかったのだが、噂好きのシルヴィアは首を大きく縦に振って頷いた。
「センセーショナルな事件であればあるほど、人々は興味を持ちます。けれど閉鎖的な空間で起きた事件の真相は闇に包まれたまま。そんなふわふわとした状態の中で、ドンッと明確な答えが提示されれば人々はそれを信じやすい」
「なるほど。つまり今回の事件はレディ・ローズが描いた物語を真実に最も近いと思い込むのですね」
「そういうことです。幸か不幸か、千秋楽には噂好きのご婦人やご令嬢が多く招待されていたようなので、レディ・ローズの舞台の話はじわじわと社交界へと広がっていることでしょう。だからミュリエルはその舞台のヒロインのように堂々としていれば良いのです。そうすれば人々は勝手にミュリエルを強く気高い女性だと思い込むはずだ。……まあ、実際のミュリエルもそういう女性ですしね」
グレンはそう言うとウインクをした。
まったく、サラッと恥ずかしいことを言う人である。困るじゃないか。
お世辞であるとわかっていても、強く気高い女性だと言われたことが嬉しかった私は素直に「ありがとう」と返した。
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